第4話 和国の人
私は怪訝な視線を向ける。なぜ、今になって名乗る。
「貴女の名前はなんていう?」
さっきルードがモナねぇちゃんって言っていたからわかっているだろうに。
しかし、ジュウロウザの妹と同じ扱いを私にしないで欲しい。
「モナだけど?キトウさん下ろしてもらえますか?」
そう言うとジュウロウザは目を細めて私を見た。一体何?下ろすようにもう一度言おうと口を開こうとしたとき、裏口が開きソフィーが顔をのぞかせた。
「おねぇちゃん。お昼ご·····」
私の状態を見てソフィーは固まってしまった。それはそうだろう。思ってもみない光景だったに違いない。
「お腹空いたー」
そう言ってルードは固まっているソフィーの手を引っ張って勝手知ったる我が家のように裏口から中に入っていった。
それに続いてジュウロウザも歩き出す。
「キトウさん、下ろしてください」
もう一度同じ事を言う。すると返ってきた言葉は
「十郎左でいい」
だった。決して私は名前の呼び方に文句を言っているわけではない!思わず舌打ちが出る。人の話を聞かないヤツは嫌いだ。
「こうしていれば、不運の根源というものは無くなるのだろう?」
無くなるというかLUKがゼロ値になるだけだ。だから、他の人のように幸運があるわけではないだろう。
「手を握るのと、抱きかかえるとどちらがいい?」
答えずにいるとそう聞かれた。手を握ると言われた時点で私はブルリと震える。
子供のときとはいえ、リアンにされたトラウマは早々に無くなりはしない。手首を掴まれただけで、ミシっと骨が軋んだ音は今でも思い出される。
長い間、誰かに触られるのが恐怖でしかなかったけど、最近は大分改善はされてきた。今は、ソフィーとばぁちゃんとなら手を繋ぐことができる。だけど、他の誰かと手を繋ぐという行為には未だに恐怖に震えた。
「手を握られるのは怖い」
思わず口に出る。ああ、だからソフィーはあのような言い方をしたのか。「手を繋げられるんだね?」と
「だったら抱えるしかないよな」
他の選択肢はないのか!
そのまま食卓のテーブルに着席する。意味がわからない。なぜ、私はジュウロウザの膝の上に座っている?
ばぁちゃんとルードは生温かい目を私に向けてくる。ソフィーは未だに固まったまま口をポカンと開けて私を見ている。
「キトウさん。これじゃ食べにくい」
「十郎左だ。俺は不運の根源なのだろ?」
私が言った言葉を根に持っているのか、再度同じ言葉を言われた。しかし、他の選択肢があるはず!
「私が触れていればいいのだから、椅子を隣に並べればいいと思うけど?」
私が不機嫌そうに言えば、ハッと我に返ったソフィーが慌ててジュウロウザの隣に椅子を引きずって来た。ソフィーもいい子だ。こちらに椅子を持ってきてくれたソフィーに手を伸ばして頭を撫ぜる。
「ありがとう。ソフィー」
ソフィーは目を細めて笑った。何気にソフィーは頭を撫ぜられるのが好きだ。
私は隣の椅子に座り、ホッと息を吐く。流石にこの歳で抱っこされるのは恥ずかしい。
椅子を寄せ端に座り肩や膝が触れ合うように座る。うーん、コレって見た目ラブラブカップルの座り方じゃない?いや、しかしお互いの妥協案としてはこの辺りが折り合いじゃないだろうか。
「これで文句ないでしょ?」
斜め上を仰ぎ見れば、空中に視線を合わせたジュウロウザが頷いた。ステータスで確認したのだろう。
今日の昼ごはんは干しぶどうの入ったパンにお肉と野菜がたっぷり入ったスープ。以上だ。何品もおかずが並ぶ食卓など、新年を迎える祝の日ぐらいで、大体はこんな食事だ。本当に日本は飽食の国だったと改めて理解できた。
だけど、毎日少しでも違う食事にしたいので、パンにドライフルーツやチーズを入れて工夫したり、スープの味を変えるようにしている。まぁ、これは私のわがままだ。毎日、同じ食事は飽きてしまう。
干しぶどうのパンを頬張りながら考える。ジュウロウザは本当に居座るつもりだろうか。その間私は付きっきり?ないわ。
こちらも助けてもらった身なのだから、お礼なんて必要ないと言えばいいのだろうか。
「ジューローザさんの国は何処?見たことない服」
私の向かい側に座っているソフィーがジュウロウザに聞いている。まぁ、和国の人は初めて見たから、着物なんて目にすることはなかった。
「和国だ」
「ワ国?」
ソフィーは首を傾げながら言葉を繰り返した。きっと初めて聞いた国だろう。
「東の海を渡ったところにある島国だ」
「海?見たこと無いけど、知っているよ!大きな池なんでしょ?」
この村から出たことのないソフィーは海は見たことはないけど、両親からの話で海と言うものがある事は知っている。
ふふっ。
大きな池か。ソフィーにわかる言葉を探して両親は表現をしたのだろうけど、ソフィーの中の海はきっと波が無く、湖のような感じなのだろう。
「すごく遠くから来たんだ。ジューローザさんは冒険者なのか?」
パンを詰め込んで、スープを掻き込むように飲みきったルードがジュウロウザに聞いている。
「冒険者ではあるが、薬草を探す為にこちらの大陸に来た」
ジュウロウザは妹の病の治療薬に使う薬草を探して、鎖国状態にある和国の外に出てきた。これもゲームの設定通り。
はぁ。ジュウロウザは何日居座るつもりなんだろう。
「薬草?薬草ならばぁちゃんがいっぱい持ってるよ」
ソフィーがばぁちゃんを見ながら言った。ばぁちゃんはというと黙々とスープを掬って食べている。そして、私も黙々とパンを食べている。
「いや、探しているのは希少な薬草で『雪華籐』と言う花なんだ」
「セッカトー?」
ソフィーが首を傾げながら、言葉を繰り返している。ふふっ。その姿も可愛い。
「あと、『雷鳴鈴』という植物もなんだが、聞いたことないだろうか?」
その言葉に私はビクリと肩を揺らす。
『雪華籐』の事はわかっていた。これをジュウロウザが求めていた事を
『雪華籐』は雪深い山奥の全く溶けない雪の下に咲く花だ。これは麓の村のサブイベント『村人の病を治す花を探せ』で必要なアイテムだ。このサブイベントでの注意事項は『ジュウロウザを仲間にしてはいけない』だ。
このサブイベントでジュウロウザを仲間にして雪華籐を採取した瞬間。イベントが始まり、ジュウロウザが『妹の薬に必要な薬草なんだ』と言ってドロンと消えてしまう。
え?帰り仲間が減った状態で戦って戻れと?
そんな理不尽なイベントの後はジュウロウザが仲間に出来なくなる。きっとこの大陸を去ったと認識していたのだが、『雷鳴鈴』もだって?
「モナ殿は何か知っているのか?」
隣からそんな声が降ってきた。
「···知らない」
そう、普通の村人は遠くの地にある薬草のことなんて知らない。情報社会ではないこの世界に検索すれば答えが見つかる便利な検索ツールなんて物はないのだ。
昼食を終えて私は日課の薬草採取に行く。今日は北の森に行こうと準備をして、納屋前に行く。そこには納屋前に出ている荷車に道具をいれているルードと、腕を組んである一点を凝視しているジュウロウザがいた。
一点を凝視している理由。昼食を食べ終わったぐらいに−56384まで上がったLUKが−158268になっているのを確認しているのだろう。すごく眉を顰めている。
いやー。私もその数値の下がり方は驚いたよ。
「あ!モナねぇちゃん!準備できたよ」
ルードが私に気づいて声を掛けてきた。その言葉にルードの隣にいたジュウロウザが顔を上げ、一歩踏み出そうとしてためらった。いや、横にいるルードが袖を握っていたのだ。
偉いよルード!いつも猛犬のように私に突進してくるリアンを見ていることだけはある。
まぁ、リアンの場合はそんなルードを振り切って来るので私が悲鳴をあげ、リアンとルードの母親であるトゥーリさんに怒られるのが日課となっていた。
そんな偉いルードの頭を撫でてあげる。ルードもソフィーと同じく撫でられるのが好きなようだ。この年頃の男の子なら『やめろよ』と手を振り払われそうなんだけど。
ふふふ。この二人は本当に可愛い。
「モナ殿、お願いがあるのだが」
上から躊躇った声が降ってきた。妹扱いしてこなかったということは、ルードに何か言われたのだろう。
「何か?」
「手を握ることが駄目なら、モナ殿が俺の腕を掴むというのはどうだろう」
ジュウロウザの視線が、なにもない空間と私の間で忙しなく動いている。そうだね。−247326まで下がってしまっているからね。きっと今まで気にしていなかったのに、私が指摘したことで、とても気になり始めたのだろう。
「それは可能ですけど、注意事項があります」
「なんだ?」
私は手の平を前に突き出して、指を一本ずつ折っていく。
「私が手を繋いでいるのに、いきなり走り出さない。いきなり魔物に攻撃を仕掛けない。岩があるからと言って登り出さない。川で水遊びだと言って飛び込まない。で、一番大事なのが『お宝発見』と言って私より先に物に触れない」
そう、一番大事な事なのだ。
「一番最後はよくわからないが、それ以外は普通に駄目だろ?」
普通は手を繋いでいるのに掛け声もなく、いきなり駆け出すのは駄目なことぐらいわかるはずだ。しかし、あのバカリアンは何度言っても理解しなかった。先程の注意事項の5項目はリアンが行動を起こしたことにより、私の肩の関節が外れた5回なのだ。
「それがさぁ、俺の兄ちゃんがモナねぇちゃんと手を繋いでいるのに、直ぐに走り出してモナねぇちゃんの肩の関節が外れちゃったんだよ。母さんに何度怒られたことか」
「え?手を繋いで走っただけで関節が外れるのか?」
普通はないよね。手を繋いでいる子供が駆け出したら、繋がれている方は足がもつれてコケるとかならわかるだろう。しかし、何度も言っているが私のステータスはカスでリアンは勇者のステータスなのだ。
握ったまま離さないリアン。リアンに引きずられる私。
それは肩も外れるよね。
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