第8話 生きる場所

「この村は英雄様がエルフの姫君を守る為に村全体に術を施しているのですよ。この村に来ようとしてもある手順をふまないと村の中に入れません。そして、生きる場所もなく路に迷った者が村にたどり着けるようになっています」


「生きる場所がない····」


 ジュウロウザの呟きが降ってきた。そう、迷い人をこの村は受け入れる。だから、この村の人達はジュウロウザに好意的なのだ。


「この村は英雄様の願いが込められているんだ。お姫様を守るようにって。力のある人はここに悪いモノを近づけさせないように武器を取って外に出て、戦うんだ。僕も大きくなったら村の外に出て冒険者になるんだ」


 ルードは自分の夢を語った。英雄の言葉を誇らしげに言いながら。


「戦う力のない人は村を豊かにするの。お姫様が寂しくないように、いつも笑顔でいてくれるように。だから、私は立派な薬師になるの」


 ソフィーはニコニコと笑顔で夢を語った。今はもう居ない人物のことを上げて言った。

 この村で何度も何度も聞かされる英雄とエルフの姫の話。この村を守る為に己がすべきことを成すようにと、まるで洗脳するように聞かされるのだ。


「だからね。ジューローザさん、この村に居たいだけ居ていいんだよ。モナねぇちゃんは色々言うかもしれないけど、兄ちゃんに対してもこんな感じというか、もっと悪い感じだから、気にしなくてもいいよ」


 ルード!!何を言っている!

 私は目の前のルードを睨む。私が一番大変じゃないか!ミサンガさえも灰にするほどのジュウロウザだ。ほとんど張り付いていなければならないなんて、私の精神が死にそうだ!


「あ!そうだ!」


 ソフィーは何かを思い出したかのように両手を叩いた。そして、作業中の私と後ろにいるジュウロウザを見て言った。


「おねぇちゃんとジューローザさんが結婚するといいんだ!リリーねぇちゃんも結婚するでしょ?」


 一瞬、思考が停止した。私はよくわからない発言をしたソフィーをぎこちなく見る。


「ソフィー?何を言っているのかな?」


「え?だってリアンお兄ちゃんと結婚するの嫌なんでしょ?このままだとおねぇちゃんリアンお兄ちゃんと結婚することになるよ?」


 ガンッ


「おねぇちゃん!」

「モナねぇちゃん!」

「モナ殿!」


 テーブルに額を打ち付けてみるが、痛い。夢じゃない。ソフィーの恐ろしい言葉は夢じゃないのか?なんで私がリアンと結婚?


 いや、リアンの好意はわかっていたが、猛犬と言っていいリアンは私の手に余るというか、私が五体満足に生きていける自身がない。絶対に腕にヒビが入るだけで済むとは思えない。

 腕一本ぐらい無くなる覚悟がないとリアンと結婚出来ないと思っている。絶対に無理だ。魔王を倒して帰ってきたヤツと結婚だなんて、私には無理だ!


 ゲーム通りに王女様か聖女様と結婚してほしい。お似合いだった。私なんかより、とてもとてもお似合いだった。


 そう、ゲームではサブイベントによってエンディングが異なっているのだ。クソゲーの癖にそこはこだわりがあったのか、フルCG、フルボイスで美しかった。

 最初、聖女バージョンの大聖堂での結婚式のエンディングを迎えてやりきった感満載でゲームを終えたのだけど、ネット情報で王女バージョンのエンディングが良かったとの情報を得て、再度クソゲーをやった。王女バージョンは王都中をパレードをしたあと、国民の前で愛を誓って、王になるというエンディングだった。

 勇者リアンのかっこよさに萌えたよ。


 いや、今考えると恐ろしいな。あのリアンが王?一気に肌が粟立つ。


「ぇちゃん、おねぇちゃん!」


 ソフィーが私の肩を揺すっている。頭を上げてテーブルの上を見ると8個のミサンガが出来ていた。そして、作りかけが私の手元にある。もういいや。


「もう寝る」


 そう言って、私は出来上がったものと手紙と手芸用セットを持って部屋に戻った。





モナが居なくなった後



「モナ殿は何故、そこまでリアンという人物を嫌っているのか?」


 十郎左がリアンの弟であるルードに尋ねる。その質問にルードは苦笑いを浮かべていた。


「うーん。俺が物心がついた頃にはもうあんな感じだったからなぁ。母さんが言うには昔はそうではなかったみたい。さっき姫君と英雄の話を聞いたよね」


 ルードは何か言い難いように言葉を紡ぐ。


「『我らは英雄アドラの子孫でもあるが、奇跡の姫ルトゥーナの子孫でもある。忘れるな、英雄の力も奇跡の力も我らの中にあることを』」


 そして、ルードは大きく息を吐き出す。


「これは、僕達の中にその力が在るっていう意味じゃなくって、そういう者が生まれてくるっていう意味なんだ」


「おねぇちゃんはエルフのお姫様の力を持っているんだよ」


 ソフィーが自分の事を誇らしげに言った。


「僕の兄ちゃんは英雄の力を持って生まれた。だから兄ちゃんはモナねぇちゃんを守る役目があるのだけど」


 ルードは自分の兄の事を残念に思いながら話す。


「はりきり過ぎたんだよ。で、逆にモナねぇちゃんを傷つけてしまった」


「おねぇちゃんが関わらないと普通なんだけど、リアンお兄ちゃんは頑張り過ぎちゃうんだよね」


 リアンは英雄の力を持って、奇跡の力を持つモナを守る。これはこの村の者たちの総意であり、リアンの思いでもあった。だた、本人のモナだけがわかっていない。


「もしかして、この村はモナ殿の為に動いている?」


 十郎左の言葉に二人の子供はニコリと笑った。


 英雄がエルフの姫君の為に作った隠れ里“プルム”奇跡の力は隠さなければならない。


____________

モナ side


 翌朝、朝日が目に染みる中、荷馬車に荷物を積み込む。町に行って売る薬草や、前もって町に行ったときに持っていって欲しいと言われた家族への手紙。そして、今回大量に手に入れた良質な魔石。これを元手に水路の依頼をお願いするのだ。


「モナ殿、村長の家に行って借りて来たモノはどうすればいいのだ?」


 ジュウロウザが村長の家に行って借りて来たモノを連れてきた。その横ではニコニコと笑っているソフィーとルードがいる。

 ジュウロウザが隣町まで付いて行くと今朝言ってきたのだ。そのまま村を出ていってくれるのであれば、私は文句はない。


「荷馬車に繋いで」


 村長のところから借りてきたモノは大きなトカゲだ。2メルほどある大きな緑色をしたトカゲ。

 シルワリザード。足は早くはないが、力強く舗装されていない山道でも荷を引くことができるこの村ではなくてはならない家畜だ。


 ジュウロウザがシルワリザードを繋いであるリードを荷馬車に繋いでくれている。この荷馬車もいつもの荷車と違い、人が引くものではない。一回り大きく、この村の周りの森を走行するために、足回りも丈夫に作ってあるものだ。


「おねぇちゃん。気をつけて行ってきてね」


 ソフィーがお昼用のお弁当を差し出しながら言ってきた。もちろん、作ったのは私だ。ばぁちゃんとソフィーの分も作り置きをしてある。


「ふふふ。隣町に行くだけだから大丈夫だよ」


 足の遅いシルワリザードで一日で往復できる距離に隣町はあるのだ。今日の夕方には戻ってこれる。


「でも、魔物が多くなってきているって聞くよ」


 ルードも心配性だな。隣町との間にいる魔物なんて、スライムか一角兎ぐらいなのに。


「ルードも見送りありがとう。何かお土産買って帰ってくるね」


 そう言って、私は外套を羽織り、荷馬車の御者台に座る。その隣にはもちろんジュウロウザがいる。この不幸の塊が居る中で村が何事もなく無事だったということは奇跡に近い。私は内心いつ魔王が空から降ってくるかとビクついていたのだ。それが今日で終わりかと思うと、嬉しい限りだ。


 そして、シルワリザードのリードを揺らし進むことを促す。するとノシノシとシルワリザードが動き出した。

 はっきり言ってこのシルワリザードの歩く速度は、人の歩く速度とそう変わらない。坂道だろうが、凸凹があろうが速度は変わらないので、人よりは少し速いと言ったほうが正しいだろう。


「モナ殿」


 私は御者台でミサンガの続きを編んでいた。


「何?」


 編みながら答える。いつもなら、御者はリアンに任せるのだけど、村から隣町には行ったことのないジュウロウザに任せるわけにはいかないので、私は御者台に座りながら編んでいた。


 あ、うん。今まで御者台じゃなく、荷物と一緒になって、クッションの上に座っていたので、クッションのない荷馬車がこんなに不安定だと知らなかった。

 私は木の根を踏んだ衝撃で、宙に浮いたのだった。


 今の私の状態は昨日と同じ状態になっていた。不本意すぎる。また、ジュウロウザを背もたれにして座っているなんて。

 しかし、魔王が降ってくる確率と私の精神負荷を考慮した結果と納得することにした。


「モナ殿に聞いてもらいたいのだが」


 私の上から、遠慮がちな声が降ってくる。


「なんですか?さっさと言ってくれません?」


 私はイラッとして、ジュウロウザにさっさと話すように促す。


「もう少し、プルム村に居たいのだが···」


「ああ゛?!」


 あ、思わず心の声が漏れてしまった。村に居たいって?不幸の根源が何を言ってるんだ?


「そこの岩を右回りで。キトウさん。どういうことですか?麦の収穫までという話でしたよね」


 村の周りに隠されている印を右回りで通るように指示を出し、ジュウロウザに尋ねた。


「そうなんだが、先程村長殿にも頼まれて、もう少しいてくれないかと」


「今まで、いる人達で賄っていたので、大丈夫です。問題ありません」


 村長は昨日言っていた事をジュウロウザにも言ったようだ。


「人にこんなに頼りにされたことがなかったんだ。初めてだったんだ。沢山の人からありがとうと言ってもらったことも、助かったと言われたことも」


 昨日は村の皆からお礼を言われていたことは確かだ。それが初めて?


「こんなに穏やかに過ごすことも子供の時以来だった」


 え?どこまでクラッシャーが酷いの?いや、ゲームの内容からそれは推察できていた。


「だから、もう少しいてもいいだろうか」


 私は大きく息を吐き出す。それ、私が凄く迷惑なんだけど?


「キトウさん、確か探しものがあったのでは?」


 そう、ジュウロウザは言っていた『雪華籐』と『雷鳴鈴』を探していると。だから、それをさっさと探しに行けと促す。


「あの村にたどり着ける者は生きる場所がない者だったか」


 ああ、私が村の説明をするのに使った言葉か。


「薬草を探しに行けというのは、俺を国から追い出すための餌だったのだろう?」


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