第38話

 さて、カフェに来てみたの良いのですが……、果たして彼女達はここに来るのでしょうか。


 店内全体が見渡せるよう、店の奥の席に腰を下ろす。


 ちびちびと口にアイスコーヒを流した。


「やっぱりカフェのコーヒーと缶コーヒーじゃ比べ物になりませんね」


 断然、丁寧にペーパードリップしてくれているカフェのコーヒー方が、飲み口から香りまで、段違いに美味しい。


 ここに来る前、きのこの山を二箱補充した。そのおかげで、おそらくあと30分は持つ……のだが、一つだけ私に足らなかったところがあるとするのなら。それは、今日この時間に、確実に2人が来るかは分からない。と言うことだろう。


 最悪、人物の特定は心を読めばなんとかなるのだが、そもそも対象のターゲットが来なければ意味がない。


 この計画性のなさは治すべきですね。


「まぁ、来なかったとして、領収書はしっかりといただきましょう。経費で落とします」


 そう呟いて、アイスコーヒを口流す。


 するとその瞬間だった。


「ごめんねー翔くん、急に呼び出しちゃって」


「気にすんな、昔からよくあることじゃん」


 そう軽い会話をし、迷うことなく窓際に座る男女が目に止まる。


 片方は学校の生徒だろうか、身長が高くて、ガタイもいい。顔つきや体型から大学生ぽく見えるけど、制服を着ているという観点から、高校生で間違いないだろう。


 だとしたら、あの女性は?


 学生、と言うには大人びた雰囲気があるし、それに何よりも服装が綺麗というか、職場でできる限りのオシャレをしているような、なんて言うか教師っぽい格好をしている。


 それに、めちゃくちゃ美人じゃないですか。


「それでさ、今日はどうしたのコト姉?」


  その名前に、ピンと来る。


  コト姉……。琴音先生。


  あぁ、あの人が。


  ふふっと、鼻を鳴らしてコーヒーを飲む。


  サラリと舌の上を流れ、喉の奥で苦味が絡みつく。


  2人の方向へ意識を集中させるとやがて、心の声、いわゆる本心が聞こえ始める。


「さて、彼女らは何を考えているのでしょう」


 テーブルにメモ帳を広げると、鉛筆を握る。しばらくの間、2人の心に耳を傾けていた。





「今日はその……どうする?」

 

 そう顔を赤らめて、『翔くん』の手を握る。


 まだ慣れてないように、目を細めると、恥ずかしそうにそっと視線を外し、


「……コト姉がいいなら」


 そんなぎこちない会話をした後、2人はカフェを出た。


 日はとっくに暮れて、窓の外は暗闇に包まれている。


 赤いテールランプが、窓の外で光った。


 コーヒーを口に流し込む。随分前に溶けてしまった氷が、コーヒーの苦味を薄めてしまっていた。


「なるほど、2人はそう言う関係なのですか」


 鉛筆から手を離すと、勝手に転がる。あらゆる方向に引っ張られた矢印の上で止まった。


 翔くんと、『コト姉』こと『深緑琴音』さんは幼馴染で、2人は秘密で付き合っている。


 幼馴染同士とはいえ、関係は生徒と教師。


「なかなか、えげつないことしますねぇ」


 しかし、その書き殴られた紙に『一ノ瀬葵』という名前を書きこんで、ニヤリとする。


 きっと、葵さんは私にもとを尋ねてくる。それが明日か、1週間後か、1ヶ月後かは分からないけど。彼女は必ず来る。


「さて、そろそろ出ますか」


 ゆっくりと席を立ちレジへと向かう。


 ありがとうございました。後ろからの声と。じめっとした絡みつくような湿気。


 途中通りかかった自販機で、いつもの缶コーヒーを飲みながら。


「やっぱりこれなのです」


 そう、1人呟くのだった。






 ぼんやりとした湯気を、眺めていた。


 天井からの雫が湯船の水面にはねて、心地よい音を立てる。


 入浴剤の香りを吸うと、はぁ、と息を吐き出した。


「あの人、なんだったんだろう」


 放課後に出会った不思議な女性。心を読めると言うあの人。月見秋葉のことが頭から離れなかった。


 普通、心を読めるとか、そう言うことを真顔で言うなんて、まず普通の人じゃない。もちろん私だって信じてなんかいないし。絶対にあの人の事務所になんか行くもんか、とも思った。


 でも……。


 ——全て壊せてしまえば


「……」


 秋葉さんのことは信用してないし、今後あの人を頼ろうとも思っていない。でも、あの瞬間そう思ってしまっていたことは事実だった。


 お兄さんの幸せを願っているし、いまだにお兄さんのことが好き。


 でも、その隣には琴音先生がいて、そこに私の居場所なんてなかった。


「でもきっと、お兄さんにはその方が幸せ……なんだよね」


 揺れる水面に私がぼんやりと映って目が合う。


 その瞬間、ゆらゆらと揺れる私が、不気味に笑ったような気がして、水面を手でかき乱した。


「……バカか私は、お兄さんの幸せを壊せるわけない」


 こくりと唾を飲み込み、湯船から上がる。


 髪の毛から垂れた水滴の冷たい感覚が、なんだか嫌だった。




 第38話    お兄さんの幸せ。


 

 

 


 




 

 

 


 


 

 


 

 



 


 


 





 





 

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