第47話

 体育祭の後片付けも、夏休み前の全校集会も全てが終わった後。1人、また1人と校門を出ていく生徒を俺は、屋上から眺めていた。


 そんな時、後ろの扉が開いてそちらに顔を向ける。


 何度も会って、何回も見ている顔だったのだが、きっとラインに返信がなかったからだろう。


 扉の隙間から覗いた、コト姉に目を見開いた。


「コト姉?」


 そんな俺の短いセリフに、びくりと肩を振るわせる。


 そして、小さく呼吸をするように肩を上下させると、


「うん。さっきは返信できなくてごめんね」


 そう、小さく舌を出して答えた。


 ゆっくり扉を閉めると、俺の隣に来て、校門の方へと視線を向ける。


「今日から夏休みかぁ〜、いーなー、私ももう一回高校生に戻りたいなぁ〜」


 そう息を漏らした後、翔くんの身体よこせ〜! と、俺のほっぺをつねる。


 コト姉の華奢な指を優しく払い除けると、俺も笑いながら返した。


「あはは、何言ってんだよコト姉、お金もらえるんだから、大人って楽しいじゃん」


「ん〜そーでもないんだなぁこれが」


 そう、ふふっと鼻を鳴らして目を細める。もう一度校門の方へ顔を向けると、「でも……」と、小さく続けた。


「私が高校生に戻れたらさ、きっと翔くんともフツーに好きって言い合えたんだろうなって」


 そんな風に息を吐いた横顔は憂いを帯びていて、やけに儚く見えた。


 ふとした時に消えてしまう。俺が中学生の時に感じた、まるでクラゲのように海に溶けて見えなくなるような、そんな感覚がした。


 だから、気がついたら俺は、コト姉の左手を握っていた。


「え?」と、素っ頓狂な声を上げた彼女に言う。


「……夏休みさ、いっぱい遊ぶよな、俺たち。また二人で海とか、水族館行ってさ。俺の彼女でい続けてくれるよな?」


 俺の言葉に、パチパチと瞬きを何回か繰り返し、不意にふふっと目を細める。


 俺の手を優しく握り返して、「翔くん、キスしよっか」そう、コト姉が言った瞬間、腕を引っ張られて、コト姉の唇が俺の口を塞いだ。


 ふわりと漂う甘い香りと、しっとりした唇の感覚。俺はそっと目を閉じる。


 その、とろりと溶けてしまいそうな甘い快感に身を委ねていると、やがて柔らかい感覚がサッと消えた。


 そっと目を開けて、愛おししいコト姉の顔を見る。


 だけど。


「コト姉? どうした?」


 約30センチ先の綺麗な顔。その彼女の白い頬の上を涙が筋を引いていた。


 俺がそう聞くと、はっと息を飲んだコト姉が雑に目元を拭い。


「ごめん、翔くん」


 それだけを呟いて扉の方へと走っていった。


 バタンと、無機質な音が、静かな屋上にやけに響く。


「コト姉……」


 コト姉の背中を見送った俺は、虚空しか掴めなかった手を下ろす。そのごめんには、どういう意味が込められているのか、どれだけ考えてもわからなかった。


「まぁ、でも、 夏休みも会えるよな、俺たち」


 そう、小さく呟いて、俺も屋上を後にする。


 その後、コト姉のラインに既読がつくことは一生なかった。



47話 最後ぐらい、いいよね?




 


 

 

 

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