第12話 もうヤバイです

 お弁当の方に視線を向ければ、私が2つを食べている間に6つ入っていたサンドイッチが無くなっていた。6つじゃ足りなかったのか。

 仕方がなく、私の2つを分けてあげる。


 食べ終わった頃に最後の一人が乗って来た。浅葱色の外套を羽織った人物が慌てて客車に乗り込んできて、転けた。


 その時フードが外れ、青い髪がこぼれ落ちる。そして、猫耳が!

 ああ、どう見ても盗賊のニニャだ。盗賊のくせにドジっ子。何もないところでよく転ぶ。獣人の癖にその身体能力が何もいかせていないのだ。

 何故ここにいるのだろう?


 そして、おでこを擦りながらムクリと起きたニニャは奥に入っていき、大量の荷物を持った人物の方に向かって行った。そこで、何かお小言を貰っていた。

 どうやら、一番奥の人物と連れ合いだったようだ。


「おう。やっと揃ったか」


 ガタイのいい冒険者風の男性がニニャの後ろから入って来て、入口付近に座っている私たちに視線を向ける。


「お前たちか、トリーアから乗ってきたヤツは。俺はこの馬車の護衛を任されている『エスターテ』のリーダのサナトスだ。よろしくな」


「ああ」


 私の代わりにジュウロウザが答えた。実は客車に入る前にジュウロウザから言われたのだ。人前ではフードを深くかぶる事と人とは話さない事を約束された。

 理由を聞けば、私が世間知らずだからと言われたのだ。

 う、言われれば今までも村の人以外のとの対応はリアンがしてくれていた。私はそんなに世間知らずなのだろうか。


 そして、馬車は動き出し、トリーアの町を出発をした。






 嘗めていた。私はこの世界の道路事情を完璧に嘗めていた。整備されているはずの道の凸凹が酷い。日本のアスファルト舗装とまではいかないまでも、それなりに整備がされていると思っていた。


 いや、確かに村からトリーアの町までは舗装がされていない道なき道を行き来しているけど、人の歩く速度で荷馬車を走らせるから問題がなかったわけで、馬?角が3本生えた馬。その馬が引く速度はリザードとは比べ物にならず、速い。速いということは、振動も酷いのだ。穴ぼこがあろうが、突き出た石があろうがお構いなしに駆けて行く。


 この客車にスプリングは効いていないのか!お尻が割れそうだ。いや、割れているけど。お尻の下に衣類が入ったカバンを敷いているけど、あまり意味が無い気がする。


 それよりも、問題は私の目に映っているものだ。私のHPが徐々に減っているのだ。特に突き上げる振動があるとHPが2も減っている。たかが“2p”減ったと思っているかもしれないが、もともとHP30しかないのだ。

 そして、今現在HP19になってしまった。


 これ以上は流石にやばい、トリーアの町を出て30分足らずで、この有り様だ。予定では3時間運行して、騎獣の休息の為30分休憩してから、後2時間運行して本日宿泊の街に着く予定なのだが、その前に私が死にそうだ。


 馬車を降りる?いや、私が王都まで自力で歩けるとは思えない。

 ぐっ。

 絶対に今、宙に浮いたよね。なんでこれで皆平気な顔をしているわけ?



 ああ、とうとうHPが半分の15になってしまった。ばぁちゃんが作った体力回復薬飲む?いや、これ如きで飲むなんて勿体無い。うー。こんな事で私の命の危機が訪れるなんて!


 私は隣のジュウロウザの腕を掴んで、横を仰ぎ見て、小声で話しかける。


「キトウさん。もうヤバイです」


「モナ殿。何かあったのか?」


 なぜか驚いた表情をしたジュウロウザが私を見た。


「この馬車。私の体力を削って来るんです。もう、HP10しか残ってないです」


「え?」


 目を丸くするジュウロウザ。そうだよね。普通は馬車に乗っただけで、死にかけないよね。

 背に腹は代えられない。ばぁちゃんが作った体力回復薬を腰に付けているカバンから取り出したところで、ジュウロウザから声を掛けられた。


「モナ殿。失礼する」


 すると体が浮き、着地した。うん、いや、確かに振動衝撃は緩和されたよ。でもね。私の精神的負担がかなり掛かってくるのだけど?


 ええ、今の私はジュウロウザの膝の上にいます。子供の様に抱えられています。


 くっ!しかし、HPが8にまで下がってしまった私には選択肢はないのだろう。本当にないのか?

 取り敢えず、ばぁちゃんの体力回復薬を飲む。これは私専用に作ってくれたものだ。それは、普通の体力回復薬ではキツ過ぎるらしい。だから、ばぁちゃんから外で買った物は絶対に飲まないように言われているのだ。


 ただ、この薬の難点は非常に眠くなるということだ。もう、まぶたが半分落ち掛けている。


「キトウさん。少し寝ます」


 そう言って私の意識は眠りの海に沈んで行った。


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補足

 モナがシルワリザードは振動が少ないと思っていますが、それはリアンがなるべく平坦な場所を選んで進んで行ったからであって、道路事情の問題でも馬の問題でもありません。リアンの優しさですが、全くモナに伝わっていなかった。


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十郎左 Side


 モナ殿が眠ってしまった。何を切実に訴えて来たのかと思えば、本当に切実なことだった。この馬車で体力が消耗してしまうなんて、本当に子供並なんだな。幼い妹と遠出したときの事を思い出してしまった。移動するときは気を使った記憶がある。桜子はどうしているだろうか。


 モナ殿の頭が落ちて来てきたので、抱え直す。そのときにフードが外れてしまった。淡い金色の髪がこぼれ落ちる。


 初めて見た時は妖精という者がいるとすれば、このような姿なのだろうかと思った程だ。

 風になびく髪が光を反射して煌めいており、淡い緑から金色に変化した瞳が俺を捉えた瞬間、ゾワリと肌が粟立った。

 すべてを見通すようなその瞳から目が離せなくなった。そして、近づいてきたと思ったら腕を掴んできて『ステータスを見ろ』と言われ、何を言っているのか理解できなかった。

 なんだかわからないが、ステータスを見れば、今までマイナス値になる一方だったLUKの数値が減っていた。いや、0値の方に上昇していると言った方がいいのか。


 俺の目の前にいる彼女にどういうことか聞こうと思わず手を出せば、逃げられてしまった。

 それに、先程まで村を案内してくれていたルード殿にまで牽制されてしまった。それも『ひな鳥』のように扱うように言われたので、妹と同じようにすれば、文句を言われてしまった。うーん。病弱だった妹なら喜んだのにな。


 それからの村で過ごした数日は信じられない程、穏やかな日々だった。モナ殿には色々言われてしまったが。


 プルム村に来て、この辺りでは食べたことがなかった米があることも驚いたが、まさか和国の食べ物が食べられるとは思わなかった。


 そして、村の人達と農作業をする。こんな事は考えられなかった。

 一所に居続ければ、魔物の大群に町や村が襲われてしまうので、長居はできなかった。

 俺が通った街道は後日問題が出てくるとわかり、人が多く通る道は使えなかった。例えば街道沿いは、道が土砂崩れで塞がれたり、崩落して使えなくなったと噂で聞くこともあった。


 それが、2日も何事もなく農作業をして、皆から感謝の言葉をもらえた。疫病神だとか邪神の化身だとか言われた俺がだ。

 心がとても温かくなった。何事もない事がここまで幸せな事だと思わされた。



「ジューローザさん。モナねぇちゃん知らない?」


 村の人達と話をしていると、ルード殿からそう声を掛けられた。隣には心配そうな顔をしたソフィー殿もいる。


「モナちゃん?村長さんと話しているの見たわよ」


 俺に話しかけていた女性が答えた。


「あら?でも村長さんの所には居ないわね」


「本当ね。姫様への感謝のお祭りなのにね」


「リアンくんに連れ回されなくなったから、帰ったのかもしれないわね」


 女性たちは口々にそう言って、離れていった。帰ったのか?ふと気になってステータスを見ると······元に戻っている。


「ルード殿。俺も一緒にモナ殿を探していいか?」


 探した結果モナ殿は家に戻っていた。それも俺を見た瞬間に慌てて来て、『なぜ、元に戻っているのか』と問われてしまった。それは俺の方が知りたい。


 そして、この村の不思議に思っていた事を教えてもらった。なぜ、この村には女性が多いのか。それも皆が美人なのだ。


 それが、英雄とエルフの姫の子孫だとすれば、今では存在しないと言われているエルフの血がこの村で残されているのだろう。



 一番衝撃を受けたのが、この村に入る事のできる条件だ。いや、内心薄々は気がついてはいた。俺はあの国を追い出されたのだろうと。ただ、薬草を持って帰れば受け入れられるのではないかと、期待する心もあった。

 帰る場所がない者しか、外の者が入る事ができない村。そこまでして、過去の人物を守りたいのかと思えばそうではなかった。


「もしかして、この村はモナ殿の為に動いている?」


 その言葉に幼い二人は笑った。収穫祭の時気になる言葉があったのだ。『姫様に感謝』だとか、『姫様の祭り』だと『今日も姫様が元気で良かった』だとか。姫様と呼ばれる者がここに居るかのように村の人が言っていたのだ。


「姫様が心穏やかに過ごすことがこの村のためなんだよ」


「奇跡の姫様の願いは村の人が叶えてあげるのが決まりなんだ」


 幼い二人がそう言って笑っている。


「おかげで、リアン兄さんは振り回されていたけどね。村の言い伝えじゃ奇跡の力を持った姫君は幼子並の体力しかないから、おとなしいはずなんだけど、クスクス」


「でもおねぇちゃんはアレがしたいこれがしたいって、興味が尽きないの。隣町に行きたいっておねぇちゃんが言い出した時は村中が騒然となったらしいよ」


 幼子の体力か。確かにあのステータスならうなずける。


「それでね。ジューローザさん。この村にもう少しいない?」


 そう、ルード殿が聞いてきた。この村にいたいかいたくないかと問われれば、この村に居たい。しかし、肝心のモナ殿に出ていけと言われているのだ。 


「おねぇちゃんの護衛をお願いできないかな?本当はリアンにぃちゃんのお役目なんだけど、魔王っていうのを退治するのに連れて行かれちゃったし」


「僕でもいいのだけど、12歳にならないと村の外に出たらいけないって村の決まりがあるんだ。だから、ジューローザさんにお願いできないかな?きっとジューローザさんがこの村に来たのも何かの縁だと思うんだ」


 俺はまだこの村にいてもいいのだろうか。






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