第177話 真宵の桜色配信⑦-忘却と執着と透明感-
配信画面に映る『Fin.』の文字。
噴水広場の中心にある銅像を背景に、すれ違った二人の後ろ姿でアニメーションが終わった。
旅人の女の子と少女の姿ははっきりと描かれているのに、魔法使いの女の子の銅像は淡い色彩で透けて見える。
絵本を遵守した演出だ。
現実と虚構の境界線がはっきりと映し出されている。
不幸になった人はいない。しかし、どこまでもやるせない終わり方だった。
桜色セツナは想い出の絵本をそっと胸に抱く。
桜色セツナ:「この絵本は子役になったきっかけです。結末が気に入らなかった。私は魔法使いになりたかった。魔法さえ使えれば、この女の子を救えると信じていました」
真宵アリス:「魔法を使えれば?」
桜色セツナ:「……私が魔法を使ってこの女の子の『自分』を取り戻させる。私は女の子から忘れられてしまう。それでもハッピーエンドを迎えてほしかったんです」
真宵アリス:「セツにゃんは子供の頃から優しかったんだね」
桜色セツナ:「でもダメでした。魔法に頼ってはダメ。魔法には過程も具体性もないですから。あやふやな奇跡を願っても忘れてしまうんです。この絵本のように忘れられてしまう。私が絵本の存在を忘れてしまったように」
真宵アリス:「それに魔法に頼ったらこの女の子と同じだね」
桜色セツナ:「そうですね。この絵本を見つけたときに当時のことを思い出しました。これが私の始まり。安易に魔法に頼ろうとしたからダメになった。そう気づいたんです。読み直しているうちに涙が出てきて。この絵本の内容は今の私にも繋がっている。私には今も忘却への忌避感が刻まれています」
真宵アリス:「忘却……VTuber業界にいると、他人から忘れられることは怖いよね。ファン離れとか珍しくない。リスナーさんとの楽しい配信の想い出はある。でもVTuber業界の流れは早い。私にはつい最近の出来事でもリスナーさんからは、ずいぶんと昔のように言われることがあるよ」
桜色セツナ:「子役時代もそうでした。入れ替わりが激しい。少し学業を優先させただけで落ち目と言われる。そのまま露出が少なくなると、落ち目とも言われなくなって忘れられてしまう。人気商売の宿命かもしれません。私は忘れられることをずっと怖がっていた。だから無気力な振りをして、子役から逃げようとしました。最初から覚えられなければ忘れられないから」
真宵アリス:「そっか。セツにゃん……氷室さくらちゃんも大変だったんだね。多くのVTuberもそれが悲しくて引退してしまうのかな? 忘れられると心が削られていくから。この女の子みたいに別人になりたくて」
桜色セツナ:「かもしれません。私達は幸いデビューから一年目で成長中です。忙しくさせてもらってます。けれど業界全体を見ると心を病むのは珍しくない。誰も時間の流れには抗えない。常に変化していく。だから私はあの座右の銘は掲げているんです」
桜色セツナの座右の銘を真宵アリスが先に諳んじた。
『It takes all the running you can do, to keep in the same place.』
真宵アリス:「その場にとどまるためには全力で走り続けなければならない。そんな意味だったよね。努力家のセツにゃんらしい言葉だと思った」
桜色セツナ:「アリスさんに努力家と褒められるとむずがゆいですね。そうなれたのはアリスさんのおかげですから」
真宵アリス:「私のおかげ?」
桜色セツナ:「この座右の銘は今に執着があるから言えるんです。同じ場所にとどまりたいと思うのは今が幸せだからです。幸せだから守りたい。私は虹色ボイス三期生桜色セツナを全力で楽しんでいる。どんな努力も苦にならない。努力してアリスさんの隣に立てるのであれば、どんな努力もいといません。全力で走り続けてみせます。私は変わり続けます。そう思えるのはアリスさんや皆がいるからです」
真宵アリス:「今が幸せだからか。……そうだね。私も今が幸せだよ。だから私も全力で走り続けないとね。セツにゃんや皆と一緒にいたいから」
:朗読会が終わった
:アリスの絵本朗読とアニメーションは永久保存版だしてほしい
:俺の涙腺が壊れたままなんだが
:幼い頃の桜色セツにゃんか
:優しいな
:自分が忘れられても女の子を救えればいい
:幼い頃の絵本とか忘れても仕方ないだろ
:……魔法に頼るのはダメだよな
:VTuberはそうだよな
:あるある過ぎて聞いてるのがつらい
:忘れられることが怖いか
:氷室さくら時代も色々あったんだろうな
:三つ子の魂百まで……幼い頃の絵本の影響は大きいよな
:だから人気商売から離れたくなったか
:別人になりたくて
:魔法使いの女の子は自分がどうなるかわかっていたのかな?
:……おそらくな
:VTuber業界は本当に心病む人が多いから
:心無い言葉を投げかけられることも多いしな
:推しは推せるときに推せ
:至言
:勝手な話だけど昔見ていたVが引退すると悲しいもんな……自分から離れたのに
:その場にとどまるためには全力で走り続けるか
:今が幸せだからか
:執着がないとその場にいようとは思わないよな
:だからアリスのおかげか
:アリスがポジティブに答えるの珍しいな
桜色セツナ:「……よかった。アリスさんにそう言ってもらえて」
真宵アリス:「意外だったかな? 私は普段あまり努力しますとか言わないから」
桜色セツナ:「そうですけど……そうではなくて。アリスさんも今に対する執着がある。それが嬉しいんです」
真宵アリス:「私が執着するのが嬉しいの?」
桜色セツナ:「デビュー配信からずっとアリスさんを追い続けていました。アリスさんの持つ透明な存在感。絵本のことは忘れていた。けれど私の中でアリスさんと魔法使いの女の子が重なっていたんだと思います」
真宵アリス:「さっきもそう言っていたね」
桜色セツナ:「絵本の始まりは、初めての旅に生き生きしていました。でも女の子は物語が進むにつれて希薄になっていきました。存在感はあるのにどんどん淡く透明に」
真宵アリス:「綺麗だけど悲しかったね」
桜色セツナ:「女の子は自分よりも他人を優先した。他人を救うことを優先して、自分が忘れられてしまうことを受け入れたんです。今が幸せでも自分はいつか忘れられてしまう。みんなが幸せであればいい。私は旅人だから大丈夫。そう自分に言い聞かせて、世界と自分の存在を切り離した。だから女の子は透明になってしまった」
真宵アリス:「世界と自分の存在を切り離したから透明になったんだ」
桜色セツナ:「アリスさんも同じです。あの頃のアリスさんからは自分自身に対する執着が見えなかった。今に対する執着がなかった。アリスさんの配信からは這い上がろう。私を見てほしい。真宵アリスという存在をリスナーに覚えてほしい。そんなVTuberとしてあるはずの執着が感じられなかった。アリスさんは自分のデビュー配信の最後になんて言ったか覚えてますか?」
真宵アリス:「あのときは私もいっぱいいっぱいで歌のあとは逃げるように配信を切ったんだよね。一応マネージャから言われた通りには締めたはず」
桜色セツナ:「やっぱりあまり気にしてないんですね。おざなりに『次も見てくれるかわかりませんが、できればチャンネル登録お願いします』と言い残して配信を聞いたんです」
真宵アリス:「そう言ったね。なにかダメだったかな? マネージャーから聞いたお約束のはずだけど」
桜色セツナ:「一応チャンネル登録を呼びかけていますが、あまりにもあっさりしていて逆に怖かったです。アリスさんは本当に執着がないのだと伝わってきました」
真宵アリス:「……そう伝わっちゃったんだ。確かにあの頃をVTuber活動にそれほど執着してないね。ネット冤罪を晴らす。そんな不純な動機でVTuberになってよかったのか悩んでいたし」
桜色セツナ:「私はアリスさんの執着のなさが怖かった。毎回次の配信があるのか心配になっていました。配信で語られていたアリスさんの過去を聞けば納得でしたけど」
真宵アリス:「私の過去? 私の収益化配信のときのこと?」
桜色セツナ:「はい。アリスさんは『まだ子供でいたかった』と言っていました」
真宵アリス:「中学三年生のときのことだね」
桜色セツナ:「中学一年生の電車の事件で、アリスさんの中に大人や社会に対する恐怖心が生まれた。大人になること。社会に組み込まれること。変化を拒んだ。だからアリスさんは自分を社会から切り離して考えるようになった。……少し失礼な話かもしれませんけど、勝手にそう推測しました」
真宵アリス:「ううん失礼じゃないよ。……それに図星かも」
桜色セツナ:「決定打になったのがネット冤罪にさらされたこと。あの出来事により家に引きこもった。自分を完全に世界から切り離したかったから」
真宵アリス:「だから私が透明に見えた?」
桜色セツナ:「たぶんそうだと思います。執着がない。世界に認識されたくない。自分を主張したくない。ただやるべき役割に徹する透明な存在になりたい。アリスさん研究の第一人者として、そう分析してました」
真宵アリス:「……ははは。セツにゃんは本当に私のことを私よりも理解していそうだね」
桜色セツナ:「この一年間ずっとアリスさんを見ていましたからね。子役時代の十年間と比べても濃厚な一年間でした。こんな風に過去の話として、アリスさんと直接お話しできるのが驚きです。一年前の私はアリスさんの存在をそれほど遠くに感じていましたから」
真宵アリス:「デビュー配信は一年前。よく考えるとあのネット冤罪からもまだ二年も経ってないんだ。一年前の私は一年後VTuberをやっていることに驚くかも」
桜色セツナ:「一年前の私達はまだ直接会ってないんですよ。チャットや電話のみのやり取りでしたから」
真宵アリス:「そうだった。……あの頃の私はまだ完全に引きこもってたんだ」
過去を振り返る。
激動と言ってもいい月日を穏やかな笑顔で思い返すことができる。
それが二人の今を語っていた。
:今に対する執着か
:魔法使いの女の子も物語が進むにつれて他者に覚えてもらおうとしなくなった
:自分よりも他人を優先
:そういえば真宵アリスの配信は自己アピールが少ないな
:自己紹介も楽しませること優先で私のことを覚えてという感じがないな
:デビュー配信で同期仲間を紹介するぐらいだし
:そういえばアリスからちゃんとした「チャンネル登録お願いします」を聞いたことないな
:一年前は俺も消えないでと思っていたかも
:もしかしてデビュー配信以外では言ってすらいないのか?
:チャンネル登録の呼びかけは必須だろ……そんなはずは……あるかも
:VTuberだろこいつ
:改めてそう聞くとゾッとする内容だな
:執着心のなさに気づいて必死で真宵アリスを推してた桜色セツナ
:もしかして桜色セツナってすごく健気なのか?
:今更気づいたのか?
:セツにゃんは推し語りが長いだけで一途で健気だぞ
:改めて真宵アリスが儚いは同意
:自分への執着がないから透明か
:そしてやっぱりネット冤罪事件
:二人とも世界から自分を切り離すことで自分を守ったんだろうな
:セツにゃんがアリスさん研究の第一人者なのは間違いない
:自他共に認めるアリスさん教の教祖だしな
:時間の流れが濃厚過ぎる
:一年前はまだこの二人は直接出会ってもなかったのか
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作者からの連絡。
ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。
重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。
絵本の解釈回です。
ちょっとしんみりな説明会なのでインパクトに欠けるかも?
次回で桜色セツナコラボは最終です。
以上、応援や評価★お待ちしてます。
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