第11話 その依頼キャンセルで
「モナちゃん。ちょっとこっちに来てくれない?」
母さんがこっちを向いて手招きをしていた。しかし、私は首を横に振る。母さんの近くにフェリオさんがいる限り無理だ。
「モナちゃん。リアンに今度は何をされたのかな?」
あまりにもの私の拒否具合にフェリオさんは疑問に思ったのだろう。だから、答えてあげた。
「ひと月前に肋骨にヒビが入りました」
どういう状況でそうなったかと言えば、ひと月前、リアンと共にこのギルドに来ていた。前回は別の物を母さん達に送るために徹夜で作業していたことが祟って、ギルドに着いた時に荷馬車から降りようと立ち上がった。その時、立ちくらみがしたのだ。
リアンは荷物をギルド方に持って行っていたので、目の前には居なかったはずなのだ。しかし、立ちくらみがし、体が傾いたところで、リアンの顔が目の前にあったのだ。
そして、脇腹に唐突な痛みと目の前にリアンがいることで、パニックになる私。しかし、そこで暴れても怪我をするのは私の方なので深呼吸してなんとか落ち着いた。
どうやらリアンは傾いた私の体を脇の下を持って支えてくれたみたいだった。これは、リアンの気づかいだと理解をし、お礼を言って荷馬車から下ろしてもらった。ただそれからも、家に帰ってからも、痛みが収まらず、ばぁちゃんに見てもらったら肋骨にヒビが入っていたのだ。
勇者の力を舐めてはいけない。なぜ、私を支えただけで、骨にヒビが入るのか本当に意味がわからなかった。
「次はきっと肋骨が折れて、肺に突き刺さるんじゃない?実はそこのフェリオさんはリアンが化けていて、猛犬の様に突進してくるのではないの?と思ってしまう」
「モナちゃん。被害妄想が酷いわ」
母さんが困ったような顔をして言うが、抵抗力のない私としては、生きるか死ぬかの問題だ。
母さんは困ったわねと言いながら、フェリオさんから離れて、手招きをした。ビクビクしながら、ジュウロウザから離れ母さんのところに駆けていく。
「何?」
「これ、お小遣いね」
そう言ってジャラジャラと音がするパンパンの革袋を渡してくれた。お小遣い?私は受け取りながら首を傾げる。
「リリーちゃんとキールくんの結婚式に出るのは諦めるわ。村に着いてモナちゃんがいないと分かれば、リアンくんも村に留まるのは諦めるでしょ?で、そのまま一旦王都に戻るわ」
あ、うん。そうした方がいいと思う。あの三人は逃げ場が限られたダンジョンでは危険すぎる。
「騎獣だと、ここまで一日でなのよ。だから、モナちゃんがここにいるとリアンくんにまた遭遇するわけなの。それにまた村に寄りたいって言われそうだわ。
だから、さっき言っていた王都に依頼を出しに行かない?路線馬車なら今から昼の便に間に合うわ。それで王都まで2日かかるからリアンくんに会うことないと思うのだけど?」
私にはそれしか選択肢がないのだろうか。右手の重みのある革袋を見る。王都か。
「はぁ、わかったよ。リアンの仲間って言えばいいのかな?あのピンクの髪の人に回復魔術を使わせないのと、言うことを信じないでほしい。緑の髪の人は絶対に戦わせないで。それはフルプレートアーマーの人も同じ。」
彼女達の活躍の場はここではない。村の周りは強い魔物はいないので、戦うことはないと思いたい。
「あら?あの少しだけで全員視たの?」
母さんは私の真眼の事を言っているのだろうけど、残念ながら視てはいない。だけど、前世の記憶からなんて言えば、今より頭のおかしい子って思われるだろうから言葉を濁す。
「まあね。じゃ、私は武器を調達して王都に行くわ。絶対にリアンを王都で放逐しないでね!」
そう母さんに言えば困ったような顔をされ、『何かあったらキトーさんを頼るのよ』と言って、母さん達はギルドを出ていった。え?なんでジュウロウザと一緒に行動する事が決まっているの?
私の中ではジュウロウザを置いていくことは決まっている。
王都に行くのに準備をしなければならない。踵を返して、依頼申込みカウンターに向かう。
「すみません。先程渡した魔石を一部返却してもらうことは可能ですか?」
王都で依頼をするのに良質な魔石は必要だ。
「ええ、大丈夫ですよ。まだ、依頼受領の手続きは終えていませんから。『翠玉の剣』と『金の弓』の方々ならこれぐらいでしょうか?」
そう言って半分ほどの魔石を戻してくれた。『翠玉の剣』はSランクで『金の弓』はAランクの冒険者達なのだ。やはり、半分は必要か。
「ありがとうございます。因みに王都行きの路線馬車は何時に出ますか?」
「13時に出発ですね」
そう言われ、ギルドの壁に掛かっている魔時計を見る。12時05分!一時間も無い!
急いで依頼の受領手続きをしてもらい、近くの武器屋を教えてもらったので、そこに向かうためギルドを出る。
何故か。なぜか隣にジュウロウザが歩いている。
「キトウさんは何故、私についてくるのですか?」
「モナ殿のお父上とフェリオ殿からモナ殿の護衛の依頼を受けた」
何だって!!私が母さんと話していた時にそんな事をしていたの!
「その依頼キャンセルで」
「報酬は既に受け取ってしまったから無理じゃないだろうか?」
ぐふっ!!
私の心労が!!くっ、ここでさよならだと思っていたのに!
「私、いつ魔王が空から降ってくるか怯えているのですが?」
「モナ殿はスライムにも勝てないから、護衛して欲しいといわれたんだが?」
スライムぐらいなら勝てる!これでもLv.20まで上げたんだからね!リアンを扱き使ったけど······。
「ス、スライムは
「他の魔物は?」
「うっ·····無理です」
無理。無理ですよ!私のクズステータスを嘗めんなよ。
クラッシャーのジュウロウザと共に行動をしなければならないのは、仕方がないことなのだろうか。
ええ、わかってますよ。一人で王都に行こうっていうのが、無謀っていうことに。
「はぁ。わかりました。護衛お願いします。再度いいますが、私のステータスはクズなので、細心の注意を払ってくださいね」
「モナ殿。自分自身をそのように卑下することはない。こうやって、俺が穏やかに過ごせるのはモナ殿のお陰なんだから」
いや、確かにLUKは∞だ。しかし、それぐらいしか良いところはない。
そうして、武器屋の前にたどり着いた。中はゴチャゴチャと色んな武器が陳列されている。しかし、私の用がある物はただ一つ。
「騎獣の調教用のムチをください」
「え?」
「おう、どういう騎獣だ?」
私の言葉に疑問を抱いたのはもちろんジュウロウザだ。武器を購入すると言って、攻撃力が途轍もなく皆無に近い調教用のムチだったのだから。
しかし、店の厳つい親父からどういう騎獣かと問われれば、勇者を撃退する物と言いたいところを我慢して
「馬車用の長めの物で」
「今はコレしかないがいいか?」
カウンターに置かれたものは、普通の革製の長いムチだった。棘もなく、金属繊維が入っているわけでもない、普通のムチ。
手にとって振るってみる。
見切り品で樽に突っ込まれた槍の一本に巻きつき、そのまま壁に向かって振れば槍が壁に『ドスッ』という音とともに突き刺さった。普通にいい感じだ。
「これでお願いします。お幾らですか?」
「お嬢さん。武器が欲しいならもっと良い物があるぞ」
残念ながらの武器仕様になると全くもって扱えなくなるのだ。
「これがいいです。キトウさん、槍を抜いて元に戻してもらえますか?」
そう言って私は金貨一枚を差し出す。先程、母からもらったお小遣いだ。
「お嬢さん。普通はこんな店で金貨を見せるもんじゃない」
こんな店?冒険者ギルドから紹介された店だから、悪い店じゃないと思うけど?
「調教用のムチ代と壁の修理代です」
「あ、いや。こっちとしては有り難いんだが」
店の親父は困った顔をしながら、後ろをチラチラ見ている。何っと思って振り返ってもジュウロウザがいるだけだ。首を傾げてしまう。
何故か親父にため息をつかれてしまった。そして、貰い過ぎだからと言って、色々おまけを付けてくれた。
腰にムチを付けるホルダーもだ。調教用のムチなので、普通はセット売りでは無いはずなのにおかしいな。
「兄さん。お嬢さんをしっかり見張っておきなよ」
店から出るときに親父からそんな声をかけられた。失敬な!
そして、他の必要な物を購入して、路線馬車の停車駅に行く。王都に行く馬車のところにいる御者に声をかけた。
「王都に行く馬車はここですか?」
「ん?あ、そうだ。料金は····」
御者の人は私を見て言葉を止めてしまった。ああ、料金ね。二人分の1万
·····受け取ってくれない。なぜに?小銀貨5枚で合っているはず。
その受け取ってくれない小銀貨5枚をジュウロウザが受け取り、御者の人の手に握らせた。
そして、後ろの客車の方に行くようにジュウロウザに促された。いったいあの人はどうしたのだろう?
客車の馬車はいつも使っている荷馬車と比べられないぐらいに大きかった。左右両端に座席があり、数人が席に座っていた。ぎゅうぎゅうに詰めれば横一列に10人は座れるだろうが、今いるのは老夫婦と一人の女性と一番奥で大きな荷物を持った外套を着た人物だ。フードを被っているため、性別は分からない。
私とジュウロウザは右側の入口付近に腰を下ろした。もちろん、クラッシャーがいつ勃発しても逃げられるようにだ。
出発するまで、まだ時間があるようなので、遅くなってしまったお昼を取る。朝から用意していたサンドイッチだ。お弁当の一つをジュウロウザにも渡す。
中身は厚焼きの卵サンドと照り焼きチキンサンド。厚焼き卵に、手作りのケチャップがよく合う自信作を一口食べる。
美味しい!卵の甘みにケチャップの酸味が調和している。自画自賛だ。
次に手に取ったのが、収穫祭の時に余った野鳥の肉をもらったので、それを自家製の醤油と砂糖、酒で漬け込んで作った照り焼きチキンだ。これも自家製で作ったマヨネーズでサンドした絶品だ。美味しい!
·····斜め上から視線を感じる。仰ぎ見ればジュウロウザから物欲しそうな目が向けられていた。
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