第15話 美味しいものは正義

「モナ殿は危機感というものが、足りないように思えるのだが?」


 馬竜に騎乗して揺られながら景色を見ていると、ジュウロウザからそんな言葉が降ってきた。

 横目で斜め上を見る。私は、ジュウロウザに支えられながら、揺られている。

 危機感あるよ。リアンに対してだけど。


 他は?と問われれば、過去の記憶に基づく影響が大きいと言わざるえない。はっきり言って私はこの世界をゲームでしか知らないのだ。

 私の世界とは、村と隣町が私の世界のすべてだったのだ。


 拡張収納付きの鞄を持っているだけで攫われるなんて知らなかった。ゲームでは中盤で漸く手に入れられるアイテムでとても重宝した記憶しかないのだ。


「私の人生計画で、遠出をするという選択肢はありませんでしたので、足りないかもしれないですね」


 そう、私は私のクズステータスを一番理解できているのだ。旅に出るという人生計画は全くなかった。

 リアンに旅の仲間に求められても、断る気まんまんだった。『私のステータスわかっているよね』と言えば引かざるおえない。


「······選択肢はなかったのか。街で言えなかった事を説明するとだな」


 ジュウロウザから凄く間を置かれれて、話をされた。なかったよ。そんな選択肢は。


「モナ殿は見た目が良いことに自覚はあるか?」


 なんか変な質問をされた。見た目?まぁ、ゲームの幼馴染みヒロインに設定されているぐらいだから、見た目はいいだろうね。しかし、私から言わせると、結婚式にはでられなかったが、今日結婚するリリーの方が美人だ。ゆるふわの金髪に澄んだ空の様な青い瞳。儚げに微笑む姿はまさに天使!いや、女神と言っていいぐらいだ。なぜ、キールを選んだのかわからないぐらい美人だ。

 だから、私は答える。


「私は普通だと思うけど?」


 すると、斜め上からまた、ため息が降ってきた。


「プルム村の人たちは皆が見た目が良いから、わからないかもしれないが、モナ殿は美しい」


「ふぇ?」


 そんな事、前の人生を合わせても初めて言われた。いや、可愛いは言われることはある。リアンなんかはウザいぐらいに可愛いと言ってくる。一度、リアンにはリピート機能が付いているのではと疑ったぐらいだった。


「見た目のいい人を攫って売買する闇組織が世の中には存在するのだ」


「ゔぇ?」


 人を売買するだって!そんな物がこの世界にはあるの!この世界、物騒すぎるんだけど?


「ルード殿が言っていたが、12歳にならないと、村を出てはいけないという決まりがあるのは、自分の身が守れない子供をそういう組織から守るためでもあるのではないのだろうか」


 そ、そうなの?確かに美人の人は多い村だから、そんな闇組織に存在を知られれば攫われそうだ。


「だから、モナ殿も一人でふらふらしないで欲しい」


 私は思いっきり首を縦に振る。私なんて絶対に捕まったら逃げられない。やっぱり、王都に行くものじゃなかったのかもしれない。


 でも、こうして馬竜に揺られて王都を目指してはいるが、私の目に映る世界は長閑な平和な世界に思えてくる。


 本当に魔王というものがいるのだろうか。

 本当に魔物の活動が活発になって人々の生活を脅かしているのだろうか。

 本当にこの馬竜ではなければならなかったのだろうか。モフモフじゃ駄目だったのだろうか。

 モフモフ。未だに私の心残りだ。




 お昼休憩だ。念願のお昼休憩だ。

 見通しのよい河原で昼食を取ることになった。馬竜はその間は放し飼いにしておくらしい。自分で勝手に餌を狩ってきて食べるようだ。やはり、肉食だった。


 そして、私は先程買った食材と調理器具を鞄から取り出す。この拡張収納の鞄はやはり便利だ。



 鍋を取り出して中を見る。その中には肉の塊が水の中に沈んでいた。売っているお肉は傷まないように、塩漬けの肉しかなかったのだ。

 その肉の端をナイフで切って魔道コンロで熱していたフライパンで焼いて、食べてみる。豚肉に近い味だ。しかし、まだ塩味が強い。本当なら、流水で塩を抜くべきなのだろうが、流石に川の水に漬け込むのは抵抗がある。塩を控えればいいか。


 その肉をスライスして玉ねぎと一緒に炒めて、私が持参していた調味料の一つ、ケチャップで味付けする。

 硬そうなパンをスライスして、魔道コンロに網を敷いて炙っておき、レタスをクリーンで綺麗にして千切る。

 そして、パン、レタス、肉、マヨネーズ、パンの順でサンドして出来上がりだ。


 簡単だが、保存食より美味しいはず。

 いつも、遠出をするときに弁当と一緒に持ち歩いている調味料があって良かった。昨日は使わなかったけど、いつもなら、リアンがマヨネーズ増々だとか、ケチャップ増々だとかにして食べるから、必要だったのだ。


 サンドイッチを食べやすい大きさである半分に切って10個出来上がったので、そのうち7個をジュウロウザに差し出し、残りの3個を私の取皿に分けた。


 一口パクリと食べる。思ったよりもお肉の旨味がケチャップと合っている。それに塩を入れなくて正解だ。ちょうどいい塩梅だ。マヨネーズがマイルドに味を整えてくれている。美味しい。

 やっぱり、美味しいものは正義だ!




 昼からの道中も何事もなく順調だった。ジュウロウザ曰く、夕方には路線馬車で今日行く予定であったラウリーの街に着くそうだ。

 ラウリーの街は水の都と言っていいほど、街中に水路が張り巡らせてある。海から王都まで引いている運河の中継地なのだ。そして、陸路でも辺境から王都までつなぐ街道の中継地なのだ。物資を購入するなら、ラウリーと言われるほど、珍しいものがあるのだ。まぁ、これもゲームでの知識なので、どこまで当てになるかはわからない。


 しかし、お腹が満たされて、心地よい揺れが続くと、まぶたが下がってきてしまう。

 眠りの淵の入り口に入ろうかという時に、耳障りな音が聞こえてきた。

 人のざわめき、悲鳴、金属がぶつかる音。


「なに?」


 私は、何があったのかと、前方を見る。なんか、緑色の小人の集団に馬車が襲われている?


「昨日、俺たちが乗っていた馬車が、ゴブリンに襲われている」


 ジュウロウザが説明をしてくれた。あの緑の小人はゴブリンだったのか。初めて見たよ。それも、昨日乗っていた馬車だって?

 遠目でよくわからないが、昨日挨拶をしてきた冒険者の人がいるような気がしないでもない。っというか、うる覚えだったからあまり記憶に残っていないと言った方が正しい。


「えっと、私はどうすることも出来ないよ」


 馬車が襲われているからと言って正義感を振りまいて、助けに入るのは勇者とか、戦う能力のある人にお願いしたい。私には無理だ。


 ジュウロウザが右手を前に突き出して、指で何かを弾いた。

 すると、ゴブリンの一体が倒れた!え?何をした?


「キトウさん。何をしました?」


 私は恐る恐るジュウロウザを伺い見る。


「ああ、このままでは刀を抜けないから、小石を弾き飛ばした。こうやって」


 ジュウロウザはそう言って、小石を見せ指で弾いた。また、一体のゴブリンが倒れる。

 お、恐ろしい。いや、リアンよりステータスが高いのは理解していたけど。私、ここに居て大丈夫?そのうち、腕が無くなっていたりしない?


「キトウさん。その力を私に向けないでくださいね」


 これは言っておかねばならない。私なんて、そのゴブリンより弱いのだから。


「モナ殿。普通は人には攻撃しない」


 そう言いながらも、ジュウロウザは次々にゴブリンを屠っていき、最後の一体は護衛の冒険者の人の手によって倒された。


「ですが、手を繋いだだけで骨が折れたり、関節が外れたりしたのですから、ありえるかもしれないじゃないですか。私なんて簡単に死んじゃいますからね」


「ルード殿から、幼児並の体力しかないと聞いている。だから、気をつけているから、大丈夫だ。」


 ルード!ひな鳥の次は幼児並って!否定はしないけど····。しないけれど、なんか人から聞かされると、私は駄目人間だと思わされてしまう。


「お!お客さんたちだったのか!」


 冒険者の人が上を仰ぎ見ながら声を掛けてきた。確か、リーダのサナトスっていう名前だったか?

 しかし、ラ○ウ仕様の馬だからね。成人男性からしても、首が痛いほど上を向かないと駄目だね。


「助かった。本当に午前中から魔物に襲われっぱなしだったんだ。本当に最近は多くて困るな。時間が遅れているから、もう行かないと、本当に助かった」


 そう言って慌ててサナトスが馬車の方に向かって行き、馬に乗って出発をした。

 今、思ったけど殆ど全力疾走で駆けているじゃない。それは乗り心地は悪いよ。


 でも、おかしな事を言っていたな。


「魔物に襲われ続けている?」


 私は首を傾げて呟く。魔物なんてさっき見たものだけだった。それも、襲われていたのを見ただけで、村を出てから一度も魔物に遭遇なんてしていない。まぁ、元々村の周りは弱い魔物ばかりだから気にする必要もないけど····。


「馬竜がいるから襲われていない?」


「いや、そこはモナ殿がいるからだろう」


「え?私?」


 私はジュウロウザを仰ぎ見る。馬竜がゆっくりと動き出した。


「モナ殿のお陰で、俺は刀を振らずにこの数日を過ごしている。今まではありえないことだ」


 ああ、ジュウロウザはクラッシャーだからね。しかし、アイテムとしては存在していたけど、私は別に魔物避けなんて持ってはいない。

 となると、LUK ∞ が魔物を避けているということになってしまう。それはそれで、おかしいような気がするな。それなら、リアン避けをしてくれてもよかったのでは?


「そうなのかな?それにしても、魔物の死骸はこのまま?」


 通り過ぎていく地面に倒れているゴブリンの死骸をみて言う。


「ゴブリンからは素材が取れないから、大抵このままだ」


 いい素材が取れるかどうかの問題なんだ。でも、放置した死骸って不衛生だよね。それに魔物の死骸を食べる魔物っていないのだろうか。


「ふーん。てっきり、魔物の死骸を食べにくる魔物がいて、街道で襲われたとかになるのかと思っていたのですけど、そのうち死骸は消え去るってことなんですね」


「え?魔物が魔物を食べる?」


 あ、魔物は食物連鎖の中には入らないのか。でも、そうなると魔物は何を食べているんだろう。


「この馬竜ってその辺の魔物を食べるって聞いたから、魔物も魔物を食べるのかと思っただけです。気にしないでください」


 私って、世間知らずだったんだ。恥ずかしいな。



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