第176話 真宵の桜色配信⑥-絵本の朗読会-

 二人で並んで絵本の前に座る。

 どこか古い紙の質感と細かい傷。

 表紙には鮮やかな水彩画のイラストとひらがなで書かれた『ちいさなまほうつかいのおんなのこ』の題名。

 想い出の絵本のページがゆっくりと開かれる。

 桜色セツナの始まりの物語だ。

 配信画面にも絵本のアニメーションが流れ始めた。


真宵アリス:「それじゃあ読むね」


桜色セツナ:「お願いします」


『女の子には魔法が使えました。

 でもお母さんからは使ってはいけないと言いつけられています。

「便利なのにどうして?」

 そう尋ねるお母さんは悲しい表情をします。

「外に出ればわかるわ。たぶん優しいあなたは魔法を使うでしょう。でもこれだけは守って」


【自分のために魔法を使ってはいけない】


 小さな魔法使いの女の子は旅に出ることにしました』


真宵アリス:「冒頭から不穏な空気が流れているね」


桜色セツナ:「そうなんです。子供の頃は旅の始まりぐらいにしか思ってなかったんですけど」


『馬車に揺られてゆらゆらと。

 女の子は初めての外の世界に目を輝かせます。

「お嬢ちゃんはどこに行くの?」

「食べ物が美味しいところです!」

「それはいいね。うちの店のパンとチーズは美味しいよ」

「わぁ!」

「そんなに目を輝かせて。うちに来るかい」

 馬車で知り合ったパン屋のおばさんと仲良くなりました。

 街についた女の子は美味しいパンとチーズに感動します。

「美味しそうに食べるね。よかったらしばらく泊まっていきなさい」

 泊まらせてもらうお礼に女の子はパン屋さんの手伝いをします。

 大人気のパン屋さん。

 大勢の人が訪れます。

 街の人ともすぐに仲良くなれました』


真宵アリス:「私に似ているかな?」


桜色セツナ:「食と言えばアリスさん。人気者と言えばアリスさん」


真宵アリス:「そんなに食い意地張ってない。……あと残念なことにコミュニケーション能力もない」


『ある日街が騒がしくなりました。

「なにがあったんだろう?」

 そこに常連のお客さんが駆け込んできます。

「山火事だ! すぐに逃げなさい! 街まで火が燃え移るかもしれない!」

「なんてこと!」

 外に出ると灰と火の粉が舞っていました。

 そしていつもは緑色の山が真っ赤になっています。

「牛さん達が危ない」

「そんなことを言っている場合じゃない! すぐに逃げないと!」

 山には美味しいミルクとチーズをくれる牛さん達がいました。

 街が燃えてしまうかもしれない。燃えなくてもこの街は終わるかもしれない。

 そんな悲壮感が漂います。

「わたしがなんとかします!」

 女の子は魔法の力に頼ることにしました。

 きっと正しいことだから。


 突然降った優しい雨が山の炎を消していきます。

 牛さん達も無事です。傷も癒しました。

 街は歓喜に包まれます。

「もう大丈夫ですよ!」

「そうだね! 雨が降ってくれた助かったわ!」

 女の子はいつものようにパン屋のおばさんに笑いかけました。

 いつものように。

「それでお嬢ちゃんは誰だい?」

「……え?」

「良かったらうちのパンを食べていくかい? 今日は奇跡が起きたから特別だよ」


 パン屋のおばさんから女の子の記憶が消えてしまいました。

 街の人は誰も女の子のことを覚えていません。

 逃げろと言ってくれた常連のお客さんも覚えていません。いつも頭を撫でてくれたのに。


 魔法の代償です。

 誰かのために魔法を使うと、その誰かから女の子の記憶が消えてしまうのでした。

 お世話になった街の人達は喜んでいる。救えた。救えたことに後悔はない。でも女の子は悲しくなりました。喜びの輪に入れません。

 女の子は街を出ます。

 一人だけの想い出と孤独を抱えて』


真宵アリス:「これは……悲しいね。救われているのに救われない」


桜色セツナ:「透明になってしまう優しい女の子の物語です。最初の街の物語。女の子の旅はまだ続きますよ」


:綺麗な朗読だな

:アニメーション助かる

:素朴で綺麗な絵だな

:アリスはナレーションの仕事とかも行けるのか

:声自体には特徴なくて澄んでいるからな

:透明な存在感ね

:旅の始まりだ

:ワクワク感はないな

:禁忌を学ぶ旅か

:なんで魔女はパン屋のお手伝いをすぐするん?

:ジブリw

:パン屋は日常感出るから街の住人との出会いと交流にはいいんだろ

:アリスは食い意地は張ってないけど食のイメージは強いな

:人見知りだから少し違うな

:唐突な山火事

:災害は突然だから

:牛さん達がステーキになってしまう!

:おいwww

:天候操るとか魔法使いの女の子凄いな

:……え?

:おい……やめろよ

:記憶失っていてもパン屋のおばさんはいい人だな……

:その分つらい

:悲しい話決定

:魔法の代償が重い

:だから透明な存在感か

:まだ続くのか


 女の子を描く水彩が淡くなる。

 一つ目の街では色鮮やかに描かれていたのに、どんどん透明感が増していく。

 最初は旅にわくわくしていた女の子。瞳を輝かせていた女の子の表情が乏しくなっていった。

 それでもページをめくる手は止まらない。


『魔法使いの女の子の旅は続きます。

 楽しい出会いがありました。

 優しさにも触れました。

 世界はとても美しい。

 でも女の子からは笑顔が失われていきます。


 次の街では楽団にお世話になりました。

 歌やダンスを習います。

 見ている人を元気する。

 魔法を使わなくても笑顔にできる。

 お祝いの席で女の子も笑顔で歌いました。泣きながら歌いました。

 街の流行り病を治したから。

 歌を教えてくれた楽団の人も女の子のことを覚えていません。


 次の街も。

 次の次の街も。

 次の次の次の街も。


 女の子を覚えている人は誰もいません。

 世界には悲しいことが多い。

 魔法でも使わなければ救われない。

 女の子は魔法を使うことをやめません。

 お世話になった人達を幸せにできるのだから。

 自分が忘れられてしまってもかまわない。

 そうやって嘘で自分を塗り固めました』


真宵アリス:「絵が凄く凝っているね。最初から比べるとどんどん女の子が淡くなっていく」


桜色セツナ:「幼い頃はそこまで気づきませんでした。ただ悲しくて『なんで皆忘れちゃうの! この子はこんなに頑張っているのに!』って絵本の登場人物に怒っていましたね。女の子が希薄になっていくのは理解していましたけど。こんなに細かく作り込まれていたんですね」


『ある街で病弱な少女と友達になりました。

 少女は領主の娘さん。

 病に倒れて、目も見えなくなりました。

 街の外に出る自由もない。

 だからお父さんの領主様は旅人が訪れると館に招きます。

 そして旅の話を娘に聞かせてほしいと頼むのです。


 魔法使いの女の子は病に侵された少女に聞かせます。

 様々な街で起こった出来事を。

 各地で食べた美味しい物の話を。

 美しい風景を。

 人々の優しさを。

 音楽の素晴らしさを。

 全て女の子だけの想い出です。

 誰も覚えていないのですから。


 少女は女の子のことを気に入り、領主の館に住まわせました。

 女の子も旅に疲れていました。

 人との交流に怯えていました。

 仲良くなることが怖くなっていたのです。

 二人だけのお茶会で旅の想い出を振り返ります。

 いつしか二人は親友と呼べる仲になりました。


 けれど少女の体調が悪化しました。

 もう今夜が峠だと。

 魔法使いの女の子は少女との別れを決意しました。

 

「さようなら。あなたと出会えてよかった」

 

 次の日の朝。

 病気が治った少女は元気に屋敷の中を歩き回っています。

 自分の目で見て誰かを探しています。

 目が見えるようになった。

 世界が明るく広がった。

 自由に歩き回れるようになったのに。

 一番見たかったものが見えませんでした。

 開かれた瞳から涙が流れます。

「どうしたのですかお嬢様? 病気が治っためでたい日に」

「わからない。でも誰かが泣いているような気がして」


 魔法使いの女の子の姿は屋敷にはありませんでした』


:あかん……涙腺が

:アリスの声とアニメーションがつらい

:オフコラボじゃなかったのかよ

:もう朗読劇という作品じゃん

:女の子は頑張っているのに

:お披露目の歌なのに教えてくれた人達が誰も覚えていないとか悲しすぎるだろ

:女の子と周りの温度差がつらい

:女の子は淡く繊細に描かれているのに周りの人の笑顔はハッキリ描かれているんだよな

:嘘で自分を塗り固めたか

:強がるなよ

:もうやめてくれ

:病に侵された少女の時点で……

:一緒に花の香りを嗅いだりお茶会したり

:親友なのに

:やっぱりか

:展開がわかっているのにつらい

:……あなたと出会えてよかったか


真宵アリス:「もうそろそろ最後だね」


桜色セツナ:「続きをお願いします。ここから私がどうしても受け入れることができなかった結末に向かいます」


真宵アリス:「……そっか」


『魔法使いの女の子はもう限界でした。

 心が泣き叫んでいます。

 魔法を使ったことに後悔はない。

 大事な人を救えたのです。

 悔やむことなんてあるはずがありません。


 そんなのは嘘です。


 救えたのに喜べない。

 自分のことがわからない。

 なんのために旅をしているのだろう。

 お母さんの悲しい表情を思い出します。

 魔法を使ってはいけないと言われた意味を理解します。

 そして言いつけを思い出しました。


【自分のために魔法を使ってはいけない】


 魔法を使えば救えるかもしれない。

 自分自身を救えるかもしれない。

 絶対にしてはいけない。

 その言いつけを守れないほど女の子の心は弱っていました。


「……みんな私を忘れないで」


 女の子の口から本当の願いがこぼれました。

 次から次へとこぼれていきます。


「いやだよ……悲しいよ」


 頑張って堰き止めていたのに。

 本当の心が溢れていく。


「笑顔なのに。みんな笑顔にできたのに。一緒に喜べないのはつらいよ。こんなの嫌だよ」


 救えてよかったと思いたいのに。

 ただみんなと笑顔で過ごしたかっただけなのに。


「私のことを思い出して!」


 魔法使いの女の子はとうとう言いつけを破ってしまいました。

 自分のために魔法を使ったのです』


真宵アリス:「……言いつけ破っちゃった。これでハッピーエンドにはならないんだよね」


桜色セツナ:「私も子供の頃にハッピーエンドを祈りました。ううん今もこの話を読むたびに祈っています」


『人々は魔法使いの女の子のことを思い出しました。

 雨を降らせて山火事から救ってくれたこと。

 流行り病を癒してくれた女の子の歌。

 渇いた土地を潤して作物を実らせてくれたこと。

 病を治して再び光を取り戻してくれたこと。

 

 魔法使いの女の子に救われたことを思い出しました。

 そして憤りました。

 なんで忘れてしまっていたんだろうと。

 去り際の女の子の泣きそうな顔を共に思い出したのです。

「探そう! お礼も言っていないのに」

「あの女の子を見つけないと!」

「お願いだから私の親友を見つけて! まだ顔も見たことがないの!」

 色々な街で女の子のことを探します。

 でも見つかりません。

 どうしても見つかりません。

 そして月日が経ち、女の子を探す人も少なくなりました。


 かつて病に侵されていた少女の街で一冊の本がまとめられます。

 本のタイトルは『小さな魔法使いの女の子』。

 病床で聞いた女の子の旅の物語と、色々な街で聞いて回った女の子の活躍が書かれています。

 忘れられないように。


 そして女の子の銅像も建ちました。

 どうしても女の子の顔が見たかった娘の願いを領主のお父さんが聞き届けたのです。

「本当のあなたはどこにいるの? これがあなたの顔なの?」

 病弱だった少女は今も女の子を探して、銅像の前で物思いにふけります。

 その横で旅人の女の子が銅像を見上げました。

「これは誰の像ですか?」

「私の親友の像です。ずっと探しているんですけど見つからなくて」

「そうですか。見つかるといいですね」

「はい。ありがとうございます」

 旅人の女の子と少女はそのまますれ違いました。


 結局、魔法使いの女の子は見つかりません。

 自分のために魔法を使ってしまったから。

 自分で自分のことを忘れてしまったから。

 もう魔法使いでもありません。

 記憶を失い、姿形を変えて、別人として自分を探して旅をしています。

 

 おしまい』


真宵アリス:「バッドエンド……ではないね。誰も不幸にはなってないから。でも苦い」


桜色セツナ:「私はこの結末が大嫌いでした。今も嫌いです。でも共感してしまうところもあって」


真宵アリス:「少しわかるかも。VTuberをやっていると特にね」


桜色セツナ:「邦題では『ちいさなまほうつかいのおんなのこ』が採用されましたけど、英題は『Remember me』らしいです。魔法使いの女の子が最後に使った魔法の言葉です」


真宵アリス:「私を忘れないで。私のことを思い出して。……つらいよね」


:限界か

:後悔ないはずがないんだよな

:みんなを救ってなにも間違えていないはずなのに

:透明な女の子が泣いている

:故郷を思い出しちゃったか

:読み返すと冒頭で泣けそう

:言いつけを破っちゃダメ

:そりゃあ忘れないでと思うよな

:アリスの朗読が聞いていてつらい

:涙腺崩壊してアニメーション見えてないんだが

:見えていてもぼやけているから大丈夫だ

:お前も画面見えていないのかよ

:私のことを思い出して

:とうとう自分のために魔法を使っちゃったか

:みんな思い出してハッピーエンドでいいじゃん

:セツにゃんが祈るのもわかる

:みんな思い出してくれた!

:これはハッピーエンドなのでは?

:あとは女の子を見つけるだけ

:ああ……

:絶対横にいるじゃん

:なぜわからない

:自分に魔法を使うと自分で自分のことを忘れて別人になるのか

:魔法を失ってもう忘れられることはないかもしれないけど

:これはつらい

:……誰も不幸な結末になってないからバッドエンドではないか

:ビターすぎる

:桜色セツナが嫌った理由もわかる

:うわぁ……VTuberだからって言葉が重い

:英題だと『Remember me』か

:私のことを思い出して……切実だな


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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 この作品は毎週金土18時に1話ずつ、週2話更新を目指しています。

 来週は3/10(金)一話更新 3/11(土)一話更新となります。


 今回は絵本の朗読回でした。

 次週からはこの絵本の解釈と桜色セツナの想いと真宵アリスとの関係について。

 今週から桜色セツナ回の本番です。

 少し重い話かもしれませんがお付き合いください。

 この後はまた弾けますから。

 桜色セツナ回が重めで純粋な話だから、第六章は他を明るくしてバランスを取りました。


 この作品はVTuberモノです。

 絵本の内容は隠喩も含められています。

 また完全オリジナルの作中作なので元となる絵本は実在はしません。

 次週の内容に触れますがVTuber関連で二つ書いておきます。


『引退されると悲しい』

『推しは推せるときに推せ』


 以上、応援や評価★お待ちしてます。

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