後日談
「…?なんか騒がしいな…」
ドラモンド領マクレーン教第一教会。いつもの仕事場だが、今日は少し窓の外が賑やかだ。不思議に思って首を傾げた後で、俺はふと我に返り上司に向き直る。
「で、なんだっけ?
話を戻す。俺の疑問に、ロスヴィータは自慢気に頷いた。
「防音性に優れた壁に四方を囲まれた完全なる個室!使っていない音楽室を改築しての。施した魔術によって、室内ではお互いの姿は見えるが認識はできん」
色々と試行錯誤を重ねたのだろう。目の前の小さな模型をいじりながら、彼女は意気揚々と話す。
「抱える苦悩が大きい者ほど人には言えんものじゃ。告白処は誰にも言えぬ悩みを打ち明ける場として機能させるものである」
俺はぐるりと考えを巡らせ、そして結論に至る。
「懺悔室みたいなやつか…」
「そして悩みによっては儂が解決を手助けできるやもしれん」
ロスヴィータは胸を張る。
「魔術にはまだまだ人々を救う可能性を秘めておる。偽装結婚だった筈のお主らの関係が魔術によって変わる様を見て思ったのじゃ」
「は!?」
あまり興味なく聞いていた俺の耳に、聞き捨てならない台詞が飛び込んできた。慌てて椅子から立ち上がり、ロスヴィータに詰め寄る。
「いや!別に俺!あいつのことなんて何とも思ってねーから!俺達の関係は何ら変わってねーし!」
しかし勝手に納得した彼女は止まらない。目を閉じ、過去を振り返る。
「儂が例の魔術の詳細を話した時のお主らの表情ときたら。鈍い儂にも察するにあまりある…」
「わっ!わー!」
大声を出し慌てて掻き消す。それ以上は聞きたくないし、聞いてはいけないからだ。
幸いなことに、ロスヴィータの興味はすぐに小型の模型、即ち設置したての懺悔室へと戻った。
「儂の力で解決できることはまだまだあるやも知れぬ。儂は立ち上がるぞ。人知れずさ迷う仔羊達を救う為にの」
「実験体の間違いだろ…」
ご立派な大義名分を掲げてはいるが、忘れてはいけない。彼女は司祭であると同時にマッドサイエンティスト。あわよくば新しい魔術の実験台になってほしいんだろう。
「そんなことはない。魔術以外でも、儂にもできることはある。昨日の試験運用ではなんと、魔術を使わず言葉のみで悩める仔羊の苦悩を解決したぞい」
「へえ…」
あんまり信じていない俺をよそに、ロスヴィータは話し始める。告白処設立後初の客のことを。
『よく来たの。座るが良い』
告白処の扉が開く音に、ロスヴィータは足を組み直した。相手が部屋の中央まで歩み寄ってくるが、部屋の機能は正常に作動している。目では相手の姿は捉えられている筈なのに、脳ではそれが誰なのか認識できず記憶にも刻まれない。魔術によって、声も特定できないものへ変換されている。
『俺は…』
『名乗るな』
ロスヴィータは軽く手を振る。安心させるように微笑んだ。
『ここでは鉄壁たる秘匿性が保たれる。名を言う必要はない。お主の人に言えない苦悩も全てさらけ出すが良いぞ』
『ありがとうございます…』
相手は深々と頭を下げた。重たい口を開き、ぽつほつと語り出す。
『俺はこのドラモンドの地で、知り合いと運命的な出会いを果たしたんだ』
ふうと息を吐く。そして彼は遠くを見るような目で続けた。
『しかし、彼…いや、彼女は俺の知っている姿と、全く違った』
『ほう。どんな風に?』
ロスヴィータに聞かれ、少し言葉に詰まる。やがて何事か考えながら口を開いた。
『何と言うかその、美しくなっていて…』
言葉じりを濁しながら、彼は頭を掻いた。認識できないが、その顔はきっと赤くなっているのだろうとロスヴィータは察する。
『少しばかり驚いたが、最初は純粋に再会を喜んだ。彼女とは同じ目標に向かって共に励まし合い歩んだ仲』
『親しかったのじゃな』
『ああ。既にこの地で相手がいることを知って、心の隅に少し残念に思う気持ちはあったが…彼女が幸せならそれでいいと思ったんだ』
そこまで言って、彼は息を吐く。ゆっくりと天を仰いだ。
『しかし、俺は知ってしまった』
握った拳が、ぎりりと鳴る。そして彼にとって衝撃的だった事実を口にした。
『その愛は虚構に過ぎず、俺が信じた彼女の幸せもまた、幻以外のなにものでもないのだと』
『なるほど』
『極め付きは、男にひどくなじられていた様を目撃してしまったこと。何て事を言うんだ!と怒りに震えると共に…俺が守ってやらなければと使命感に燃えたよ』
そこまで言って、彼は握った拳の力をゆるめた。乾いた笑いを浮かべる。
『しかし俺の手を振り払い、彼女は行ってしまった…。そしてそれからと言うもの、彼女が心から離れないんだ!』
男は話す。彼を悩ませ、告白処まで足を運ばせた最たる要因を。
『今の彼女は立派な既婚者だと言うのに…』
『ふむ…』
懺悔が終わり、ロスヴィータは顎に手を当てた。目の前の悩める仔羊を諭すべく口を開く。
『マクレーン教の創始者、アデライン・マクレーンはこう言っておる。「略奪など恥ずべき行為である」と』
『そうですよね…』
予想していた返答だったのだろう。彼は力なく肩を落とす。しかしロスヴィータは男の肩へと手を置き、優しく微笑んだ。
『そしてこうも言っておる。「人の愛は無限で、より多くの者に分け与えられるべきもの」じゃと』
『なに…?』
その言葉を受けて、男は顔を上げる。彼に向かって、ロスヴィータは勢いよく言い切った。
『家族など、いればいるだけ良いものじゃ!儂は貴殿の恋路を応援するぞ!』
その表情に曇りはない。そしてそれを聞いた彼の顔もまた、ぱあっと輝いた。
『そうか…!司祭様の支援があるとは心強い!俺は押して押して押して押して押して押して押して押して押しまくります!』
「こうして迷える仔羊は晴れやかなる心で帰路についたのじゃ!」
時は現在に戻る。達成感に満たされたロスヴィータの顔はにっこにこだ。
「もちろん約束を忘れてはないぞ。婚姻の形式については重婚を認めるよう早速教会本部と行政に進言しての。近々法整備やら行われる手筈じゃて。これで配偶者が複数いても問題ない」
そう言ってうんうん頷く。拳を突き上げ彼女は宣言した。
「人間の数にあわせ、選択肢は無限大に存在すべき。これぞ新時代じゃな!」
そしてそれとは別に、廊下の方が騒がしくなってきた。その音を背中に聞きながら、肝心の俺と言えば、教義の拡大解釈だとか、政教分離の原則を守れとか小難しい主張も忘れ、真っ青になりながら口を開く。
「そ、それ、」
背後の扉が勢いよく開くと同時に、とんでもない修羅場の始まりが幕を開けるのだが、それはまた別の話だ。
TS令嬢の偽装婚姻契約に関する覚書 エノコモモ @enoko0303
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