第3話 

「さてと、飯メシ…」


「は?」


 訳分かんないんだけど、と敵意のある視線を向けられて隣の席へと顔を向ける。


「いや、なんですか?」


「今から友達と弁当食べるんだけどさ」


「うん」


「そこさ、どいてもらっていい?」


 そこ、というのはこいつの視線的に俺の席で間違いないらしい。


 やれやれ、なんだ新手の恐喝か?


 なら、俺も抵抗するで…。

 

「じゃあパンツみせ」


 と、言い切る前に、セクハラどけ。と椅子から蹴落とされた。


 女子こっわ。


 仕方なく、購買で買った焼きそばパンを持って教室を出ることに…。


 その時に、ふと自分の席に目を向けると、美咲が俺の椅子に座っていて、その友達は美咲の椅子に座っていた。

 

 美咲と目が合う。


 一瞬、あ…みたいな顔をすると、表情をころりと変えて、満面の笑みで中指を立てている。


 これが、人を殺す笑顔かぁ…。


 女子こっわ。


 何も知らない男子が、女子に満面の笑顔で中指を立てられたら、確実に次の日から学校に来ないだろう。


 美咲から視線を外すようにして廊下を歩き出す。

 

 はぁ…とりあえず、いつもの場所で昼飯にしますか…。


 自販機に小銭を入れる。

 

 おばちゃん達の愛情が詰まった焼きそばパンと、コーヒーの120円の温もりを握りしめて、屋上へと向かった。




 

 春の生暖かい風と、新しい顔ぶれ。


 いつも以上に混み合う廊下は、出会いと別れの季節のスパンが短すぎて、ついて行けてないのだろう。


 まだ、幼さが残る顔ぶれの中に、見慣れた亜麻色の髪の毛が一つと、もう一人。


「あ…。」


 と、驚いたような顔をすると、ふふっと笑い、悪戯に唇の端を持ち上げてはこちらに手を振る、葵の姿が目に入った。


 黒くて長い髪の毛と、透き通るような白い肌。


 見事に整った顔立ちと、海のように深い青い瞳。


 葵を取り巻く周りの女子と比較しても、その存在感と容姿は、頭ひとつ飛び抜けていると思う。


 そんな天性の美少女と昨日…。


 と思った瞬間、顔に熱を帯びたのを感じて、小さく手を振り返し、足早にその場を去る。


 なんて言うか今、面と向かっていつも通りの会話をできる自信がなかった。


 今までは学校の後輩と先輩で、その形が大きく歪んでしまったのは、まだ昨日な話。


 そう言うことが初めてだった俺には、だいぶ刺激が強かった。おかげさまで身も心も全然追いついていないのだ。


 でも、葵が俺にそう言う感情を抱いてくれていたというのは、正直に嬉しかった。


 嬉しかった…だからこそ、尚更。


「俺と葵の関係って、何なんだろうな…」


 気持ちがぐしゃぐしゃになるのだった。

 

 




「あれ?」


 違和感に気がついたのは、屋上の扉のくぼみに指をかけた時だった。


 引き戸であるこの扉は開けるときに一度、音がするのだが、それがしない。


 車で言うところの半ドア状態。


 詰まるところ、誰か先客がいる。ということになる。


 いつもは誰も来ないのだが、入学式があったことを考えればきっと、居るのは新入生で間違いないだろう。


 まぁ、どうせすぐに飽きて教室で飯を食うようになるさ。


 仮にここを3年間、弁当場にする奴がいたとして、夏は灼熱、冬は極寒。春秋は紫外線地獄。こんなところで飯を食い続けられる奴なんて、相当な変態さんでまず間違いないだろう。


 そんなことを思いつつ、金属製のドアを開けた。


 その瞬間、風圧の差で風が吹き込んできて、ぎゅっと目を瞑る。


 桜の花びら混じりの春風と、少しの砂埃。


 風が止んで、そっと瞼を開けた先で揺れたのは、ココア色の髪の毛と、新しいスーツ姿の女性の背中。


 あれ、新入生じゃないのか。


 そう思った束の間。


 俺はその振り返った女性の顔に、思わず息を呑んだ。


 高い鼻と、桃色の薄い唇。


 白く、透き通るような肌と、ココア色の前髪の奥に光る、どこまでも引き込まれそうな緑色の瞳。幼さを残した目の輪郭。


 女性の中では比較的高身長であろう、すらっと伸びた身長と豊かな女性らしいフォルム。


 …多分、ていうか確実にその女性を俺は知っている。


 だって…。



「…コト姉?」



 そう呼ぶと、ハッとしたような表情を見せて、緑色のフェンスから白い指が抜けた。


 5秒か、それ以上か。


 お互いに見つめあって、風が吹いて。


 沈黙を破るように、そっと、口を開いては、



「久しぶりだね、翔くん」



 そう、にこりと笑った。


 その笑顔がなんだか懐かしくて。


 トクトクと早まり出す鼓動。


 安心感のような嬉しさのような、そんな気持ちで満たされた胸が暖かくて。


 なんとなく、セピア色のに色褪せてしまった初恋が、色づいたような気がした。


 

 

『第3話 色づく初恋の一ページ』

 


 


 


 




 


 


 








 

 




 

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