第4話 

「えーっと、翔くんは何飲む?」


「あ、俺はブラックで」


「へぇー大人ー…うん。それじゃ注文行ってくるね」


 翔くんにはこの席の警戒任務を与えるであります!!と敬礼してカウンターへと向かっていった。


 お洒落なBGMと、黒色貴重な落ち着いた壁。


 周りの同じ制服の生徒と目が合って、逸らした視線の先には、白いシーリングファンがグルグルと回っていた。


 今日の昼休み。


 久々にコト姉と再会を果たしたものの、あの後すぐにコト姉は職員室へ呼ばれてしまった。


 まぁ多分コト姉のことだから、何らかの書類のミスか、サボっているのをバレたのだろう。


 学校放送で呼ばれたのだ、そこそこのやらかしである事は、まず間違いない。


 …。


 だからこそ、いや、それでこそ俺の知っている『コト姉』だ。


 明るくて、優しくて、おっちょこちょいで。事件が起きると基本その中心にいて。


 でも、優しく微笑むとすげえかわいい。


 昔から好きなコト姉だ。


「はい、お待たせ」


 ぼーっと天井のファンを見上げていると、コト姉の声がした。


 目の前のテーブルに目を向けると、ブラックコーヒーが入った白色のカップと、フワッフワの泡にハートが描かれたカフェラテが湯気を立てている。


「ありがと、コト姉」


「ふっふーん、さあさあ飲みたまえ。今日は私の奢りだよ♪」


 と、ウインクをかまして来た。


 そんなコト姉を見て、思わず吹き出す。


 だってさ…。


「そういうウザいところも、全然変わんないのな」


「ウザいってなに? あーあ、気が変わった。そのコーヒー代は後でしっかり請求します」


 ぷくりと頬を膨らませると、カフェラテの泡を啜る。


 そして、泡と液体のタイムラグがあったのだろう。あちっ!と小動物のような悲鳴が店内に響いて、もっと吹き出した。


 絶対に笑かしに来てんだろこれ。


 そんな、笑い声を抑えようと必死になっている俺にギロリと視線を向けると、むうぅ〜ん、と唸り声をあげる。


 何だこの可愛い生物…。と危うく尊死してしまいそうなところで、踏みとどまる。


 話題を変えるために、小さく咳払いをすると、それでさ…話を切り出した。


「色々聞きたいんだけど、まずはさ、この5年間何してたの?」


「え、何って、大学に行って先生になる勉強かな」


 そう言って、もう一度カップに口をつける。舌を火傷したせいか、少しだけ顔をしかめた。


 先生になるため大学に通っていた。それも初耳なのだが、今のコト姉を見れば、まぁ予想はつく。


 でも、本当に聞きたいのはそっちじゃなくて。


「そっか…でもさ、なんで急に居なくなったりしたんだ?」


 言って気づく。これじゃまるで迷子の子供だ。


 お母さんなんで居なくなったの!?そう泣き立てる子供のような語彙力。


 うまい言葉が見つからず、そんな幼稚なセリフになってしまったことを、少し後悔している。


 そっかぁ…と、憂いを帯びた笑みを見せると、俺の頭に手を伸ばして、わしゃわしゃと雑に撫で回す。


「うわっ、コト姉、急になんだよ!?」


「ふふっ、翔くんに心配かけちゃったなぁ〜って言うのと、今の翔くんすごく可愛いなーって♪」


 そして、頭から手が離れると、その優しい温もりもふわりと消えていく。


「でも、ごめんね…忙しかったんだぁ」


 そう呟いて、寂しそうにカップに口をつける。左右対称に描かれていたはずのハートは、いつの間にかぐしゃぐしゃになっていた。

 

「…まぁでも、まさかが先生なるなんて思わなかったな…いい意味で」


「ん? もしかしてバカにされてる?」


「うん、いい意味でバカにしてる」


「もぉ、何でもかんでも『いい意味で』ってつければ大丈夫だと思ってるでしょ」


 翔くんの悪い癖だぞ〜。頬を膨らませて、白いカップに口をつける。


 白いカップには、桃色の唇が映えるな、と俺もコーヒーを口に流した。


 鼻から抜ける香りと、下の上に残るキリッとした苦味。


 確か『マンデリン』という豆だったかな。


「…ふふ♪」


「何だよ」


「ううん、なんかさ翔くんも変わらないなって」


 そう呟いて、カップをテーブルに戻す。


 コーヒーの湯気の、その向こうでコト姉がやんわりと微笑んだ。


 ココア色の前髪の間から、綺麗な緑色の瞳が俺をしっかり捕らえる。


 その深い緑に引き込まれたら、もう二度と戻って来れないのに、何だかそれも心地よく感じて。


 そしてその感覚は、いつしかキスをした時とよく似ていた。


 高鳴る心臓と、ぼんやりと暖かくなってくる頭の中。


 『ずっとコト姉のことが好きでした』


 そんなセリフが突拍子もなく喉元からでかかった瞬間、スマホが鳴って意識が引き戻される。


 嗅覚が急に戻ったかのようにコーヒーの香りを感じた。


「あ、わるい。なんか連絡が…」


 とポケットからスマホを取り出すと、通知の欄に『麻耶』と表示されていた。そのメッセージの最初が、『今どこー?』となっている。


 コト姉とカフェ…。と打ったところで指が止まる。


 何となく、この連絡はしない方がいい。そう思ったのだ。


 自分でもよく分からない。でも何故か葵のことが頭に浮かんできた。


 適当に、『図書館』と打ち返すと、すぐに『りょ』と帰ってきた。


 ポケットにスマホをしまう。


「どうしたの翔くん?」


「あ、いいや何でも…」


「ふーん…、そういえば麻耶ちゃん元気してる?」


「元気すぎて困るぐらいには元気だよ」


「そっか…あ、そうだ」


 そう呟くと、コト姉がスマホを取り出し、画面をこちらに向ける。


「ライン交換しようよ」


「おう」


 QRコードを読み取るとすぐに『深緑ふかみどり 琴音ことね』と表示される。


 すると、


『これからも、よろしくね』


 短い一文が来て、パッとコト姉の方へと顔を向けた。


「コト姉」


「ん?」


「おかえり」


 俺がそう言うと、一瞬驚きの表情を見せてから、すぐにふふっと鼻を鳴らす。


 そして、スマホをいじると、すぐに俺のスマホが鳴る。


 …。


「なんでラインで返事したし」


「これは、言葉じゃ伝わらない思いもあるんだよっていう特別授業…だよ?」


「しかも疑問系だし、しっかり自信を持て琴音先生」


「あはは、はーい♪」


 まるでどっちが先生なのか、分からないような返事をする。


 小さく息を吐き、カップに口をつけて。


 そして、スマホの画面を見て、思わず頬が持ち上がってしまったのは、絶対に内緒である。




 第4話  『ただいま、翔くん』




 




 






 



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