第9話 勇者なら行けるところでしょうか

 私はその言葉に目を見開く。気がついてしまった。ジュウロウザは私の言葉で気がついてしまったのだ。生きる場所がない者。帰る場所がない者。待つ者が居ないだと。


 はっきり言って、海を渡った先にあるかないかわからない薬草を探せと言っている時点で無茶振りなのだ。



 ゲームでは飛行船が手に入れば和国に入る事ができる。船では入国拒否をされ、入れなかったのだ。


 和国の都でジュウロウザの妹らしき人物と話ができるイベントがあるのだ。彼女が病気であることに間違いはない。彼女は肺病と言っていたので、結核か何かだったのだろう。

 そこで、『兄が私の為に薬を探しに行っている』という言葉が出てくる。しかし、周りの者の言葉は疫病神が出ていってくれてよかったという言葉ばかりが出てくるのだ。ただ、何も知らされていない妹だけが兄の帰りを待っていた。


「キトウさん。『雪華籐』と『雷鳴鈴』は存在しますよ。どちらも、病を治す薬草です」


 どちらも薬草だ。ただ、特殊な病を治す薬草として、ゲーム内で存在している。


「あ···あるのか?今まで誰に聞いても知らないと言われるばかりだったのに?風静牙も光結蛍も闇待月も存在するのか?」


「は?」


 思わず私は振り向く。本気で言っているのか?ジュウロウザの目は本気で言っているようだった。前向きに戻って項垂れる。これを一人で取って来いと?無理じゃない?


 『雪華籐』と『雷鳴鈴』までなら、ジュウロウザ一人でも行けるだろうが、残りの3つは無理だ。特に『光結蛍』は空に浮かぶ神殿の庭に生えている。『闇待月』は次元の狭間だ。それも薬草じゃない。ゲームでは必須アイテムとして存在していた。


「ありますよ」


 存在の有無を聞かれたので、それだけを答える。これは本当に国に帰って来るなということなのだろう。


「それはどこにあるんだ?」


 やっぱり聞かれるよね。私は出来上がった2つのミサンガをカバンの中にしまい、木々がお生い茂った空を見上げる。


「勇者なら行けるところでしょうか」


「空か?」


 私の行動と言葉だけで推察するなんて、すごいな。


「ふふふ。一つは空ですね。空が飛べるなら行けますよ。肺病なら『雪華籐』と『雷鳴鈴』だけで十分ではないのでしょうか?」


「ん?肺病の話をしたか?」


 うぉ。してなかった?薬草を探しているとしか言ってなかった?


「『雪華籐』が今時期に発症する夏燥熱の薬に使われますし、『雷鳴鈴』は春待咳の薬に使われますから肺病かと思ったのですが、違いましたか?」


 冷や汗が酷い。これで誤魔化せる?


「そうなのか?妹の病は治るのか?」


「私は医者じゃないので知りませんよ。その2つもそれぞれの病限定で使用する物なので、効くかどうかなんて可能性でしかないのではないのでしょうか?」


 私はそれが効くかどうかなんて知りはしない。ただ、知っていることは、ゲームのサブイベントで必要だった薬草ということだけ。 


 それ以来、ジュウロウザは黙ってしまった。何かを考えているのだろう。村さえ出ていって貰えば私には関係が無いことだ。


 そして、昼前に隣町トリーアに着いた。町は石の外壁に囲まれている。それは魔物という外敵から町を守るためだ。石という強固な外壁を作れないところは木の板を並べて壁にしたりしている。私の村のように壁がない町や村は皆無と言っていいのだ。


 石の外壁の四方にある出入り口の一つ、西側の門から町に入って行く。トリーアの町は村と大違いで人も建物も多く、露天商が立ち並び賑わっている。それを横目で見ながら一つの建物の前で止まり、シルワリザードを建物の横にある騎獣舎に誘導する。


 騎獣。主に移動手段として用いられる魔獣のことだ。金があるのであれば、空を飛ぶ騎獣も手に入れることができるというが、ただの村人である私には関係のない話だ。


 魔石が入っている革袋は私が持ち、それ以外をジュウロウザに持ってもらう。本当に一言も話さなくなったけど大丈夫なのだろうか。


 正面玄関から建物に入っていく。と、一斉にこちらに向く視線を感じたが、無視だ。ここは冒険者ギルド。昼間っからここに居る者は大抵ろくなヤツがいない。冒険者なら普通は依頼を受けてここには居座っていないからだ。


 私は依頼申込みのカウンターに行く。すると大体の視線が外されるのだ。


「いらっしゃいませ。どのようなご依頼でしょうか?」


 いつも依頼受付カウンターに座っている女性から声を掛けられた。

 ジュウロウザにばぁちゃんから渡された箱を置くように促す。


「いつもどおり、買い取りをお願いします」


 すると女性はニコリと笑い


「いつもありがとうございます。マーテル様」


 マーテルとは私の家名だ。ただ村では家名など意味がないので普通は名乗っていない。

 女性が品質チェックをしている間にカウンターの上に置いてある依頼専用用紙に依頼内容を記入していく。水路工事と水車作成の依頼だ。




「おまたせしました。いつもと同じ料金になります。これでよろしかったら、サインをお願いします」


 受付の女性は10万Gガルと書かれた用紙を提示してきたので、サインをする。

 そして、書いた依頼用紙を女性に差し出す。


「水路工事と水車の作成ですか?それもプルム村に所縁ゆかりのある人物指定で?·····あのー?成功報酬が書かれていないのですが?」


「出来高報酬で」


 そう言って私は魔石の革袋を女性の前に差し出す。女性は袋の中身を覗き込んで顔色を変えた。はっきり言えば総額1000万ぐらいの価値がある良質な魔石が袋いっぱいに入っているのだ。


「報酬は私が金額を記入しサインしたものをギルドが代わりに支払う。余ったものはキルドが手数料として受け取る。どうでしょうか?」


「も、もちろんそれで構いません。本当にこれを全てこちらで引き取って宜しいのでしょうか?」


 それはそうだろう。これだけの良質な魔石なら使いようはいくらでもある。しかし、村にあっても水を汲み上げる水車ぐらいでしか使い道がないのだ。


「ええ、いいですよ。それから、いつもどおり家族の冒険者に手紙や小包を届けてもらいたいのです」


 ジュウロウザに袋の方を出すように言って、カウンターの上においてもらう。家族に宛てた手紙や小包が20個ほど並べられた。


「あの、マーテル様の物は直接お渡しになられますか?」


「は?」


 意味がわからず女性を見るとある一点を指していた。振り向くと·····


「ぎゃぁぁぁぁ!!」


 私はジュウロウザを盾にして隠れる。


「モナちゃん酷いな」


「来るな!近寄るな!声をかけるな!」


 私の背後に立っていたのはゲームの青年姿のキラキラリアンだった。いや、正確にはリアンの父親のフェリオさんだ。リアンではないがその姿が瓜二つなのだ。

 私はこのフェリオさんを見て、この世界はゲームの世界なのではと気付かされたのだ。


「僕はリアンじゃないよ?」


「わかってる。フェリオさんだってわかっているけど、無理ー!!」


 肌の粟立ちが酷い。蕁麻疹並にブツブツだ。心づもりのない不意打ちは駄目だと思う。それに今はリアン対策を何も持っていない!私の心の平穏の為に必要不可欠な物だ。


「モナちゃん。フェリオが落ち込んじゃっているわよ」


 その声にジュウロウザの影から顔を出す。ミルクティー色の髪をポニーテールにし、新緑の瞳が私を困ったように見ている美人の女性は私の母親のシアだ。


「なんで母さんがここにいるの?」


「モナ。父さんもいるぞ」


 私が疑問を口にすると、母さんの横からクマが寄ってきた。いや、私の父親のテオだ。金髪に青い目の偉丈夫といえば聞こえはいいが、筋肉ムキムキのおっさんだ。それに大盾を背負っているので圧迫感が人一倍感じてしまう。


「いや、母さんがいれば、父さんがいるのはわかっている。で、もう少しフェリオさんを遠ざけてくれない?」


 クマがキラキライケメンを遠ざけてくれたことで、私がジュウロウザの影から出る。

 そして、私が作ったミサンガが入った箱とソフィーの手紙とばぁちゃんの傷薬が入った箱を母さんに片手で手渡した。

 もちろん、もう片方はジュウロウザの着物を掴んでいる。避難場所は確保して置かなければいけない。


「で、なんでここにいるの?一ヶ月前は海がある国にいるって手紙に書いてあったけど?」


「その前にモナちゃん。彼氏を紹介して!」


 何故、母さんが嬉しそうにそんな事を聞いて来るんだ?


「彼氏じゃないし。キトウ・ジュウロウザさん。私とルードを魔物から助けてもらったんだけど、キトウさん、母さんにステータス見せてもいいかな?」


「ああ、構わない」


「え?モナちゃん。名前で呼べるほど仲がいいのに彼氏じゃないの?」


 母さんは何を言っているのだろう。


「キトウは家名でしょ?違うの?」


 私はジュウロウザに尋ねる。ステータスでも鬼頭十郎左だったし、間違いはないはず。


「確かに鬼頭は家名だが、大陸にきてから十郎左の方で呼ばれる事が多いな」


「あら?そうだったの?勘違いしてごめんなさいね」


 あれ?もしかして私やらかした?ジュウロウザ呼びが普通だったの!


「じゃ、ステータスを視ればいいのね」


 母さんの瞳の色が新緑の色から金色に変わる。母さんは鷹の目という目を持っている。私ほどではないが、相手の基本ステータスぐらいは看破することができる。

 因みに母さんの武器はその目を使って攻撃出来る弓だ。もちろん私には弓の才能も全く無い。矢を放てば何故か後ろに飛んでいくのだ。


 母さんがステータスを視たことを確認すると私はジュウロウザから離れる。すると凄い勢いでLUKがマイナスに下がって行くのだ。


「え?······あ。······ち、チョット待って!」


 母さんはLUKが−1000を超えた時点でうろたえ出した。


「も、モナちゃん!と、止まらないの?これ止まらないの?」


 母さんが慌て出したことで、クマ····父さんが何があったのかとこちらに来た。それにつられてフェリオさんもこっちに!


 ひっ!


 私はジュウロウザの影に再び隠れる。するとLUKの−8252で止まり、数値は0に向かって行く。それに母さんからホッとため息が聞こえた。母さん甘いよ。これ−100万までいくから。


「ってな感じなので、くっついてるの!フェリオさんストップ!」

 

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