第37話
学校を出る頃には、18時を回っていた。
委員会終わりの下校。一人。
途中、遅くなっちゃったから、カフェで何か食べて行こうかなって思ったけど、また、二人と遭遇してしまいそうでやめた。
低い位置の夕日に目を細めらがら、ローファーの踵がアスファルトを鳴らす。
すでに、お兄さんと琴音先生はできていて、一晩を共にしてる。お兄さんは元々琴音先生が好きで、それが叶って……。
考えれば考える程、私の蚊帳の外みたいな状況に、ため息が漏れる。
もし、幼馴染が私だったのなら、お兄さんは私を好きになってくれたんだろうか。そうじゃなかったとしても、もしあのまま、琴音先生が学校に来なかったら。私とお兄さんは結ばれていたのだろうか?
「……もう、わかんないよ」
どうすればいいのかも、やり場のない気持ちも。
——あぁ、何もかも壊せてしまえば
「楽になるのかな」
私じゃない。 ふと、横から聞こえてきた声に、体がびくりと反応する。
そちらに顔を向けると、自販機に寄りかかっている、長い黒髪の女性がこちらを見ていた。
黒いサンダルと、綺麗に塗られた赤色のマニキュア。ホットパンツから伸びた長くて綺麗な足を組む。風が吹くとオーバーサイズの白Tの袖がサラリと靡いた。
「驚かしちゃいましたか? これは失敬」
きのこの山を一つ摘み口にひょいと入れると、それをコーヒーで流し込む。
腰の反動を使い、体勢を治すと私の正面に立った。
「えーっと、誰ですか?」
そう、目の前の女性に尋ねる。
長い黒髪や、はっきりとした二重など、おそらく誰が見ても美人という顔立ちをしていると思う。
格好は、なんていうかギャル? みたいだけど、この人がやるなら違和感はない。
でも、本能的に普通の人だとは思えなかった。
それをうまく説明出来るかと言われれば、多分できない。でも、なんていうか、視線が微妙にずれているというか……、私と目があってるはずなのに、私を見てないというか……。
「そうでした、自己紹介がまだでしたね、それではこちらを」
そうホットパンツのポケットから取り出したのは、一枚の名刺だった。よくわからないが、ドラマで見るような差し出され方をしたので、私もなんとなくそれに釣られる。
「月見探偵事務所……
「はい、私、月見探偵事務所代表兼、恋愛小説の作家をしている月見秋葉と申します」
以後、お見知り置きを。と深く一礼をする。
なんていうか、全体的な雰囲気や経歴も含めて、すごく変わってる人だなって思った。
「さて、本題なのですが、その前に……」
そう顔を上げて、きのこの山とコーヒーを流し込む。
ふぅ、とため息を吐くと。
「今あなたは、恋の悩みを抱えていますね」
なんて、いかにも怪しい占い師のような言葉をかける。
自己紹介をしてもらったからといって、初対面お人に話してしまって良いのかと思っていると、ふむふむ、と顎に指を添える。
「それはそうですよね、初対面の人にこんなこと言われても、怪しいですよね」
「……え?」
秋葉さんの言葉に思わず、素っ頓狂な声をあげる。
まるで、心の中を読まれているような言い方。偶然だよね?
「多分偶然じゃないと思うのです、恋瀬川葵さん」
呆気に取られて、口をポカンと開ける。
私はまだ一度として、自分の名前を名乗っていない。なのに、なんで、私の名前知っているのだろう。
もしかして本当にこの人……。
「ええ、葵さんの思っている通り、私は人の心を読むことができるのです」
ニヤリと口元が笑う。でも目はなんていうか笑ってなくて、怖い……。
そのままじーっと私を見つめると、「なるほど……」と、頷く。
そして、人差し指を立てながら、
「お兄さんと、琴音先生の関係を壊せたなら……ですか」
——っ!
それは、熱いやかんに触れた時の感覚に近かったと思う。一気に跳ね上がる心拍数と、同時に胸がぎゅうと苦しくなり、ジワリとした不快感が残る。思わず、一歩後ろに引いた。
「な、なんなんですかあなた! いきなり初対面の人に!」
「失敬……しかし葵さんの心がそう叫んでいたもので」
「……失礼します!」
そう言って踵を返すと早足で歩いていく。
後ろから、「もし何か迷い事があれば、いつでも事務所の方へ、お金は取りませんよ」
なんて聞こえたが、振り返らない。
ただただ、その場から逃げ出したくて、違う違う違う。そう言い聞かせながら、顎を伝う汗も拭わず歩き続けた。
短い黒髪が白いうなじで揺れるのを見送る。
「あらら、怒ってしまいましたか」
そう呟くと、空になったきのこの山の空箱を潰す。飲み干した缶コーヒーの缶をゴミ箱に放り込むと、歩き出した。
しかし、これは偶然でしょうか。
お兄さんと、琴音先生……。
コト姉。
偶然にも似たような名前に、思わず浮かんできてしまう昔の情景。
……。
ふふっ。
「あの時と、似てますね」
私は、別に誰かの人生を壊したいわけじゃないのです。ただ証明したいのです。綺麗な純愛など存在しない。狂おしくておかしくなってしまう程の愛こそが、本物の純愛であることを。
「恋瀬川葵さん、ですか。これは面白い結果になるかもしれませんね」
スマホを開いて、メモアプリを開く。
彼女の容姿や特徴をサッとまとめると、スマホをしまう。
「……カフェ、ですか」
ふふっと鼻を鳴らすと、カフェに向けて足を進めた。
第37話 ヒロイン—— 恋瀬川 葵
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