第21話
「…」
なんか、頭がぼーっとする…。
瞼をゆっくりと持ち上げる。
どんよりとした気持ちと、硬めのスプリング。
目を閉じてしまえばまた、寝てしまうような眠気を振り切って、スマホに手を伸ばす。
時刻は午前11時37分。
彼はまだ、帰ってきていなかった。
少しだけ開いているカーテンの隙間に目を向ける。
「…なんか寒い」
季節は梅雨。
日本の6月の平均気温は24°であるにも関わらず、クーラーもかかっていないこの部屋で寒いと感じるのは、きっと空が曇っているからなのだろう。
…。
「そうであって…欲しいなぁ…」
ボソリと呟いて、車の鍵を手に取る。
どんよりとした鈍色と、冷たい廊下。
薄らとお酒の匂い感じながら、彼の部屋から出る。
ガチャリ。
そんな音が、
「…」
俺が目を覚ました時には、すでにお昼を回っていた。
寝起きの空腹感と、喉の渇き。
今日は祝日。それなのに寝過ごした上、外は分厚い雲に覆われている。
だから、どんな言葉よりも先に、「はぁ…」というため息が口から漏れた。
「…流石に寝過ぎた」
ワンチャン身長伸びてねえかな。そう呟きながら上体を起こすと、「それはないね」と返ってきた。
「おはよ、お兄ちゃん♪」
そいつは、椅子に座りながらにひひっと笑う。
「葵ちゃんは帰ったよ」
「そっか…てか、なんで俺の部屋にいるんだよ」
「ん?お兄ちゃんが生きて無いかなって確認しにきた、残念」
「おい待て、寝起きでもわかるぞ…つーか逆だろ…ふつう」
そもそも、仕留めきれてない時点でお前の負けだ。と、ため息をつきながらゆっくりと立ち上がる。
水でも飲むか。そうドアノブに手をかけた瞬間。
「ありがと」
ガタっと立ち上がる音の後、突拍子もなく言葉が飛んできた。
振り返らずに応える。
「なんだ、俺のありがたみに気づいたか?」
「…うん、お兄ちゃんがお兄ちゃんでよかった」
そんな言葉の後に、ふふっと鼻を鳴らす音が聞こえた。
それはどこか、気恥ずかしそうな、照れているような声色で。
『— 葵ちゃんを大切にしてあげて。』
そんなセリフがふと頭をよぎって、全部がつながった。
—なんだよ、起きてたのかよ。
「褒めてもなんも出ないぞ」
「えー、けち。そんなんだから、ドーテーなんだよ」
そんなセリフに、思わず鼻を鳴らす。
— こいつはホントに…。
「うるせえな」
ゆっくりと振り返ると、麻耶と目が合った。
亜麻色の髪の毛が心地良く揺れる。
「俺はドーテーじゃねえっての」
「兄妹でもセクハラって成立するの知ってる?」
…。
「— でも、知ってたよ。」
ふふっと鼻を鳴らして、そう口から息を吐く。
— ホントに、いいやつだな、麻耶は。
ふと、『ありがとな、心配してくれて』そんな言葉が自然と飛び出しそうになって、咄嗟に口を閉じる。
きっと、こういうところはお互いに、似ているのだろう。
その代わり、やんわりと微笑んだ顔に、「なんだよ、俺のこと好きかよ」そう返しては、2人で少し笑い合ったのだった。
「あはは、でも好きでは無いなぁ〜、てか、それは自意識過剰すぎ」
ウケるんですけど。
…ん?
俺の眉がピクリと反応する。先程の妹は何処へやら、早速、煽り方にもエンジンがかかってきやがった。
「はは、そうか。でもまぁガサツけばけばモンキーガールに好かれても嬉しくないか」
てか、ここって動物園だっけか?
「…は?」
「お?」
お互いに眉がピクリと動く。
「お兄ちゃん、もっとはっきり喋ってくれる?てか、喋り方キモくて聞き取れなかったわ」
「おう、そうか。じゃあもう一回言うぞ、ガサツけばけb」
その瞬間、ものすごく甘い匂いが鼻口を刺激した。
何か、焼きマシュマロを焼きすぎた時のような…。
「…麻耶、お前何か置きっぱなしにしてないか?」
「は?なに話逸らそうとしてる…」
と、言ったところで、息を吸いながら、顔が青ざめていく。
この反応、何かが焦げる匂い。
…。
俺はこの瞬間、人間に備わっている学習能力を人生で一番恨んだと思う。
「おいお前!」
「あぁー!!忘れてたぁー!」
2人してキッチンへと向かう。
その日、約3万ほどしたオーブントースターは、清潔感漂う白から、シックな焼き色へと色変わりを果たしたのであった。
ちなみに、中からはメタモンみたいな形のクッキーが発見された。
もちろん、黒焦げで。
第21話 6月のある朝のこと。
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