第1話 

 かけるくんはさ…。

 

 隣のブランコを小さく漕ぐ彼女が口を開く。


 七部にまくったシャツから伸びる華奢で白い腕。足を前に出す度に伸びる、タイツ越しの引き締まった足と、ひらひらと揺れる制服のスカート。


 ココア色の髪の毛がハタハタと舞う、その奥の綺麗な緑色の瞳が俺を捉えると、優しく微笑む。


 綺麗な顔からはやっぱり、綺麗な声が発せられた。


 

 好きな人とかいるのかな?



 

「…」


 小さく揺れる白いカーテン。


 鼻をつくようなファブリーズの匂いに、あぁ、そう言えば昨日めちゃくちゃばら撒いたっけな。と、ゆっくり瞼を持ち上げる。


 ぼーっとした意識で見上げたのは、薄明色うすあけいろの白い天井。


 時刻は、いつも起きる時間の1時間前。


 午前5時のことだった。


 腕を持ち上げて、手を握っては開いてを数回繰り返す。


「ゆめ…か」


 当たり前のことを、まるで漫画の主人公みたいに呟いた。


 スゥーと息を吸って、大きく吐き出す。


 上体を起こして、首を鳴らすと窓と反対側に顔を向けた。


 その視線の先には、色褪せてしまった写真が外の街灯を反射させていて。


 …なぜかその光景が妙に眩しく感じて。


 その写真から目を背けるように窓の外を眺める。



 …いつまで、引きずってんだ、俺。



 スマホのタイマーがあと1時間で鳴り出す。


 せめてそれまでは、忘れて眠ろう。


 春先の冷たい空気が顔を掠めて、毛布を頭まで被る。


 なんとなくセピア色の写真が、悲しく笑っているような気がした。





「おーい」


「…」


「おーーい」


「…」


「おぉーーい、お兄ちゃん…」


 お茶のCMっぽく俺を呼ぶな。そう口を開きながら体を起こすと、瞼を持ち上げる。


 その視線の先には亜麻色の髪の毛のギャルギャルしい奴が、ドアから半分程身を乗り出して俺を呼んでいた。


 俺と同じ学校の制服を着たその容姿は、我の妹ながらよく似合っていると思う。


 そっかぁー、こいつも今日から高校生かぁ〜。


 いやぁ〜大きくなった…。


 …。


「え、もしかして俺遅刻?」


「うん」


 そっけなっく首を縦に振る『海野うみの麻耶まや』。すると右腕に付けた小さな腕時計を見て、あ、そろそろ行かなくちゃ。とドアをゆっくり閉める。


 そして、閉まり切る直前、『葵』ちゃんが待ってる。と言うセリフが聞こえて、ふと昨日の夕方のことを思い出した。


 甘い匂いと、甘い快感。


 麻耶の友達、『恋瀬川こいせがわ あおい』と初めてあの光景。


 それだけで身体が熱くなって、心臓が鼓動が速くなるのを感じた。


 …そっか、麻耶が高校生と言うことは、葵も今日から同じ学校の後輩になるのか。


 そして、ふと考えたのは、その学校で葵と出会してしまった時の事。


 たぶんあの容姿とあの性格だからすぐに友達ができて、クラスの中心になって…。


 そんな取り巻きがいる状態で、「あ、おにーさーん♪」なんて、手を振ってくれて…でも、なんとなく平常を装える気がしないなぁ…。


 …てか、学校では普通に『翔先輩』って呼んでくれてるんだっけ。


 自分の事だけど、俺の妄想キモッ!


 …てか。


「ヤバい遅刻する!」


 毛布を蹴り上げてベッドから飛び出すと、カロリーメイトを咥えながら制服の袖に腕を通す。


 今の時代、咥えて走るのはパンじゃなくて、カロリーメイトなんだぜ。


 そして、教科書類を全て忘れたことを気づいたのは、遅刻を惜しくも免れなかった、学校での事だった。




『第1話 セピア色の夢』



 


 


 


 


 


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