第17話 お願い

「どうしたのかな?」


 スラリと背が高く、中性的な男性が私を抱えてニコリと微笑む。どこからか黄色い悲鳴が聞こえてきた。そして、なんだかざわざわと周りが騒がしくなってきた。

 そうだよね。母が美人だということは、伯父さんも美人と言う事になる。男性なのに美人····表現が可笑しいが、そうとしか言えない。


「あ、外れてしまったね」


 そう言って私にフードを被せてくれた。ああ、抱えられたことで、外套のフードが外れてしまったようだ。


「あのね、シオン伯父さんとマリエッタさんにお願いに来たんだ」


「ん?わざわざ王都まで?それならいつもの手紙で良かったんだよ」


 いつも用事があるときは手紙をギルド経由で渡していた。しかし、王都まで来ることになったのは、リアンの所為だ。


「それは····「貴女!何年ここで受付をしているの!」」


 マリエッタさんの怒った声が突然響き渡った。どうしたのだろうと、視線を向けると、先程の依頼申込みカウンターにいた女性に突っかかっていた。


「この魔石がクズのはずないでしょ!私達が依頼を受けるに価する良質な魔石よ!なのに····ああ、もしかしてコレを処分すると言いながら売るつもりだった?」


 あっ。そういう事。どうも田舎から出てきた物知らずなカモが来たから、価値のない魔石と思い込ませて、ネコババしようとしたのか。

 都会って怖ろしい!


「悪いけど、今後王都のギルドを私達は使わないわ」


 そう言ってマリエッタさんがこちらの方に向かってきた。王都のギルドを使わないって、王都を拠点としないってことだ。それっていいのだろうか。


「モナちゃん。夕食まだって聞いたから、一緒に食べましょ!」


 とてもにこやかにマリエッタさんが言ってきた。本当に良いのだろうか。



 そして、私はシオン伯父さんに抱えられたまま一軒の店に連れて行かれた。


「ここの食事は美味しいのよ。それから貸し切りにしたからモナちゃんフードを取っていいわよ」


 か、貸し切り!店の中を見渡すと30人は客が入りそうな広さはある。それが4人しかいないのに貸し切り!


「マリエッタさん、流石に貸し切るのはやり過ぎでは?」


「あら?当然のことよ」


 そうか。AランクやSランクになると貸し切るのが普通なのか。しかし、4人だけなのだ。他のメンバーがここには居ない。


「あの?他のアルトさんやユーリカさんが居ないのだけど?」


 気になる。ギルドの中では居たのだ。遠目で他のメンバーから手を振られ、挨拶をされたので手を振り返した。なのに、今は居ない。


「アルト達は受けた依頼を全力でやるように言っているから気にしなくていい」


 シオン伯父さんはそう言っているが、今はもう日が暮れてしまっている。それに全力ってなに!


「しかし、あのジューローザがモナの護衛とは、テオも考えたな」


 あのジュウロウザ?シオン伯父さんは私の隣に座っているジュウロウザを見る。あ、今はくっついていないよ。少しぐらい離れていても魔王は降って来ないことは立証されているから。


「キトウさんって有名?」


「あらあら?モナちゃん知らずに護衛をしてもらっていたの?」


 え?それほど有名なの?まぁ、私の行動範囲は村と隣町しかなかったから、知らなくて当たり前なんだけど。常識がないと言われているみたいで嫌だな。っていうか、あの受付の女性に言われたけどね!


「Sランクのジューローザは有名だ。一月ほど前にワイバーンを五体倒しただとか。オーガの大群を駆逐しただとか。色々噂話が耐えないからな」


 それはクラッシャーの所為だ!

 私は隣のジュウロウザを伺い見る。いつもどうりの顔に見えるが、目が漂っていた。

 どうやら、クラッシャーのお陰で周りからの評価が高いようだ。それが、良いのか悪いのか。



 料理が運ばれ、食事を取りながら今回依頼するはずだった事を話す。

 うん。確かに美味しい。美味しいが塩味が濃いな。労働者に向けた食事と言うことか。


「それで、リアンが村に行くって言っているから、私が王都まで来ることになったの」


「あらあら。モナちゃんのリアン嫌いに拍車がかかって来ているわね。モナちゃん、リアンはちょっとモナちゃんに対して頑張っちゃうけど、いい子なのよ?」


 マリエッタさん。頑張るだけで、私の骨が折れたりヒビがいくのは問題があると思う。それに、リアンに頑張っているという表現はおかしい。


「シアもテオもリアンの指導役とは思っても見なかっただろうな。なんせ、依頼が新たに神託された勇者の指導だったのだからな。しかし、リアンが勇者とはある意味納得はできるが、神と言うものは何を考えているのやら」


 ─守護者を姫から離すなんて─


 うんうん。リアンが勇者って納得はできるよね。色々村では問題を起こしてくれたから。特に農作業の時に!

 そして、神様はきっと私に味方をしたのだ。このままでは私の腕一本ぐらい無くなりそうだと。




「それで、シアの案で王都に来ることになったと。その間にリアンを王都に戻させて仲間にしていた者達を置いていこうということか。モナの幸運の腕輪が一斉に切れるということは、相当なことだな。仲間内でそんな事が起こったのは一度だけだったぞ」


 シオン伯父さんが呆れるように言った。そう、村の人には私のミサンガを配っている····というか、私の父が皆に自慢して噂が噂を呼んで村の人達全員に作ることになってしまったのだ。あの時は大変だったなぁ。


「そうね。私はないけど、もし、仲間全員の腕輪が切れたら速攻に引き返すわね」


 父もその様な事を言っていたが、何かジンクスか何かあるのだろうか。


「モナの依頼の件だが、村に戻るのは急いでも3日後ぐらいになりそうなのだが、大丈夫か?」


 え?そこまで急ぐ依頼じゃないのだけど。水路と水車と作るっていうことだし、時間がかかることだし、急いではないよ。


「シオン伯父さん、そこまで急がなくてもいいよ。さっきも言ったけど、南側に水路を作るのに人手がいるし、人が集まるのも時間がかかると思うよ。受けている依頼があるなら、終わらせてからでいいよ」


「あらあら、ゆっくりしていたら、戻ったらやることが何も無いってことになるじゃない?」


 え?そこまでのことにはならないと思うよ。以前水路を作って貰った時は3ヶ月掛かったしね。

 そう、今ある水路は6年前に作ってもらったのだ。その時は色々苦労をした。全てが粘土質の地層なら良かったのだけど、水喰らい土の地層が混じっていたのだ。色々相談をして、結局水路に石畳を用いてとても頑丈な水路を作り上げてしまったのだ。

 そこまでの物は作るつもりはなかったのに、何故か村の皆が張り切ってしまった。きっと、水で困らなくなるならと張り切って作ったのだろう。


「だから、2日で依頼を終わらせて、3日後に戻るからね」


 マリエッタさんがニコリと笑った。

 ん?もしかして、一緒の依頼を受けている?


「同じ依頼を受けているの?」


「そうだ。ここから北にあるグローズ山で暴れている。レッドドラゴンの討伐を依頼されている」


 レッドドラゴン!!流石、SランクとAランクの冒険者!

 しかし、グローズ山ってどこかで聞いたことがあるな。グローズ山のレッドドラゴン····ドラゴン?はっ!


「モナちゃん、どうしたの?」


 グローズ山のドラゴンゾンビの討伐!

 毒素を垂れ流し、毒の山となってしまったグローズ山の依頼だ!あの毒娘、魔術師イリスが活躍する依頼だ。そうか、その前にシオン伯父さん達が依頼を受けていた。それが、ゾンビ化してしまったのか。


「そのドラゴン倒したら、跡形もなく燃やしてくれる?」


「ドラゴンを燃やすのか?素材を取らずに?」


 シオン伯父さんが聞いてきた。あ、素材はいるのか。


「えっと、ドラゴンって大きいよね。全部素材として持って帰らないよね」


「それはそうだ。角とか牙とかは持って帰るが持てない物はそのまま放置だ」


 そうだよね。それが、ゾンビ化するんだよね。


「その····そのまま放置するドラゴンを燃やして欲しいの」


 私の言葉にマリエッタさんが不可解な顔をして首を傾げる。でも、直ぐに笑顔になって頷いてくれた。


「よくわからないけど、モナちゃんがそう言うなら、燃やせばいいのね」


「うん」


 これで、毒の山になって、この王都まで被害が及ぶ事はなくなるだろう。

 詳しく聞かれると、答えに困ることになったけど、二人は私の言葉を信じてくれた。そんな目の前の二人に笑いかける。


「あらあら、後でリアンに自慢しておかないと」


「久々にモナの笑顔が見れただけで、イヤイヤ討伐の依頼を受けた甲斐かいはあった」


 イヤイヤ討伐の依頼を受けたのか。それはおざなりにドラゴンを放置するよね。

 シオン伯父さんは私の頭を撫ぜて、立ち上がった。


「さて、アルトに露払いをさせようと思っていたが、さっさと終わらすか」


「そうね。今からだと追いつきそうね」


 マリエッタさんも続いて立ち上がった。え?今からドラゴン討伐に向かうの?もう日が暮れていますけど? 


「ジューローザ。テオから聞いたかもしれないが、モナの事を頼んだぞ」


「そうそう、モナちゃんは目を離すとフラフラって居なくなっているからね」


 父さん、ジュウロウザに何を話したの!それから、私はそんなにフラフラしてないよ!マリエッタさん!


「心得ている」


 え?ジュウロウザ、何を心得ているの?マジで父さんから何を聞かされているの?


 ジュウロウザからの言葉を聞いた二人は頷いて、店を出ていった。




「モナ殿。先程のドラゴンを燃やせと言ったのは何故だ?」


 日が落ちて、暗闇が辺りを支配しても、外灯により明るく街を照らす光に満ちた王都を眺めながら、宿屋に戻っているとジュウロウザの声が聞こえた。

 午前中は馬竜で移動し、昼からは宿屋探しに歩き回り、疲れているところにお腹がいっぱいで、眠気が襲ってきている私に話しかけてきたのだ。


「んー。そのあとドラゴンゾンビに成るから」


 眠気と戦っていた私は無意識に答えてしまっていた。レッドドラゴンがドラゴンゾンビになる未来を。

_____________


閑話


「おい、さっきの『翠玉の剣』のシオンを見たか?」


「ああ、見た見た。あいつ、笑えたんだんだな」


「でも、笑うとシア様にそっくり。はぁ、シアお姐さまもいいけど、笑顔のシオン様素敵すぎる」


「いや、今日の一番の議題は『グランツ』のシア様と『翠玉の剣』のシオン様に似た少女がいたことだ!これは由々しき事態!」


「はぁ。また、こいつおかしな事を言いだしたぞ」


「ファンクラブ会員No.10『ファケッ「おい、誰かこいつを家まで連れ帰ってくれ」·····」


_____________

補足

店を貸し切ったのはもちろんモナのためです。


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