第26話
「琴音先生は、翔先輩のこと好きですか?」
目の前の少女が、真剣な眼差しで尋ねる。
どこまでも引き込まれそうな青い瞳と、この前まで長かったはずの黒い髪の毛。
柑橘系のフレッシュな香水の匂いが、ふわりと鼻を撫でた。
「生徒として好きかなぁー、あと良い幼馴染としても」
あはは。と愛想笑いを浮かべながら、答える。
きっと、葵ちゃんが欲している答えは、こう言うことではないのだろう。
『like』じゃなくて、『Love』かどうか。そう言うことでしょ?
……でもね。
「琴音先生、それ答えになってないです」
「うん。知ってるよ」
私の返答に、えっ、と息を吐く。きっとその返され方は葵ちゃんにとって、予想外だったのだろう。
すると、「本気で答えてください」小さく怒りが篭った声と眼差しを、向けた。
「なんで、はぐらかそうとするんですか?」
「んーじゃあさ、葵ちゃんは私の気持ちを聞いてどうしたいの?」
「——っ。どうって……」
答えに詰まったように眉を顰めると、視線を逸らす。
そんな困ったような表情に畳み掛ける私は、嫌な大人なんだろう。
でもね、大人として、はっきり答えてはいけないものだってあるんだよ。
例えば……翔くんへの気持ちとかね。
「ほら例えば、私が翔くんのことを好きかどうかで賭けをしてるとか、葵ちゃんが翔くんのことを好きだから、恋敵を確認したいとか」
「違います! 私はただ!」
「それじゃあ、全部答えたら素直に応援してくれるの?」
「それは……」
一瞬ハッとした表情をして、自信を無くしたように視線を伏せる。
そんな葵ちゃんを見てなんだか羨ましく思った。どうしてこうも、一人の男性のためにここまで真剣に悩めるのか。こんなにも真っ直ぐになれるのか。
少なくとも、沼にハマっていることに気づきながらも、何もできない私なんかよりも断然綺麗で、ピュアで勇気がある。
そんな彼女を見てると、自分の汚れた部分が鮮明に浮き上がるようで、嫌だった。
スマホが鳴る。
彼からの『予定が入った』というメールと時間を確認すると、まだ半分ほど残った弁当の蓋を閉めて、立ち上がる。
「ごめんね葵ちゃん、私嫌な人だったね」
「……いえ、そんなこと」
「ううん、いいんだよ。その素直な感情は大切にしてね。いつかそれを隠して笑わなくちゃいけないタイミングがくるから……ね?」
「……はい」
悔しそうな顔をしている葵ちゃんを、残して教室を出る。
ばたりとドアを閉めると、すぐに啜り泣くような声が聞こえた。
——それが大人なんだよ。
そうやって大人ぶってる私が一番子供なんだろう。
ずっと過去を引きずって、一度諦めた恋を、私の事情でまた思い出して、揺れ動いてる。
きっと、誰が悪いとかじゃない。全部私が悪いんだ。
窓の外に目を向ける。
ポツポツと、雨が窓を叩き始めた。
「……あの頃に戻りたいなぁ」
純粋に翔くんが好きで、でも幼馴染の関係を壊したくなくて、毎日悩んでいた純粋なあの頃に。
泣きたい気分なのに涙が出てこないのは大人な証拠なのだろうか、今は何だかそれも、分からなくなったきた。
第26話 オトナの仮面が外せない。
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