第46話
『夏休みなんだけど、一緒に海とか行けたらいいね』
そんな、コト姉からのメッセージに、ふふっと鳴らす。
ベッドの上、お風呂上がりの、ホカホカとした頭でコト姉の水着姿を想像して、仰向けからうつ伏せの体勢にかえる。
『了解。予定はコト姉に合わせるよ』
『え、でも翔くんも予定あるでしょ?』
『コト姉の為なら、予定空けるから大丈夫』
そう、メッセージを送った後、少し間があいて、
『ありがと』
そんな短い文章が返ってくる。
『それじゃあ、また明日ね。おやすみ翔くん』
そんなメッセージに『おやすみ、コト姉』と返して、スマホを閉じる。
明日が終われば、夏休み。今年の夏はいっぱいコト姉といろんなところに行って、二人の時間を堪能するんだ。
「あぁ、楽しみだな」
待ちきれない心と、高揚感。
好きな人と一緒に過ごす夏休みを想像して、ゆっくりと意識が暗転していった。
翌日。
学校全体は朝から大忙しだった。
昨日行われた体育祭の後片付けは、思った以上に仕事が多く、使ったマットを干したり、地中に打ち込んだ杭を洗って油拭きしたりと、時間がかかるものが多い。
それゆえか、午前中で終わると見込まれていた作業は、お昼休みを目前にしても、まだ半分ぐらいしか進んでいなかった。
「いや〜、なんでこうも指示が通らないかなぁ〜」
隣から「はぁぁ」と疲れ切ったため息が聞こえてきて、そちらに顔を向ける。
額に手を当てながら、美咲が「ん〜」と唸った。
「美咲、どうした?」
「いやね、置いといてって、指示出した場所に物が無かったり、逆に絶対に置くなよって場所に物があったりさ……はぁ」
深刻そうな顔をする美咲が担当するのは、資材運搬班。他の整備班がまとめた物を元の場所に戻すという仕事の指示を任せれていたのだ。
だがそれが上手くいっていないらしい。
「どうしたらいいかね、翔さん?」
「いや、俺に聞かれてもな……」
昨日、的確な指示を飛ばしていた美咲が困り果てている問題を、俺が解決できるとは思えない。
そんなことをしている間にも、美咲のところにまた一人、「マットって第二倉庫でいいんですよね?」と、声をかけてきた男子生徒に、大きくため息を吐く。
「あぁ、もう……それ、第一倉庫なんだよね」
「え、そうなんですか! 今すぐ入れ替えてきます!」
そんな会話をする二人に俺は、苦笑いを浮かべる。
「大変だな、お前も」
と、言った瞬間だった。
いきなり学校中のスピーカーが鳴り響き、先生の呼び出しがされた。
きっと、想像以上に時間がかかっていることで、一度先生を交えての会議が始まるのだろう。そう思っていた。
しかし。
『……教頭先生、琴音先生。以上の先生は直ちに会議室にお集まりください』
チャイムが鳴って、放送が終わる。
一気に騒がしくなったっ教室で、俺は疑問を浮かべた。
なんでコト姉が? コト姉は体育祭の運営に関わっていないわけではないが、決して重要な役割持ってないはず。
ってことは、それ以外での招集?
「翔、どうかした?」
ちょんと肩を叩かれ、ハッとする。美咲がこちらを覗き込んでいた。
「いや、なんでもない。とりあえず俺の方はあらかた終わってるから、人数そっちに振ろうか?」
「うん。そうしてくれると助かるわ」
その後、人数を割いて、美咲の運搬班に人数を渡した。
それもあってか作業は順調に回りだし、昼休みは超えてしまったものの、無事終える事ができた。
これで体育祭実行委員会としての仕事は全て終わりを迎えた。
だが、その後の全校集会で、教頭先生と生活指導の先生、そして、コト姉の姿が見当たらなかった。
招集されてからだいぶ時間が経っている。もう体育祭関係での呼び出しの線は消えただろう。
じゃあ、それ以外で何が?
「……後でライン入れてみるか」
全校集会が終わり、教室は夏休みの話題で大賑わいだった。
しかし、
『なんか呼び出されてたけど、コト姉大丈夫?』
そんなメッセージに既読がつくことはなかった。
数時間前。
『教頭先生、琴音先生。以上の先生は直ちに会議室にお集まりください』
「え、私?」
いきなりの放送。普段関わりのない先生たちの名前の中に私の名前が呼ばれて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
一体なんの呼び出しなんだろう。そんなことを思いながら、作業を止めて会議室へと急ぐ。
そして、ドアを3回ノックし会議室のドアを開けると重苦しい空気が頬を掠めた。
既に集まっていた、教頭先生と生活指導の先生が同時にこちらへと顔を向ける。
「あぁ、いきなりすみませんね、深緑先生」
そう、頭を小さく下げた教頭先生に、私は「いえ、恐縮です」と会釈を返す。お互いに頭を上げると、教頭先生の隣にいる生活指導の先生が口を開く。
「深緑先生、率直に聞きます。昨日の放課後、どこで何をしていましたか?」
そんなセリフと、私を睨むようなその視線に、汗が浮かぶ。なんでそんなピンポイントな質問をするのだろう。
私はコクリと生唾を飲み込んだ。
だって、昨日の放課後は屋上で翔くんと……。
「昨日の放課後は……図書室にいました」
「ほう、図書室ですか」
そんな私の嘘に教頭先生の視線が鋭くなる。きっと何人もの先生や生徒と関わってきたのだろう。きっと私が嘘をついていることぐらいバレている。
「それじゃあ、一つお尋ねしたい。この二人に見覚えはありますか?」
そう、教頭先生が私に見せたのは、とある一枚の写真。
私はそれを見て、思わず目を見開いた。
どくどくと心臓が嫌な跳ね方をはじめ、背中に汗が浮かぶ。
「こ、これは……」
「今朝のことですが、この写真が匿名で、私の引き出しに入れられてましてね……それで、もう一度確認なのですが、これは深緑先生と、海野翔で間違いありませんね?」
優しい声色とは逆に、キリッとした瞳をこちらに向ける。
いえ、これは私ではありません。
そう、言うのは簡単だったのに、ふと翔くんの顔を浮かんできて、唇が震えた。
せめて、彼だけは……。
そして、次の瞬間には。
「……翔くんは、何も悪くないんです」
そう、勝手に唇が動き出した。
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