第6話

「それじゃ気をつけて帰れよー」


 ホームルームが終わって、教室が一斉に騒がしくなる。


 すぐに教室を出て行く人もいれば、明日さぁ、遊ばない?なんて女子が集まっているのもちらほら見かけた。


 いつもよりほんの少し上機嫌の放課後。


 理由は明日が土曜日であり、そして月曜日が祝日だからなのだろう。


 3連休は学生だろうが社会人だろうが嬉しいものだ。


 んー、と背を伸ばしてカバンを持つと席を立つ。


「んじゃな、美咲ー」


「んー、バイバイ」


 軽く挨拶を交わして教室を出た。


「さてと、3連休はなにしようかな」


「んー、久しぶりに都内観光とかどうかな?」


「たしかにそれ良いな…ありがとコト姉…って、うわっ!」


 会話の違和感というか、後ろからの声に驚いて声の方へ振り向く。


 そこにはココア色の髪を揺らしながら笑うコト姉の姿があった。


「おどかすなよ…」


「あはは、お疲れさま翔くん」


「そっちも仕事お疲れ」


 にこりと微笑むコト姉。手には大きな三角定規を持っており、ついさっきまで授業をしていた事が予想できた。


 ていうか、数学の先生なんだ…。


「それでさ、さっきの話なんだけど」


「休日の話?」


 うん、と頷きスマホの画面をこちらに見せると、


「もし良かったら私と行かない?」


 にこりと笑った。





 土曜日。その日はよく晴れていてまさにお出かけ日和という言葉がよく似合う天気だった。


 …。


 スマホの画面を見て、ポケットにしまって…。そんな動きを何回繰り返したのだろう。


 『コト姉大丈夫?』そんなメッセージも既読がつかないまま、本来の集合時間から1時間が経過した。


 …まぁ、予想はつく。コト姉のことだおそらく…。


「寝坊だろうなぁ…」


 はぁ…とため息を吐き出すと、スマホがブルリと鳴った。


 『ごめん翔くん、今着いた』

 

 『りょーかい…で、今どこにいる?』


 『えーっと、ちょっと待って』


 とメッセージが届いてからしばらくすると、一枚の写真が送られてきた。


 えーっと…ん?


 周りの風景が映る写真には、なんていうかどう見てもここじゃない地名が書いてある標識と、大きな提灯と『雷門』って書いてある赤い建物があって…。


 もしかしなくともコト姉は浅草にいる。


 …。


 え、昨日俺に言ったよね?『じゃあ、いつもの駅にしゅーごーね♪』って。


 いつも浅草に集合してた俺ってどこの世界線の俺なのそれ?


 はぁ…とため息を吐き出し、コト姉がふざけていることにワンチャンスをかけて、


 『それ、浅草だよな?』


 と、送信。


 その後すぐに、『うん。あれ、浅草集合だよね?』


 ってメッセージが表示されて、これほどまでにタイムマシンが欲しいと思ったことはなかった。




「翔くんおそーい、昨日集合場所伝えたのにー」


 浅草駅で降りて、コト姉が待っているというカフェに入ると、スマホを片手にそう口を尖らせる。


 子供っぽく足をばたつかせては、白いスニーカーが、白のロングプリーツスカートをサラリと揺らした。


 本当に殴るぞ。そんな言葉が口から出かけて、こくりと飲み込む。


 そう言えば昔にもこんなこと、あったなって。


 だから、なんとなくこの後にコト姉言うそうなことが分かる気がする。


 たぶんコト姉は。


「「って言うのは冗談で」」


 ほら、当たった。


「えっ?」


 クルクルと、薄いベージュ色のパーカーの紐を回していた指がピタリと止まる。


「なんとなくそんな事だろうと思ってたよ」


 俺が得意げにそう鼻を鳴らすと、全てを理解したのか、ちぇー、っと悔しそうにストローに口をつける。 


 それは、昔から俺をからかう時に使う、一種の常套句じょうとうくのようなものだった。


 数年ぶりだったからちょっと疑ったけど…。


 まぁ、なんにせよ。


「でも、ひとつだけ予想外なのは、コト姉が寝坊したことかな」


「え、なんで分かるの?」


 って言うカマ掛けにも引っかかってくれる辺り、あの頃のコト姉のままらしい。


 本当に変わらないな。そう小さく笑うと、むぅーっと頬を膨らませて「それどう言う意味?」っと眉を寄せる。


「そのまんまだよ…いい意味で」


 そう、本当にそのまんま。ココア色の髪がサラサラしてるところも、声も顔も綺麗なところも。


 そして、仕掛けるのは得意なのに、仕掛けられるのは苦手で、そうやって幼く頬を膨らませるところも。


 全部、俺が好きなままだよ。


「また、それ使ってる…ホント翔くんも変わらないね」


 そう言い合って、2人で笑って。


 なんか、こう言うの久しぶりだな。って、追加で注文したパンケーキを2人で食べるのであった。




 第6話 そのままのきみで。


 

 

 

 


 


 


 


 

 


 



 

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