第22話

「おに……翔先輩……あの、こんにちは……」


 祝日明けの学校。梅雨が進んだせいか、いつもより気だるそうな廊下と自動販売機。


 シャツを七分袖に折った昼休み、青い瞳が俺を捉える。


「おう、こんにちは……」


「……うん」


 絶望的な会話のテンポに思わず、先程買ったドクターペッパーを口に流し込む。杏仁豆腐風味の甘さが口に広がった。


 こんなにも会話がぎこちないのはきっと、一昨日の一件があったからなのだろう。しかし俺は、もう一つ別の理由で次のセリフが出てこなかった。


 それは……。


「あのさ……どう、かな?」


 恥ずかしそうに視線を下げる葵の髪が、短くなっているのだ。


 具体的に、背中まであった髪の毛が、肩よりも短くなっている。


 あまりにも大胆なイメージチェンジに、頭の処理が追いつかない。


「思い切ってボブにしてみたんだけど……あ、でも別に、翔先輩のせいとかじゃないからね!!」


 髪の毛に触れる手を、パタパタと振ってそう弁解をする。


 白いひたいにかかる髪の毛がふわりと揺れた。


「これはその……最近暑いなーって……」


 そう、徐々に語尾を弱めては、「やっぱり変だったかな?あはは……」と、渇いた笑いをこぼす。


「ごめんね、いきなり……でもほんとに」


「いや、すごく似合ってるよ」


 葵の言葉をかき消すようにして、声を上書きする。


「えっ?」と驚いたような表情の葵に俺は続けた。


「なんていうか、そっちの方が葵っぽいなって思う」


 前のは前ので似合ってたけど……と、急に恥ずかしくなって、そう声を小さくすると、視線を逸らす。でもほんとに、その髪型は葵に似合っていると思う。


 ほんの少しの沈黙。お互いに視線を逸らして、廊下の傷を見る。


 ふふっ、と先に鼻を鳴らしたのは葵だった。


「そっか、似合ってるんだ」

 

 そっと髪の毛に触れて、嬉しそうに微笑む。


 細くなる青い瞳と、ほんのりと桃色に染めた頬。


 それは、恋愛感情を抜きにして、かわいいなって思ってしまった。


「じゃあ、今度から髪型はこれにするね」


「いや、無理にしなくても」


「ううん、そうじゃなくて……」


 一歩後ろに下がると、後ろで手を組む。そして若干上目遣いでこちらを覗くと、



「お兄さんが好きな、この髪型が好きだから」



 にこりと微笑み、「あ、麻耶ちゃん忘れてた」と急ぎ足で背中を向ける。


 その刹那、ふわりと持ち上がった黒髪に中で、耳が真っ赤に染まっていたのは、見なかったことにしよう。


 ……。


「かわいいな、ほんと」




 第22話   ころもがえ


 

  


 

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