第5話

「あ、おかえりー」


「おう、ただいいま」


「お帰りなさい、お兄さん♪」


 コト姉とコーヒーを飲んだ後、帰宅したのは日が沈み切った午後の7時ごろのこと。


 麻耶ともう一つ聞きなれない声に、え?と声を漏らす。


 すると、キッチンでは葵が料理をしている最中だった。


 コトコトと、なれた包丁さばきで野菜を刻んでいく。


「ただいま…葵」


「ふふっ。もう少しでできるからちょっと待っててね」


「ありがと…」


 てかさ…。


「おい麻耶」


「ん?」


「何で葵が料理してて、お前がテレビ見てんだよ」


「いや〜、葵ちゃんの料理が食べたくてねぇ〜、それにお兄ちゃん的にも女の子の手料理の方がいいかなって思って…あ、もしかしてこれって一石二鳥?」


 win-win!!と蟹みたいなポーズを見せてにヘラと笑った。

 

 …。  


「はぁ…」


「え、露骨なため息とか傷付くんですけど…」


 ぐでぇーん、みたいな擬音がつきそうな姿勢の麻耶に一瞬、クマのプ●さんを見て、もう一度ため息を吐き出す。


 そんなやりとりを見ていた葵が、仲良いね。とくすりと鼻を鳴らした。


「麻耶ちゃん、お兄さん、ご飯できたよ」


「はーい♪」


 返事をすると、元気よくソファから立ち上がり、料理が並べられた席に座る。


「なんかわるいな、うちの妹が…」


「うんん、いいの気にしないで。それに私が料理を作りたいって言ったから」


「うんうん、持つべきものは美人で料理のできる親友ですなぁ〜」


「お前はもっと感謝しろプー●さん」


「はぁ!●プーさんってなに!?」


「あははは♪」


 麻耶と俺と、そして葵の楽しそうな笑い声がリビングに響き渡る。


 無邪気で、よく見ると年相応の幼さがあって。


 そして、黒くて長い髪が揺れる白シャツににエプロン姿の葵は、よく似合ってるなぁ、なんて思った。


 すると、目元を擦る葵と目があって、ふふっと鼻を鳴らす。


「頑張ったから、お兄さんの口に合うといいな♪」


 そう言って、魔性に小さく微笑んだ。




 ごちそうさまでした。


 3人分のご馳走様を合図にお開きになった夕食。


 結果的に言うと。


「めちゃくちゃ美味かった」


 インスタントコーヒーを口に含んで、幸せため息を吐き出した。


 キリッとした苦味が舌の上に残る。


「それなら良かった」


「うんうん、最高だったぁ〜。あ〜毎日作りに来てくれないかなぁ〜…あ、いいこと思いついた」


「ダメだ俺が却下する」


「まだ何も言ってない!!」


 むうう…と唇を尖らせる麻耶に、どうせろくな事考えてないだろ。とため息を吐いて、葵の方へと視線を向ける。


「ふふふっ…ほんとに仲良いね2人とも」


「え、そう見えるの?…なんかめっちゃ不名誉なんですけど。お兄ちゃんキモいあっち行って」


「いや、急に反抗期くるな」


「ふふっ。あ、麻耶ちゃんお風呂入った?」


「ん、まだ」


「それじゃ、食器は私が洗うから麻耶ちゃんお風呂入ってきて」


「りょ。あざまる水産」


 と、訳のわからないことを言ってリビングから消えていく。


「あ、おい!あいつ、少しは遠慮しろっての…また他人任せしやがって」


「ううん、いいのお兄さん。それに私も料理の練習ができて夕飯も食べられたから、ね?ほらうぃんうぃーん♪」


 そう言ってにこりと笑、ピースサインを見せる。


 なんて言うかさ、どっかの妹がやるよりも断然可愛く見えるんですけど…。


 よし決めた。次麻耶がやったら即刻死刑にしよう。そうしよう。


 このwin-winはもう葵のものだ。


「そっか、それなら良かった」


「…え、う、うん…だから麻耶ちゃんを怒らないで…あげて」


 語尾になるにつれて少しずつ声が小さくなり、顔が赤くなっていく。


 恥ずかしいならやるなよ…。


 とにかく!!と声をあげて手をパチンと鳴らす。


「後は私がやるから、お兄さんも休んで!」


 そう声を出して、俺の背中をぐいぐいと推し進める。


 相当恥ずかしかったのだろう、思った以上に背中に圧を感じた。


「いや、せめて食器は俺が洗うよ」


「ううん、私が料理したから私に任せて」


 と、まぁ葵は意外と頑固らしく、自分の決めたことを譲る気はないらしい。


「じゃあさ、手伝いならどうだ?恩返しはできないかもだけど、せめてこれぐらいはしたい」


 そこまで言うと、ん〜と唇を結びモジモジとする。


「本当にいいの?」


「うん、あんなに美味しいご飯を作ってもらったんだ、むしろ余るぐらいだよ」


 そう言って、にこりと笑ってみせる。


 すると、一瞬驚いたように目を開くと、すぐにふふっと鼻を鳴らす。


「ありがと、お兄さん」


 そうして、2人肩を並べて食器を洗った。


 その途中、

 

「なんか新婚みたいだね」


 と、言われた時には、心臓の破裂しそうだった。


 


 

「それじゃ麻耶ちゃんまた明日」


「んー、気ぃつけてー」


「1人で平気? 家まで送ろうか?」


「うん大丈夫、心配し過だよ〜お兄さん」


 まるでパパみたい。とイタズラにくすりと微笑む。


「え〜でもこんなパパやだなぁ〜」


「安心しろ俺も麻耶みたいな妹は嫌だ」


「ん? もしかして喧嘩売ってる?」


「あ? 俺のセリフだこの野郎」


「あははは!もうやめて、本当に面白くて呼吸が苦しいから」


 ある程度笑った後、ふぅ、とため息を吐いて玄関に手をかける。


「それじゃ、またね」


 手をパタパタと振って玄関を出て行った。


 …。


「ん、お兄ちゃんどうしたの?」


「いや、心配だから、せめてそこのコンビニまで送ってくる」


「りょ…お兄ちゃんも、きぃ付けて」


「おう」


 と返事をして玄関を出た。


 いくら春といえど、まだ4月の頭だ。冬要素の強い風を頬に浴びて、葵の背中を追う。


「…やっぱりそこのコンビニまではついてくよ」


「え、お兄さん!?」


 驚いた声を上げながら、顔をばっとこちらに向ける。


 急に後ろから声をかけたのだ…これは俺が悪いことした。


「あぁー、びっくりしたぁ〜」


 そう息を吐いて、胸を撫で下ろす。


 白いもやが、街灯に照らされた。


「ごめん、驚かせるつもりはなかった」


「まぁ、お兄さんそう言う人じゃないから許してあげる」


「そうしてくれると嬉しいかな」


 あはは。と笑って一瞬会話が途切れた。


 もじもじと、して手にはぁと息を吹きかけると、あのさ…。と口を開く。


 視線を逸らしたその横顔がほんのりと赤い気がするのは、この寒さのせいなのだろうか。


「ん?」


「手…寒いからさ…もし良かったらお兄さんお片方、借りたいんだけど…」


 いいかな?と青い視線と白い手を差し出される。


 そんな可愛らしい言葉と様子に、心臓がどくんと跳ねて。


 そっと伸ばしかけた手に、なぜかコト姉のことを思い出して。


 一瞬止まった。


「…お兄さん?」


「あ、わるい、ちょっと緊張してた」


「え〜、何それ」


 くすりと鼻を鳴らして、ふわりと手が包まれる。


 口から漏れる白い吐息と、ぼんやりとたたずむ自動販売機。


 やんわりとした温もりと、心地よさを感じながら。


「でも、やっぱり暖かいね」


 にへらと笑って、手にぎゅっと力がこもる。

 

 キラキラと光る青い瞳、ぼんやりと立ち登る白い息。


 ほんのりと赤く染まる横顔に、胸が高まって。お互い無言のまま歩いた。


 コンビニの明かりが2人を照し、影を作る。


「本当にここまでで大丈夫か?」


「うん、ホントにありがと、優しいねお兄さんは」


 そう微笑むと、手から暖かい温もりがスッと消えていく。


 一歩葵が進んで、向き合った。


「ね、さっき言ってたお礼の話なんだけどさ」


「うん」


 と、相槌を打った瞬間。


「…んっ」


 柔らかくて暖かい感覚が唇に感じた。


 細い腕が体に巻き付いてきて、ぎゅっと締め付けられる。


「えへへ…これでいいよ」


 そう甘く囁くように息を吐いて、もう一度短くキスをする。


 心臓の高鳴りと、痺れるような快感。


 腕を離すと、逃げるように走って行って、少し離れてクルリと振り返り。


「それじゃ、またね!お兄さん♪」


 手を振って、踵を返し歩き出す。


 その背中が遠くなって、やっと動けるようになった俺はそっと唇に触れる。


「…それは卑怯だろ」


 風がびゅうと吹いて踵を返して歩き出す。


 その途中、リップクリームのミントが仄かに香っていた。




 第5話  ギブアンドテイク。


 

 



 


 


 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る