第3話 繋いでいる手

「おねぇちゃん。ご飯持ってきたよ」


 ソフィーがそう言ってトレイの上に夕飯を持って来てくれた。そのトレイをベッド横のテーブルに置いて、寝ているジュウロウザを覗き見る。


「よく寝ているね」


「そうだね」


 そして、ソフィーもばぁちゃんと同じく私の手とその先を見て、ニコリと笑った。


「本当にお手々繋いでいるんだね」


 いや、だからこれは必要なことだ。


「仲良し?」


 だから、違う。


「ばぁちゃんから聞かなかったの?」


「聞いたよ。LUKが悪いって、それ本当?」


「そう、今やっとLUKが0ゼロまでになったけど、今は1と0を数値が行き来しているの。この現状に1から0に移行する何かが発生しているとしたら怖ろしくない?」


 私はずっと彼のステータスを見ていたが、LUK1から上がらなくなってしまった。

 それがゼロ、イチ、ゼロ、イチ、を繰り返している。怖ろしい。


「ふーん。この兄ちゃんは手を繋げられるんだね?」


 手を繋げられる?不可解な言葉をソフィーが言った。私が怪訝そうな顔をしているとソフィーは繋いでいる手を指して言った。


「だってリアン兄ちゃんとは絶対に手を繋がなかったのに」


 そのソフィーの言葉を聞いた瞬間、苛立ちが沸き起こった。ギリッと奥歯を噛みしめる。リアンと手を繋ぐ!冗談じゃない死んでもごめんだ。


「あ、ごめん。忘れて」


 ソフィーは慌てて言って部屋を出ていった。きっと私は般若のような顔をしていたのだろう。


 幼い頃は手を繋いでいることもあったが、ソフィーが物心がついた頃には私はリアンと微妙な距離を取っていた。

 そう、リアンと私の間で一番問題になったのがステータスの差だ。歩く速さが違うのは勿論、握力の違いもあった。掴まれた手首にヒビがいったのが1度。肩の関節が外れたのが5度。腕の骨が折れたのが1度。

 私は全くもって力の加減ができないリアンと手を繋がなくなった。


 カスステータスの私はきちんと考えている。動けない怪我人のそれも左肩を怪我をして動かせないであろう手を握っているのだ。

 しかし、自動回復スキルがあるので、朝までには完治するだろう。完治すればさっさと、ここを出ていってくれるはずだ。それまでのことだ。

 私は左手でソフィーが持って来てくれたパンを手に取りかぶり付く。ふんわりと甘い香りが口の中を満たした。中にはドライフルーツが練り込んであり、ほのかに甘みのあるパンだ。片手しか使えないからこれを用意してくれたのだろう。先程の荒んでいた心が満たされた。もう、リアンに振り回されることはないだろう。




 夜明け前、早起きのばぁちゃんに怪我人の怪我が完治したようなので、起きたらさっさと村から追い出すようにと言って、私は自分の部屋に戻って眠った。

 混ぜるな危険。私の命の危機は遠ざけなければならない。なんせ私は運だけがいい人に過ぎない。降って湧いた力の暴力に抗うことができない矮小な村娘でしかないのだ。




 人の笑い声で眠っている意識が浮上した。この声はルードか。窓の外を見ると雲一つない青い空が広がっており、太陽は空高く上っていた。どうやら昼の時間まで寝ていたようだ。もう、あの怪我人は村を出ていっただろう。


 着替えて、部屋を出て裏口から外に出る。裏には井戸があり、桶を放り込んで水を汲みあげる。

 上下水道が整っていた記憶がある私としては不便だと思ってしまうが、16年も生活をしていれば、こういう不便さも普通のことと受け入れられる。


 汲み上げた水で顔を洗い。そういえば昨日はお風呂に入っていなかったなと思い出し、そのまま桶を手にして頭から水をかぶる。もう一度水を汲み、再び水かぶる。

 季節は初夏に差し掛かろうとしている時期だ。昼になると少し日差しの強さに汗ばんでしまう。その暑さを冷ますように井戸の水は冷たくて気持ちいい。


 あ、生地がゴワゴワするワンピースを着たままだった。しかし、日本という国で暮らしていた記憶を持つ者としては、お風呂に一日一回は入りたい。入れないのならシャワーを浴びたいが上水道が整っていない村では井戸の水をかぶる事で代用するしかない。

 ルードが来ているのなら、リアンも来ているだろう。絡まれる前にさっさと部屋に····あ、そうだったリアンはもう王都に向かって行ったのだった。


 私は水が滴っているミルクティー色の髪を絞り、薄い水色のワンピースも絞り、水気を取る。後は私の雀の涙ほどのMPを消費して温かい風を巻き起こす。これはドライヤーがないこの世界で髪を乾かすために、血反吐を吐きながら習得した魔術だ。主にMPの消費を抑える為に努力をしたため、生活魔術なら1日3回ぐらいは使えるようにはなった。


 髪とワンピースが温かい風に舞い踊る。本当に魔術というのは便利なものだ。

 庭の方からこちらにやってくる足音が聞こえる。ルードが今日の採取の付き添いにきてくれたのだろう。昨日はレア素材は採取できなかったので、今日は採取しておきたい。今日は北側に行こうか、そう思いながら振り返る。


「ルード。今日は北側に····」


 私は目を見開く。なぜ、私の目の前にジュウロウザがいるのだろうか。





 信じられないと私は目を見開く。和国の着物と袴を着て、腰には刀を差し、黒髪を一つに結ったジュウロウザを視る。


LUK −1000000


 え?私、明け方まで手を繋いで、LUK 1or0 にまでにしたよ。何?マイナス百万って!き、恐怖すぎる。


「ねぇ、なんでまだこの村に居るの?怪我が治ったらこんな辺鄙な村に居る必要ないよね」


 本当なら助けてもらったお礼を言わなければならないのだろうが、それよりも私は目の前の数値に恐怖を覚えた。


「モナねぇちゃん」


 ジュウロウザの後ろからルードが顔を出して呼びかけてきた。


「このお兄さん。麦の収穫手伝ってくれるって」


「は?」


 なぜ、手伝う必要があるのか。確かに冬を越した麦は大きく育ちそろそろ収穫をしなければならないので、村全体で収穫の日を調整しているところだったりする。


「助けていただいたお礼にお手伝いをと、思いまして」


 そう、ルードの前にいるジュウロウザが丁寧な言葉で言った。

 お手伝い?麦の収穫は一日で済むことはない。数日はかかるのだ。それはこの村の男手がほとんど出稼ぎに行っているため、老人と女子供がいるだけなのだ。確かにリアンがいなくなった為、働き手は減った。減った、減ったんだけど、私が許容できる範囲ではない。


 私はカツカツとジュウロウザの元に行き腕を掴む。


「ねぇ。貴方は自分がどういう状態か知って、それを言っているの?それとも知らないの?」


 知っていて村に留まる選択肢をしたのなら最悪だ。

 彼は私を見下ろして首を傾げている。え?マジで気がついていない?自分がクラッシャーであることを?

 いや、もしかしたら彼の周りが常にその状態だとしたら、気がつく要素は皆無だ。


「今のステータスを見て」


 私の言葉に眉をひそめるジュウロウザ。しかし、そんな顔をしてもイケメンだな。


「貴方のステータスを見て」


 もう一度同じことを言う。するとジュウロウザは私から視線を外し、どこか曖昧な空間を見るような目になった。ステータスを開いたのだろう。


「LUKの数値を見て」


 ジュウロウザの視線が一点に止まった事を確認する。今のLUKの数値は−962511にまでマイナス値が減った。それが、どんどん数値が下がっていっているのだ。ジュウロウザは目を見開いて宙を見ている。


「言っておくけど、グレイトモンキーなんてこの辺りに出現なんてしない魔物。その不運の根源と言っていいステータス。私は貴方が招いたことだと考えているのだけど?」


 しかし、ジュウロウザは私の質問には答えず。 


「この数値って減らすことができたのか?」


 質問に質問を返さないでほしい。ジュウロウザの掴んでいない方の手が私を掴んでこようとしたので、手を放し大きく一歩下がる。しかし、ジュウロウザも一歩近づいて来たので、更に私が一歩下がる。


「私に触らないでもらえる?貴方のステータスで腕を掴まれると、腕が折れるとか肩が外れるとかするから近づかないで!」


 リアンよりも高いステータスなのだ。カスステータスの私は簡単に縊り殺されるだろう。

 そう言っている私の前にルードが立ちふさがってくれた。本当にこの子はいい子だ。


「モナねぇちゃんに触る時は、ヒナ鳥に触るように繊細に扱わないと、死んじゃうから」


 ルード的には私はヒナ鳥なのか。しかし、子供のリアンであの状態だったのだ。ルードもそれなりに気を使ってくれていたようだ。


「ヒナ鳥?」


 まぁ。おかしな例えだとは思うけどそれぐらいの気合で扱って欲しい。


「俺の兄ちゃんは子供の時にモナねぇちゃんを何度か掴んだだけで骨を折っているんだ。モナねぇちゃんは弱いから守ってあげないと駄目だって、母さんから何度も言われていたのにね」


 そうか、何度も注意されていて、あれだったのか。リアンは本当に馬鹿だったのか?


 ジュウロウザは何か考えるように眉をひそめて、空間と私を交互に見ている。私が離れたことでLUKのマイナス値が増えていっていることを確認できたことだろう。わかったのなら、さっさとこの地を去ってほしい。


「わかった」


 そう、わかってくれたのか。さて、私は昼食を取ってから、採取に向かうか。裏口から家の中に戻ろうとすれば、ふわりと体が浮いた。


 は?


「これなら、腕を掴んでいないからいいだろ?」


 とても近くで声がした。横を見ればジュウロウザの顔が近くに!


 思わずのけ反るが、子供のように抱きかかえられているため、距離が取れない。なにこれ。確かに手は掴んでいない。しかし、それは抱きかかえればいいということにはならない。


 ドキドキしている心臓を抑え込むように、ため息を長く吐く。


「私を抱きかかえる意味がわからない。貴方がさっさと村を出ていけばいいこと」


「妹は手を繋ぐか、抱っこすると喜んだ。それから、俺は鬼頭十郎左だ」


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