第18話 手から離れた手紙
人々のざわめく声。
スマホから鳴り響く電子音。
朝から私の心を映したかのような土砂降りの雨。
駅の階段を駆け上がり、目の前のドアを全開に開いている電車に乗ろうとするが、あともう少しというところで出発のアラームがなり、扉は閉じてしまった。
仕方がなく、ホームに書かれている印の先頭に立つ。
今日は朝からついていなかった。いや、郵便受けに手紙が入っていることに昨日気が付かず、朝出かける時に気がついてしまい、乗るはずのバスに乗り遅れ、バスを待っている間に車から水をかけられ、今足元が濡れているのだ。それもパンプスの中まで濡れている。最悪だ。
ホームに立ち、郵便受けにあった手紙を鞄から取り出す。差出人を見ると『青木 響也』何度見ても間違いはない。一年前に別れた彼氏だ。
学生時代から付き合っていた。社会人になっても、その関係は変わりはなかった。社会人になって6年経ち、ある日響也から大事な話があると呼び出された。
もしかして、そろそろ結婚?なんて浮かれて待ち合わせ場所の行きつけの喫茶店に入って行った。
そこには、私にはもったいないくらいにかっこいい響也がいた。そして、ドキドキしながら響也の言葉を待っていた。
「パリ支部に行くことになった」
あ!もしかして、付いてきてほしいってこと?
「だから、別れよう」
·····わかれよう?なにそれ。
「互いに仕事もあることだし」
その言葉を聞いて私は冷静になった。
ああ、よくある仕事を理由にして別れ話を持っていくっていうやつね。もともと私と響也は釣り合わなかった。なんでもそつなくこなす響也に対して私は努力をしないと駄目だった。
私より料理が上手なんて悔しかったから、こっそり料理教室にも通ったぐらいだ。そこで、20リットルの味噌を手作りさせられたときは一人暮らしに味噌20リットルってと途方に暮れたこともあった。
「そう、わかった。響也の所に置いてある私の荷物は送り付けてくれていいから」
そう言って私は立ち上がる。
「あ!ちょっと待って!」
響也から出てくる私を否定する言葉を聞きたくなくて、足早で喫茶店を出ていった。
それから1年、響也から送られていた手紙。一体何が書かれているのか。パリ美人の恋人でもできたという報告だろうか。それとも結婚式の招待状だろうか。もし、そんな物を送りつけてきたのならビリビリに破いて燃やし尽くしてやる!
ああ、なんだ。私、未練たらたらじゃない。
しかし、後ろの学生うるさいな。いつもは2本早めの電車に乗るから学生と乗ることはないのだけど。
「この動画すごくないか?」
「どれどれ」
「俺にも見せろよ」
ああ、学生時代は楽しかったな。
『3番線に列車がまいります·····』
アナウンスが聞こえてきた。私は電車がホームに入って来ることを横目で見ながら、手紙を鞄にしまおうと右手を鞄に
「あっ。わりー」
そんな声と共に背中に突き放つような衝撃を受けた。私はバランスを崩し、前のめりに倒れる。
あ!手紙が!
私の右手から離れていく手紙。
それを追いかけようと体をひねる。
そんな私を驚愕な目で見る人々。
私に降り注ぐ冷たい雨。
私を照らす電車のライト。
ぐしゃっという音と衝撃と共に暗転した。
「大丈夫か?怖い夢でも見たのか」
声のする方に視線を向ける。けど、暗くてわからない。でも、私の隣にいるなんて響也だろう。
「夢。夢かー。響也。あの手紙になんて書いてあったの?私、無くしてしまったの」
私は響也に抱きつく。
だけど、響也は固まってしまって、抱き返してくれない。
ああ、これも夢か。響也に未練たらたらのまま死んでしまった私に別れの言葉でも言えってことなのだろう。
私は顔を上げて困惑している顔をしている響也にやさしいキスをする。
「響也。ありがとう。大好きだったよ」
そう言って、私は再び眠りに入った。
十郎左 side
モナ殿が夜中にうなされていたので、起こしてみれば、泣きながら聞いたことのない言葉で話しかけていた。いや、時々は耳にしてた。モナ殿が一人ごとを言っているときだ。聞き取ろうにも言葉が理解できない言葉だ。
特に今日のギルドに向かっている途中のことだ。人がたくさん行き交えば肩が当たることもある。そんな中モナ殿は後ろから当たってしまった人に異常に反応したのだ。
その後だ。何かを呟いていたのだが、全くもって言葉がわからなかったのだ。違う言葉を使うなんてそんな種族は存在しないはずだ。しかし、エルフの末裔になると違うのだろうかとその時は納得することにした。
しかし、今はどうだ。恐らく寝ぼけていたのだろうが、俺を別人と思って話しかけていた。
キョウヤとは誰だ?
そう、モナ殿は和国の独特の名を正確に発音していた。こちらの方に来てからジューローザと呼ばれる事が多かった。
だが、モナ殿はキトウと呼んだのだ。家名の鬼頭を正確に聞き取って、呼んだのだ。
その時は珍しいこともあるものだ思ったが、『キョウヤ』その名からどう聞いても和国の名だ。
俺がモナ殿と会う前に和国の者が彼女に会ってたということになる。それもかなり親しい間柄のようだ。
先程から、なぜだかイライラが収まらない。
俺の腕の中で眠ってしまったモナ殿を見る。
いや、その和国の名を持つ者に話しかけている言葉が、問題だ。和国では使われていない言葉なのだ。なら、彼女の話している言葉はなんだ?
翌朝、腕の中のモナ殿が身じろぎしたことで、彼女が起きたことがわかった。
目を開けると困惑した彼女の顔が目の前にあった。
「あ、あの····私、何かしました?」
起きて早々にその様な言葉を口にした。この状況でモナ殿が何かしたと口にするのはおかしなことだ。
「なぜ、そう思った?」
「えーっと」
彼女は目を漂わせているが、ため気を吐いて話した。
「ステータスが100になっているので。今まで1より上がることが無かったので、きっと私が何かをしてのだろうと···」
ステータスが100?彼女に指摘され、ステータスを開くとLUKが100まで上がっていた。今まで、生きて来た中でこのようなことは一度もなかった。
となると、原因はアレか。
「教えてもいいが、その前に俺の質問に答えてくれるか?」
「はぁ?いいですよ」
「キョウヤとは誰だ?」
「ふぇ!」
モナ殿は変な声を上げて固まってしまった。そして、おどおどと目を漂わせている。
「ね、寝言ですか?ワタシオボエテナイデス」
何故か、片言で話している。キョウヤという者を知っているのだろう。問い詰めるように近づく。
「誰だ?和国の者か?」
「にょあ!違います!あっ」
そう言って、モナ殿は口を手で覆った。そして、ため息を吐いて、観念したかのように話しだした。
「はぁ。夢の話ですよ。幻のような二度と地に足をつけることのない夢の話」
夢。確かに彼女は昨晩、うなされていた。
「そこで私は今よりも大人の女性で働いていてね。朝から晩まで仕事に没頭していたのよ」
なんだか、モナ殿がモナ殿でないような感じがする。変わった雰囲気をまとわりつかせている。そう、昨晩のモナ殿のような愁いに満ちた雰囲気だ。
「そこの私には恋人がいてね。それが響也。でも、かいが·······外国に仕事に行くことになったから別れたの。でも、納得したにも関わらず一年後に来た手紙に動揺してしまってね。後ろから人が背中に当たって来たのを踏ん張れなくて、飛び出してしまったの。そうね。路線馬車みたいなものに轢かれて死んでしまったのよ。最後に見た光景が手から離れてしまった手紙。ふふふ、未練がましいったらありゃしない」
そう言ってモナ殿だがモナ殿ではない彼女は、はにかみながら笑った。そして、数度瞬きを繰り返して
「そんなつまらない話の中の登場人物の名前」
つまらないと話すモナ殿はいつもの雰囲気に戻っていた。
だから、昨日、人がぶつかっただけで、あんなに動揺をしていたのか。
しかし、なんだか夢というより実体験をしたと言ったほうがいいような動揺のしかただったな。
「それで、夢の中のモナ殿はキョウヤという者を好きだったと」
「はぁ。好きでしたよ。でも、私には関係のないことなので、今は私が生き抜くことの方が大切です」
好きでしたか。ふと、己の胸に手をやってみる。イライラが収まっている?
「ああ、モナ殿が何をしたか、だったか」
そう言って、昨日モナ殿がしたことをやり返した。
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閑話
響也 side
萌が死んだ。俺の元にそんな国際電話が母からかかってきた。
慌てて、帰国してみれば、小さな箱に収まった萌がいた。
あの日、別れようと口にはした。しかし、あんなにあっさりと萌が去って行くとは考えもしなかった。
自分に甘えが出ないように、一年の間、新天地で頑張るから待っていて欲しいと言うつもりだった。なのに、気がつけば萌は了承して俺に背中を向けていた。
待って欲しいと萌に声を掛けても足を止めることもなかった。
明日には日本を立たなければならない。追いかけて店の外に出たが、萌の後ろ姿は多くの人に紛れてわからない。探すが全く見当たらない。
電話を掛けても電源が切られているのか繋がらない。
だから、萌の荷物の中に自分の決意と待っていて欲しいとの言葉を手紙に託して送ったのに、その荷物は開けられた形跡がなかったのだ。
そして、先日送った手紙も開けられていなかった。
『約束どおり一年経ったから結婚をしよう』
その言葉を萌に届けることはできなかった。
_____________
モエちゃーん、荷物の中身は確認して!
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