第36話 

「んー、なるほどねぇ」


 ベットの上であぐらをかく麻耶ちゃんが、顎に指を添える。


 んー、としばらく考えるような仕草をすると、


「自分の好きな人が、他の人のことが好きで、それを素直に応援できない……ってわけね」


 その言葉に頷く。


 名前は言わなかった。本質的に麻耶ちゃんを巻き込みたくない。


「……難しい、よね」


「……かる」


「え?」


「めっちゃ分かる! それ!」


 私の手を握るとブンブンと振る。


「そーだよね、好きになった人だから、その人に幸せになって欲しいんだけど、なんか腑に落ちないんだよね? あー! めっっっちゃ分かるぅー!」


 喉を絞ったように唸ると、「よし、わかった!」と握る手にぎゅうと力を込めた。


「私、葵ちゃんに協力する!!」

 

「え……」


「相手はお兄ちゃんでしょ?」


 それを聞いた瞬間、飲み込む唾が気管の方に入って盛大にむせる。え、待ってなんでバレてんの?


「そっかぁ、お兄ちゃんなのかぁ〜」


「まだ、何も言って……」


「え、違うの?」


 私の顔を覗き込む麻耶ちゃん。そのきょとんとした表情に観念するように、はぁ、とため息を漏らして答えた。


「……お兄さん、だよ」


 改めて好きな人を、しかも好きな人の妹に言うのが恥ずかしい。てか……。


「なんでわかったの?」


 私がそう聞くと、んーと唸り顎に指を添える。


「仲いいなぁーとは思ってたけど、一番は葵ちゃんが、お兄さんって呼び始めたぐらいかな」


 あぁ、そんなに前からずっとバレてたんだ。


 さすがお兄さんの妹。麻耶ちゃんは鋭い。


「とりあえず、葵ちゃん」


 ふふっと鼻を鳴らし、キリッとした視線をこちらに向ける。


「は、はい」


「これから、私は葵ちゃんを全力でバックアップしてくから! 第して、お兄ちゃんと葵ちゃんハネムーン大作戦!!」


 グッと握った拳を頭上に掲げる。


 そんな、いい意味で馬鹿みたいな明るさは、思わず私の鼻をふふっと鳴らす。


 やっぱり、麻耶ちゃんは良い友達だ。


「ありがと、麻耶ちゃん」


「うん任せて! 最終的にお兄ちゃんと麻耶ちゃんは絶対にくっつくから!」


 そのタイミングで授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。


「あ、授業終わりかぁ……どーする葵ちゃん?」


「んーさすがに2回も連続して休むのはアレだし、帰ろっか」


「そだね」


 そうして保健室を出る。薬品の香りが肌を撫でると、生暖かい廊下を二人で歩いた。





「それじゃあ、また明日!」


「うん、またね」


 小さく手を振って、別々の教室に分かれる。少し歩くと、体育委員会と書かれた青いファイルを見て、ため息をついた。


 麻耶ちゃんは励ましてくれたけど、なんていうかやっぱりまだ整理がつかない所もあって。


 それに、あの香水の匂い。お兄さんは誰といたんだろう。


 ……。


 まぁ、何はともあれ、これから夏休み前に始まる体育祭で忙しくなる。


「切り替えていかないと」


 そう、ドアを開けようとすると、一瞬早く向こう側からドアが開く。


 「「あ」」 お互いに口をぽかんと開ける。


「……失礼します」


「あ、うん、ごめん」


 そう言って、先生の横をすり抜ける。するとその瞬間。


 この匂い……。


 今朝嗅いだ甘いムスクの香りが、ふわりと香った。


「葵ちゃん?」


「……なんでもないです」


「そっか。委員会頑張ってね」

 

 そう、小さく手を振ってドアを閉める。


 あぁ、なるほど。全てが繋がった。朝早く、お兄さんがあの場所にいた理由も、香水の匂いも。


 昨日、一晩中いたんだ。琴音先生とお兄さん。


 クッと歯を食いしばって、席に着く。


 その後の委員会の話は、何一つとして頭に入ってこなかった。




 第36話  ムスクの匂い



 


 


 


 


 



 


 


 

 

 

 


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