第7話

「お? おぉ!! お〜…」

 

 もうそれだけで何かを発見したことが伺える声をあげると、俺の服の袖をくいっと引っ張る。


「ね、翔くん、あれ」


 そう指さした先には、『金魚すくい』と描かれた暖簾のお店があり、店内の棚の、金魚のぬいぐるみがこちらをじっと見つめていた。


「へぇ、金魚すくいができるんだな」


「うん」


「どうせならやってく?」


「もちのろん!」


「もちのろん?」


 小さくガッツポーズを作ると、袖を掴んだままそのお店に入っていく。


 そんな、コト姉の横顔が、昔一緒に行った夏祭りと重なって、一瞬心臓がとくりとなった。


「すみませーん、2人分お願いしまーす!!」


「はいよー、600円ね」


「はーい、…あ、いいよ私が出すから」


「いや、さっきも奢ってもらったし、せめて自分の分ぐらい払うよ」


「えーっ…と言いつつ、小銭が多いから…はい600円です」


 すると、店主さんからポイを二つ受け取ると、はい翔くんの、とポイを渡される。


「…ありがと、お金は後で払う」


 うん。とやんわりと微笑み桶の前にしゃがむ。


 それに釣られて隣にしゃがむと水面を覗き込む。色とりどりの金魚が照明に当てられて、キラキラと輝いていた。


「ね、翔くん」


「ん?」


「今日の最高記録、31匹だって」


「おー、そんなにいけるかな」


「…じゃあさ、勝負しない?」

 

 そう言うと、小さく微笑む。


「勝負?」


「うん。記録を超えることを目標に、どっちが多くすくえるかの勝負」


「詰まるところ、コト姉よりもすくえたら俺の勝ちでいいんだよな?」


「うん。あ、ちなみに私が勝ったらスイーツ奢りで!」


 ふんす、と鼻をならしポイを構える。


 スイーツとコト姉は相性が悪い。激甘党なコト姉だ。負けでもしたらいくら分食われるか分からないぞ…。


「じゃあ、俺が勝ったら?」


「んー、そうだね…翔くんが勝ったら…」


 そう顔を近づけると、やんわりとした熱と、シャンプーの香りに思わずドキリとする。


「私に好きな事していいよ」


 耳に息を吹きかける。


「え?」


「ふふっ…翔くんどうしたの顔赤いよ? もしかして、お姉さんでいけない事想像してたのかな?」


「黙れ!見てろ蹂躙してやる」


「あはは! がんばれ〜♪」


 かくして、お互いにポイを水面につけたのであった。



 





「スイーツ♪ スイ〜ツ〜♪」


 るんるんと俺の一歩前を歩くコト姉。ココア色の髪の毛がふわりと揺れている。


「まさか、圧勝されるなんて…」


 結果的に言うと、お互いに本日の記録は更新した。


 ただ、俺が40匹なのに対して、コト姉は62匹だった。


 金魚が貫通する俺のポイと、魔法が掛かったように破れないコト姉のポイ。


 もうここまで来ると、仕込まれていたか、神様の悪戯としか思えないな。


 鼻歌まじりの軽い足取りでくるりと振り返ると、あれ食べたいな。と白い指を向ける。


「メロンパン?」


「そう、メロンパン!!」

 

 そう声をあげると、そのお店の人に二つお願いします!と注文をした。


 はいはい、と財布から千円札を取り出し、引き換えにメロンパンを受け取る。


 市販のものよりも一回り大きいメロンパンは、蜂蜜とバターの香りが香ばしく漂っていた。


「はい、コト姉のぶん」


「うん、ありがと」


 メロンパンを渡して、それにかぶりと噛み付いて。


「んん〜!!」


 なんて喉を鳴らすコト姉は、やっぱりかわいいなと思った。





 

「ん〜楽しかったー!」


 そう満足そうに腕を伸ばしたのは、帰りの電車の駅のホーム。


 午後の7時ぐらいのこと。


 缶のココアに口をつけてから、「そうだな」と返すと、顔を覗かせて「シャイだなぁ〜」と俺の頬を突いてきた。


「痛い痛い…やめろって」


「あはは、翔くん怒ってる♪」


 子供だなぁ〜と、息を吐くとスマホを開き、画面を指でなぞった。


 見てるのは今日撮った写真。


 メロンパンだったり、金魚すくいだったり。俺の横顔とか、浅草寺で撮ったツーショットとか。


 そんなしょうもないと言われれば、しょうもないような写真を見て、やんわりと目尻を下げた。


 …。


 だけど、その一瞬。


「あ、」


 コト姉の短い声の後にスマホをバッと隠す。


「翔くん、もしかして見た?」


 疑うような視線と、伝わってくる焦燥感。


 多分、見られてはいけないようなものだったのだろう。


「ううん、何にも」


 そう返すと、はぁ…と胸を撫で下ろした。


「もぉー、だめだよ翔くん、女の子のスマホを勝手に覗いちゃ」


「あはは、わるい」


 そう適当にあしらって、ちょうど良く来た電車に乗り込む。


 そして、しばらくすると遊び疲れたのか、隣のコト姉の頭が肩に乗っかり、じんわりとした重さと暖かさを感じた。


 そんな白くて、可愛らしい寝顔に思わず鼻を鳴らす。


 まぁ、そうだよな、普通に考えてこんなに美人なのに、誰とも付き合ったこと、ないわけないよな。


 この件にはあまり関わらない方がいいか。


 …。


 あの一瞬、コト姉の写真に映った制服姿の男性に、もやもやとしながらも、もれなく俺の意識も限界を迎えるのだった。


 


第7話  俺以外の誰か。




 


 

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