第40話
あれから1週間が経った。
特に変わった事はなく、コト姉も、琴音先生として学校に通っている。
ただ……。
「みさきー、大丈夫? 顔色悪いよ?」
そう、美咲の友人が背中をさする。
すると、ゆっくりそちらへ顔を向け、「心配してくれて、ありがと」そう、唇の端を持ち上げる。
そっと視線を戻す時、そんな美咲と目があって。
「……」
何も言わず、冷たく視線を逸らす。
そのまま、机に突っ伏した美咲のポニーテールは、元気がなかった。
俺とコト姉の関係を見られてしまった後、美咲は2日学校を休んだ。
きっと、彼女の中でも何かショックだった部分があったのだろう、3日目に学校に来たときは、目の下にクマができていた。
それから、徐々に回復して、今に至る。
窓の外に目を向けると、はぁ、とため息を吐き出した。
理由はどうであれ、俺のせいで美咲が傷ついてしまっている事実と、言いふらさないでいてくれている事への安堵感。もっと言えば、見られたのが美咲でよかった、という気持ちが、俺の中の感情を不安定にする。
じゃあ、謝ればいいのか。琴音先生と付き合っていてごめんなさいって。そんな的外れな謝罪をすれば、美咲は元気になるのか。
……。
「多分、違う気がする」
はぁ、とため息を吐き出して、美咲と同じく机に突っ伏す。
次の授業が終わったら昼休み。
でも、最近は1人で食べているせいか、なんだか味気なく感じることが多くなった。
体育祭まで残り1週間。体育祭実行委員会はピリピリとした雰囲気が……とはなっていなかった。
「とりあえず現状、用意できるものは用意できてますし、カラーコーンや虎ロープなどの資材の補給も済んでいます。後は『ソフトボール』や『サッカー』『バスケ』など、各競技の担当の先生を決めなくてはいけないのですが……それに関して、委員長は何か具体的な案はあるのでしょうか」
と、副委員長が資料を見ながら、やや早口に口を開く。
それに対して、手を上げてから立ち上がる委員長。
メガネをクイっとすると、「安心してください」
そう、セリフを繋いだ。
「各競技の担当の先生は、すでに教頭先生と調整済みです。今の所各部活の顧問の先生が当日の担当になる予定です」
「もしその先生側に不足の事態が起きた時はどうしますか?」
「それに関しても、担当の先生は1人だけではなく、副担当の先生も付けているのでご安心を」
そう言い切ると。会議室の一角から「おぉー」と言う声が沸き起こる。
「……ありがとうございました」
そう言って席に座る副委員長。その顔はどこか嬉しそうに笑っているようにも見えた。
「他に質問がある方はいますか? もしいなければここで終わりにしようと思うのですが」
しばらくして沈黙が続いたので、その後は委員長の挨拶によって委員会はお開きになった。
騒がしくなった教室で誰かが言う。
「いや、すげーな。先週まで何も決まってなかったのに」
「だね。あ、そーいえば、なんか、委員長と副委員長って幼馴染みらしいよ」
そんな会話を横耳に、荷物をカバンに詰めていく。
その刹那、前に席で何か話し合っている委員長と副委員長。その2人が中良さそうに話してる様子が、なんだか羨ましく目に映った。
今日は早めに帰ろう。最近はずっと麻耶に料理作ってもらってるから、時には俺が作ってやんなくちゃな。
それに、ほぼ毎日醤油ウインナーはもうごめんだ。
よいしょと、席を立つ。
まだ騒がしい会議室を出て、廊下を歩いた。
そして、自販機を通りかかった時。
「……翔」
そう後ろから声が聞こえて、足を止めた。
心臓が嫌な跳ね方をして、額に汗を浮かべる。
ゆっくり振り返ると、美咲が様子を伺うような視線でこちらを見つめる。
ジリリと張り詰める空気と沈黙。蝉の声。
「あのさ、少し話あるんだけど」
そう、沈黙を切ると、こっち。と目で示して歩き出す。
どうやら、黙秘権は使えそうにないようだ。
ガラリとドアを開けたのは、誰もいない俺たちの教室。
17時半。窓から差し込む夕日が美咲を照らす。
「暑いから、少し窓開けるわ」
そう言って、窓を開ける。
じめっとした微風に揺られて、白いカーテンが微かに揺れた。
「でさ、翔。確認なんだけど」
そう、口を開く美咲。俺は生唾を飲み込む。ぐるりと、喉仏が嫌な鳴り方をした。
「その、2人は……翔と琴音先生は、付き合ってる……わけ?」
「……それに関しては」
「濁さないで」
そう、キリッとした強い視線を向ける。
はぁ、とため息を吐いて、「付き合ってる」と小さく頷いた。
「……いつから?」
「3週間ぐらい前から」
答えると、「そう……」と視線を下げる。
少し静かになって、どこかの部活の掛け声が響くのと同時に、美咲は口を開く。
「翔と琴音先生は、幼馴染なんだっけ?」
「あぁ、5年ぐらい前だけど」
「その頃から、ずっと好きだったの?」
「ずっと好きだった。今も、これからも」
そう言い切ると、美咲の方が小さく震える。
再び、沈黙がやってくる。
きっと、この会話に、俺の発言権は無い。だから、この沈黙を無理やり俺が断ち切るのは、間違いなのだろう。
だから俺は、美咲の口から言葉が出てくるのを待った。
そして。
「分かった」そう呟くと、ゆっくり顔を上げる。
感情を押し殺すような瞳が俺を捉えると、
「じゃあさ、もし私がさ」
そう言いながら、こちらに近づいてくる。
それに合わせて後ろに下がるも、背中に壁が当たり、逃げ場がなくなった俺の胸にそっと手を当てて。
「……んっ」
美咲の唇が、俺の唇と重なった。
突然の行動に、目を見開く。
美咲はそう言う経験が一切なかったのか、コト姉と比べると、唇に力が入っていて下手だった。
そっと、美咲の肩を押して顔を離す。
下から覗くような視線。その目尻にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「美咲?」
「……もし私が、翔の事好きで、2番目でもいいからって言っても、振り向いてくれる確率はゼロなんだね」
今まで見た事ない表情に、心臓がぎゅっと縮む。
そんな美咲を、抱きしめてあげたいと言う感情をグッと飲み込み。
「……ごめん」
とだけ、呟く。
「そっか……」
小さく息を漏らして、やんわりと微笑む。
軽い足取りで、後ろに下がると、にこりと歯を見せた。
「よかった」
「え?」
ふふっと鼻を鳴らして、美咲は続ける。
「翔が、私なんかのキスで動いちゃうような、そんな男の人じゃなくてよかった」
そんな美咲に俺は言う。
「美咲は、すごくいい女性だと思う……だから、私なんかなんて言うなよ」
「何それ……振った女口説いてんの? ぷっ、あははは!」
無邪気に笑う、お腹を抱えて、時に目元を袖で隠しながら。
しばらくそうしていると、ふぅ、と何か吹っ切れたように息を吐いた。
「まぁ、でもさ。翔でよかったかな」
そんな呟きに、え? と反応する。
続けて美咲は言った。
「形はどうであれ、初キスの相手が翔でよかった」
そう、ニヤリとして唇に触れる。
その魔性的な仕草に、思わずどきりとして、視線を逸らした。
「……ごめん」
「なんで謝んのさ、まぁ、でも」
美咲が教室のドアに手を掛ける。
ワンテンポ踏んでから、こちらに顔を向けると、
「もし、琴音先生と上手くいかなかったら、次は私も候補に入ってれば嬉しいな」
そう言って、ドアを開ける。
また明日。そう柔らかい笑顔で手を振って、美咲は教室を去っていった。
誰もいなくなって教室で、そっと唇に触れる。
刹那、甘酸っぱいスポーツドリンクの味がして、思わずどきりとした。
第40話 恋色スポーツドリンク
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