第23話

「雨降ってきたな……」


 放課後、ホームルームが終わり、これから帰路につこうといざ昇降口へ……っと、いうタイミングだった。


 薄暗い3階の廊下、委員会室から出てきた他の生徒からも、同じように息が漏れた。


 参ったな……。


 『雨雲レーダー』で検索して、ここ1時間の動きを見ても、おそらく止むことはないだろう。


 かといって、この前みたいにまた雨の中をダッシュはしたくない。


「折り畳み傘持ってくるんだったな」


 今日に関しては正真正銘俺の忘れ物、妹は恨めない。


 誰か傘2個持ってねえかな……。とため息を吐いた時だった。


「お、翔じゃん、どした?」

 

 華奢、というよりは元気。声をかけられた方向へ顔を向けると、美咲はバサリと傘を開く。透明なビニールの向こう側でポニーテールが揺れた。


「おう、お疲れ。ところで美咲さん」


「断ります」


「なんでだよ、まだ何も言ってねーよ」


「いや、状況から察するに、『傘貸してくれ』って言われそうだったから、先に断った」


 どう? あってるでしょ? と自慢げに鼻を鳴らしては、ない胸を反らせる。その瞬間脳内に、授業で習った『ベルリンの壁』が一瞬横切る。思わずふふっと鼻を鳴らしてしまった。


「ん?」


 ……おっと、いかん。


「……なんかごめん」


「は? なんで謝るわけ?」


 意味わかんない、と不満げな顔を向ける美咲に『気にするな、そういうのが好きなやつもいる』と微笑む。


「さてと……他を当たるか……」


「え、まって、めっちゃモヤモヤするんだけど! ちょっと翔!!」


 そして、後ろで喚く美咲を軽くあしらいながら、校内を一周したが、顔を知っている生徒は残っておらず、結局、美咲が持っていた傘に二人で入って、近くのコンビニまで歩いた。


 その途中、「美咲さんと相合傘できるなんて、幸せだな〜」と、おちょくったら、半分ぐらい傘から出されて、コンビニの店内では左半身から水が滴っていた。


「ありがとうございましたー」


 少し笑いを堪えているような声。自動ドアが開くと、後ろでチャイムが鳴り響く。


「ふぅ、傘ゲット」


「……さっさと帰るよ」


 と、美咲が早足に歩き出す。俺も急いで傘を開くと、彼女の横を歩いた。


「なんだよ、照れてんの?」


「いや、翔の身長が高いせいで腕が疲れた」


「それについては、ごめんていうか……ありがと」


 普通に助かったわ。そう、ビニールについた水滴を見上げる。


 車や電車の窓もそうだが、雨粒が不規則に増えていく感覚が、好きだった。


「なんか、翔に感謝されるなんて、ウケる」


「お前の中で、俺はどういう認識なんだよ」


 そう息をつく。ポツポツと頭上と、隣から雨を弾く音が心地いい。


「てかさ……」


 そう、梅雨の音の中に、美咲の声が混じる。


 ばさり。そんな音ののち。美咲が傘を畳む。


 そして。



「腕疲れすぎて、傘差す余力無いんですけど」



 そう、悪態を突きながら俺の傘に入ってきた。


 肩がぶつかって、ふわりと柑橘系の香りが広がる。


 水たまりに反射した華奢な脚。一瞬早くなる鼓動。


「……駅までな」


「当たり前」


 短く言葉を吐いて、静かになる。


 水滴が滴る窓に反射した、美咲の頬が赤く染まっているような気がしたのは、きっと何かの見間違えなのだろう。


 なんだか、耳が熱かった。




「それじゃ、気ぃつけて」


「ん、ありがと」


 小さく手を振り合って、踵を返す。


 雨足はさっきよりも強くなっていた。


 今日はなんか凄い日だったような気がする。


 まずは、葵の髪が短くなっていることに驚いて、そんでさっきは美咲に乙女を感じた。


 ……。


 でも、よくよく考えたら、今日は珍しくコト姉に絡まれなかったな。


 廊下で何回かすれ違ったけど、軽く微笑むだけ。いつもだったら、「翔くん、おはよ」みたいな感じなのに。


「てか、それが普通ってのも、なんか逆に怖いな」


 ほんと、この後も何か起こりそうで怖いわ。


 と、そんなことを考えていると、ちょうど、いつものカフェに出た。


 そして、俺は思わず「あっ……」と声を漏らす。


「コト姉……」と、その向かい側に座っているのは、彼氏さんだろうか。写真で見た時とはなんだか雰囲気が違っているような気がする。


 透明なガラスの向こうで、赤いルージュが微笑む。


 やんわりとした笑顔。だけど俺に向けるものよりも大人っぽくて、なんだか色気があった。


 だけど、次の瞬間。


「—っ」


 一瞬、緑色の瞳がこちらに向いた気がして、俺は思わず傘で視線を隠す。


 きっと、バレてない。


 そう、水溜りを踏んで、歩き始めた。

 


 


 第23話   アマオト

 



 追伸。


 皆さん、お疲れ様です、あげもちです。

 最近、不定期になりがちですが、なんとか生きてます。


 社会人から学生になったのですが、バイトやら課題やら、案外忙しいですね……。


 これからもよろしくお願いします!!


 みなさんも、お身体には気をつけて。


 

 


 



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