第16話 大丈夫まだ生きている

 その後、順調に進んでいき、夕刻の日が沈む頃に水の都ラウリーにたどり着き、翌昼には王都に着いた。


 しかし、随分ゆっくりとした速度で馬竜は移動していたのにも関わらず、路線馬車の予定と変わらなかった。それも、王都にたどり着いたのは路線馬車とほぼ変わらず、前方に馬車の姿を確認できる距離だった。

 不思議だ。


 王都の外にある馬車留めにたどり着いた草臥れた姿の御者や護衛の冒険者たちを横目に私達は王都の中に入っていく。


 王都も高い石壁で囲まれており、金属製の大きな外門が今は大きな口を開け、人々を出迎えていた。そこでは検問があり、犯罪歴を調べる水晶に手をかざし問題がなければ中に入れるという仕組みだ。



 そして、検問も問題なく終わり私は王都の中に一歩踏み入れる。そこは今までの通ってきた街以上に活気に溢れた世界だった。


 ああ、まるでゲームの街に入り込んでしまったみたいだと感じてしまったが、ゲームの世界だった。


 なんとなくゲームの王都の中を思い出してきた。あそこの果物屋ではミニゲームがあったなとか、時々現れる露天商の婆さんに王都の地下の依頼を受けたなと頭の中をぎってくる。


「モナ殿。これからどうするんだ?」


 ジュウロウザが馬竜の手綱を引きながら声をかけてきた。私はというとフードを深く被って、ジュウロウザの左腕を掴んで歩いている。こんな人が多いところではぐれたら、ゲームでの知識で迷子にはならないが、人攫いに会えば村に戻れなくなるのは確実だ。

 というか、人が多すぎる。まるで、休日の某テーマパークのようだ。


「先に今日、泊まるところを探しましょう」


 こんなに人が多いところで馬竜がいると行動範囲が限られてしまう。今日、泊まるところを見つけて、預かってもらうのが先決だ。





 しかし、全く条件の合う宿がない。いや、王都だから高級な宿屋はあるのだ。しかし、そこがことごとく埋まっている。


 どうやら、勇者のお披露目パーティーがあったらしく、王都にタウンハウスを持ってない貴族やこの国の有力者などが泊まっており、ついでに王都観光をして帰ろうと連泊をしているため空きがないようだった。


 妥協に妥協をして、私から言うとビジネスホテルぐらいの部屋に妥協した。

 ベッドが2つと二人がけのソファがローテーブルを挟んで2つ。それだけでいっぱいになる部屋だ。食事も付いておらず、宿の人に食べたければ外で食べるように進められた。まぁ、食べるところはたくさんありそうだからいいけど。


 なぜ、この宿に決めたかというと、馬竜が入るような騎獣舎を持っていて、空きがあるのがここぐらいしかなかったからだ。そう、凶暴な馬竜を連れていると言った時点で断われ続けたのだ。


 昼に王都に入ったにも関わらず、今は夕刻になっている。昼からずっと探し続けて今の時間だ。流石に疲れた。しかし、冒険者ギルドに行かないといけない。そして、『翠玉の剣』と『金の弓』に依頼を出すのだ。


「モナ殿、明日でもいいのではないのか?」


 ジュウロウザが心配そうに声を掛けてくれたが、はっきり言って人が多い王都には居たくない。明日の朝にはさっさと王都を出発して村に戻りたい。なんだが、心の中がモヤモヤとする。『ここは私の居場所じゃない』そんな感じだ。


「キトウさん。やることをさっさと終わらせましょう。ついでに夕食も食べてしまいましょう」


 と言いつつ私は宿のソファで項垂れている。疲れた。宿探しがこんなに大変だとは思わなかった。それも騎獣が受け入れられないなんて!私のLUK無限大はどこに行った!きちんと仕事をしろ!


 はぁ。わかっていますよ。そんなステータスに頼ってもサイコロのゾロ目が出る確率が上がるようなものだってぐらい。


 私は重い体を起こして立ち上がる。このままだと本気で寝てしまいそうだ。


「冒険者ギルドに行きましょう。確か、東門の方でしたね」


 そして、宿を出て東門の方に向かて行く。冒険者ギルドがあるのもゲームと変わりない。

 はぁ。しかし、人が多すぎだ。勇者が選ばれてお祭り騒ぎなのはわかるけど、あのリアンだし、そんなに浮かれることはないと思うのだけど。


 その時、背中に何かがぶつかった衝撃があった。


「あっ。わりー」


 そんな声が耳をかすめる。

 その瞬間、ある風景がフラッシュバックした。


 人々の驚愕する顔。

 私を照らす白い光。

 手から離れてしまった1通の手紙。

 宙を舞う私の体。


 そして、強烈な衝撃。



 思わず座り込む。多くの人が往来する中、立っていられなくなった。


 心臓がバクバクしている。

 大丈夫まだ生きている。

 深呼吸をして息を整え、右手を開いたり閉じたりしてみる。

 大丈夫、私は息をして生きている。まだ、生きている。大丈夫。


 そう、自分自身に言い聞かす。大丈夫。大丈夫。





「モナ殿。やはり、宿に戻るか?」


 気がつけば、建物の影に入っていた。人が往来する中で立ち止まってしまったから、ジュウロウザが道の端に連れて来てくれたのだろう。


「だいじょうぶ。ちょっと、人に酔ってしまっただけ」


 ふーっと大きく息を吐き出す。嫌な事を思い出してしまった。こんなに人が多いところはモナとして初めて来たので、嫌な記憶が引っ張り出されてしまったようだ。


「ギルドは明日にしよう」


 ジュウロウザはそう言ってくれたが、私は首を横に振る。今日じゃないと駄目。


「もうすぐ東門の広場に出るから、行きましょう」


 私は足に力を入れ立ち上がる。今の私はモナ。だから、大丈夫。自分自身に言い聞かせて、足を一歩踏み出した。



 東門広場には多くの店が立ち並び、その一角に冒険者ギルドがある。場所もゲームの記憶と同じだ。

 その扉を開き中に入ると·····うっ。むさ苦しいヤロー共がギルド内に犇めきあっていた。いや、丁度夕方の人が多い時間にかち合ってしまっただけだ。


 依頼申込みカウンターの場所を目線で探していると、そこには人がおらず受付の女性のみがカウンターの前に座っているだけだった。


「キトウさん、あそこに行きましょう」


 私は依頼申込みカウンターの方に指をさして、ジュウロウザと共に向かう。やはりトリーアのギルドとは断然何もかもが違っていた。

 正月の福袋を求めて並んでいる人たちみたいに、ごった返している集団に今の私が突っ込んで行くと弾き返されるのが目に見えている。だから、ジュウロウザを盾にするのだ!


 無事、依頼申込みカウンターの前までたどり着いた。途中何度か人にぶつかってしまいそうになったけど、ジュウロウザのお陰で何事もなくすんだ。


「どの様なご依頼でしょうか?」


 受付の女性が声を掛けてくれた。その女性の頭の上にはケモミミが付いている。獣人の女性が受付を担当していた。流石、王都。色んな人が居るようだ。

 何の種族かは分からないけど、三角の耳の形からすれば、犬っぽい。でも、なんだか違うような?


 尻尾はないのだろうかと気にしつつ私は口を開く。


「『翠玉の剣』と『金の弓』に指名依頼をお願いします。依頼料はコレで」


 そう言って良質な魔石が入った袋をカウンターの上に出す。そして、私はカウンターに備え置かれていた『依頼用紙』に手を伸ばし書こうとしていると、女性の不機嫌な声が降ってきた。


「はぁ!?こんな石ころでSランクの『翠玉の剣』の方々とAランクの『金の弓』の方々に依頼を出すなんて貴女、頭おかしいの?」


 そんな声が響いた。その声にざわついていたギルド内がシーンと静まり返る。


 え?石ころ?この良質な魔石が石ころ?


 意味が分からず首を傾げているしまう。


「そんな方々に依頼を出すなら星貨ぐらい出しなさい!」


 ん?星貨一枚は200万Gガルだから、この魔石の量で問題ないはず。


「あの?この量で大丈夫のはずです」


 だって500万Gガル相当の価値があるし、出すところに出せばそれ以上の値が付くはず。


「貴女、常識という物はあるのかしら?こんな石ころを星貨と同じ価値があるなんて、どこの田舎から出てきたのかしら?」


 酷い言われようだが、もしかしてこの女性は物の価値を見る目を持っていない?

 はぁ。話すだけ無駄。

 魔石を引き取ろうと手を出すと、その手が弾かれてしまった。

 え?なんで?


「このクズの魔石はこちらで処分をして差し上げます」


 は?意味がわからない。


 首を傾げていると、突然女性が怯えたような悲鳴を上げた。 


「返してもらおうか」


 ジュウロウザからとてもとても低い声が漏れ出てきた。何か怒っていらっしゃる?

 女性はというとガタガタ震えだし、魔石の入った袋をジュウロウザに差し出す。

 何をそんなに怯えているのだろうと、ジュウロウザの顔を伺い見るも、いつもどおりのイケメンだ。何も変わりはしない。


 うーん。と今の状況に頭を悩ませていると、突然後ろから捕獲された!人攫いかと振り向くと美人のお姉さんのドアップが!!


「モナちゃんじゃない!こんな遠くまでどうしたの?」


 キラキラ金髪に透き通る青い目を持ち、たわわなお胸様を私に押し付けている女性は『金の弓』のリーダーのマリエッタさんだ。


「マリエッタさん。ちょっと色々ありまして」


「そうなの?モナちゃんのお連れの人は誰?おねえさんに紹介して欲しいな」


 マリエッタさんが自分でおねえさんと言っているが、勿論、私の姉ではない。このキラキラ容姿でわかると思うが、フェリオさんの妹だ。


「キトウ・ジュウロウザさんです。私の護衛をお願いしているの」


「え?貴方があのジューローザ?あらあら私てっきり····」


─てっきり、姫様をいい様に使おうとしている者かと─


 最後の方は上手く聞き取れなかったけど、丁度良かった。そう思い、顔を上げると。あ!母に似た中性的な男性がマリエッタさんの後ろに立っていた。


 私はマリエッタさんの手から離れ、母に似た男性の元に行く。


「シオン伯父さん。丁度良かった」


 そう、母に似た中性的な男性は母の兄であり、『翠玉の剣』のリーダーのシオン伯父さんだ。

 シオン伯父さんの側に寄って、お願いを言おうとしたら、体がふわりと浮いて片腕に乗せられてしまった。

 私は、もう16歳なんですけど、5歳の子供じゃないのだけど。恥ずかしい。


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