第27話

 なんか、味気ないなぁ……。


 放課後。いつものカフェで今日は一人、カプチーノの泡を吸う。


 ふわりと溶けるようなミルク感の後に来る、ハチミツ甘さが、今日は感じられない。


 ふと、今日のやりとりを思い出して、窓の外に目を向けた。


 ——違います! 私はただ!


 普段、声を荒げるようなタイプじゃない彼女が、そうまでして、私の気落ちを確かめに来た。


 勇気を出して、翔くんのために。


 それなのに、私はそんな純粋な彼女を傷つけた。


 大人だから。そうやって誤魔化して子供にはわからないって。


 そんな私が一番の子供なのに。


「……ちょっと寄り道して帰ろうかな」


 そう1人呟いて、席を立つ。


 彼との用事はキャンセルになったし、今日は歩いて学校に来た。どうせ家に帰っても、何をする訳でもないのだから、ちょっとぐらい散歩でもしていこう。


 気晴らしだ、気晴らし。


 カプチーノ代を払ってカフェを出る。


 確か、この近くの公園だったかな。


 5年前に見た、綺麗な紫陽花は今もまだ、咲いているのだろうか?


 傘をさして歩き出す。ボツボツと頭上で跳ねる雨音に憂いを感じて、イヤホンをつけると、レイニーブルーが流れた。 



 

「わぁ……綺麗」


 思わず言葉が飛び出す。


 深緑、雨晒しの青色。


 道を挟んで両側に咲き誇る紫陽花は、5年前と変わらず公園を青色に染め上げていた。


「一周したら、帰ろうかな」


 一周約600メートル。私が一分間に50メートル動く点Pだとしたら、12分程で歩き終わる。


 きっと、家に帰る頃にはいい時間になっているだろう。


 曲を変えて歩き出す。


 こんな雨の日にぴったりなジャズを流しながら。



「あ……」


 半分ほど歩いたところで足を止める。


 公園の外周を歩く紫陽花の花道の内側にある公園。


 滑り台と、木製のアスレチックと、寂れたブランコ。


「懐かしいな……そういえば、ここだったね」


 5年前、まだ私と翔くんが幼馴染みであった頃、ここでよく色んな話をした。


 受験の話だったり、お互いの学校の話だったり。時にはお互いに好きな人を誤魔化しながら恋バナもした。


 水々しくて、眩しい光景。



 翔くんはさ……好きな人とかいるのかな?



 ……。

 

「そろそろ、帰らなくちゃ」


 公園から目を逸らすように歩き出す。


 するとその瞬間、公園の遊具の下で、困っているような表情を浮かべている子供が目に入った。


 男の子と女の子。たぶん小学生の低学年ぐらいの子。


 時刻は18時、いくら日が伸びてきているとは言え、もうそろそろ帰宅をする時間だろう。


 そう思っていると、男の子の方が、手のひらを上に向けて、雨を確認するような素振りを見せる。


「あ、傘がないんだ」


 なんとなく状況から察した。恐らく傘がなくて帰れないのだと思う。


 自分の傘を見て、もう一度そちらへと目を向ける。


 不安そうな女の子に、そっと笑いかける男の子が、なんとなく翔くんと重なった。


「……まぁ、時にはそーゆーのもありかな」


 2人がいる遊具に向かう。


 すると、知らない大人の人が近づいてくる警戒心か、こちらにパッと顔を向けた。


「……こんにちは」


 男の子が小さく挨拶をする。


 そんな彼に対して、私はやんわりと笑いかける。


「こんにちは♪ 2人で遊んでるの?」


「……うん、だけど雨降ってきちゃって」


 後ろの女の子も小さく頷く。


「そっか、それじゃあお姉さんのこの傘、キミたちにあげよう!」


 そう微笑んで傘を差し出す。だけど困惑したような顔を浮かべて男の子は言う。


「でも、それじゃあお姉さんが」


 そう言われてハッとする。なんだか、純粋って良いなって思った。


「優しいね。でも大丈夫! お姉さん河童の生まれ変わりだから、雨大好きなんだ♪」


 だから、ね? 傘を男の子の手に握らせる。


「そっか……うん、ありがとうお姉さん!」


 何かを一瞬察したような顔をして、男の子は笑みを浮かべる。


 そして、女の子の手を引いて、2人で傘に入る。


 少しずつ遠くなって行く、黒と赤色のランドセル。


 その背中に手を振ると、遊具から滴る水滴が頭に落ちる。


 ポツンと冷たい感覚。遠くなるその背中がなんだか羨ましく思えた。


 きっとあの2人は仲良しで、好き同士で、やがてやって来る思春期でケンカをするけど、それでもお互いの事が頭から離れないような、そんな関係なんだろうな……。


 スマホを取り出し、雨雲レーダーを見る。


 ここから少なくとも雨が止むと言う予報はない。


 ずぶ濡れで帰っても良いけど、流石にそれは不審者すぎるし、近くのコンビニもそんなに近くない。


 どうしよう……。


「持ってきてもらおうかな」


 きっと翔くんなら……。


「……はは、そう言うところなんだろうなぁ、私」


 なんで陸くんじゃなくて、一番最初に翔くんが出てきてしまうのだろう。


 本当、悪い癖だなぁ。


 すると、その瞬間だった。


「え……陸くん?」


 さっき私が通った道。陸くんと誰かが、一つの傘に入って歩いて行くのが見えた。


「いや、でも……」


 今日は用事が入ったって……。


「人違い、だよね」


 きっと追わない方が、都合が良い。知らない方がいい事だっていっぱいある。


 だけど、私の足は遊具から外に出る。


 疑心暗鬼な足取りと、肩と頭で弾ける雨粒、濡れて重くなった髪の毛。


 きっと白色のブラウスは透けてしまっているのだろう。


 水溜りを踏む。ブラウン色のジョグパンツに泥が跳ねた。


 そして……。


「あ……」


 視線の少し先、陸くんと隣の女の人が向かい合って、キスをする。


 そんなドラマのような光景に、心臓が嫌な鳴り方を始める。


 見てしまった、知ってしまった。……確認してしまった。


 なんとなく陸くんは、そうなんだろうなって思ってた。


 でも、これで確定してしまったのだ。


 この恋は、関係は。


「私だけが縋ってた恋だったんだね」


 遠くなる2人の背中、ただ雨が降りしきる。




 第27話  アマオト




 





 

 



 

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