第175話 真宵の桜色配信➄-二人のデビュー-

 ジェラートはいつの間にか消えた。

 溶けたわけではない。

 あっさりとした軽い口溶け。話している間になくなってしまったのだ。

 食べ過ぎてしまった人の気持ちが少しだけわかる美味しさだった。


桜色セツナ:「アリスさんのデビュー配信。冒頭から色々な声を出していましたよね」


真宵アリス:「うん……あのときは緊張もしていたからね。自分を出すのが怖くてリスナーの皆の反応をうかがってたかな」


桜色セツナ:「衝撃的でした。色々なタイプに切り替わるアリスさんの声が」


真宵アリス:「そう? セツにゃんもできるよね」


桜色セツナ:「演じることはできます。でも、あんなに綺麗に切り替えることはできない。どんな声を演じても私の色が残ってしまう。私がそういう演技を始めたんだとわかってしまう。それなのにアリスさんのアフレコは別の誰かが登場したんだ。そう感じたんです。透明な存在感はそのまま。色だけが変化していく。そこにいるとわかっているのに、演技を通して本人の存在が見えない」


真宵アリス:「うーん……自分ではわからないかも」


桜色セツナ:「ですよね。私とリズ姉とミサキさんのアフレコをしているときはもっと顕著でした。普通ならばただに声真似。けれどアリスさんは違った。自然だった。上手いだけではない。アリスさんは透明だから、私達の色にも染まることができた。私達の色に透明な存在感が加えられたんです。だから本物よりも真に迫っていた。そのおかげで私たちの登録者まで増えました」


真宵アリス:「それは皆の魅力が伝わっただけだと思うよ。魅力がなければ真似ても魅力的に聞こえるはずないし」


桜色セツナ:「ありがとうございます。ただその伝わってきた私の魅力が問題でした。アリスさんのアフレコで私は桜色セツナを見つめなおしたんです。あのときは氷室さくらが桜色セツナを演じていた。なにもかもが中途半端。整っているのに歪だった。アリスさんの像は見えない。それなのに私の像は氷室さくらと桜色セツナで二重にブレてましたから」


真宵アリス:「私はセツにゃんも緊張するんだと解釈してた……かな?」


桜色セツナ:「やっぱりアリスさんにも私が二重に見えていたんですね」


真宵アリス:「そうかも。氷室さくらちゃんを残しながら桜色セツナを演じるイメージだったし」


桜色セツナ:「演じる対象への高い理解力。アリスさんは鏡のような人です。だから余計にアリスさん本人の像が分からない。デビュー配信の最後も逃げ出すように終わってしまったし」


真宵アリス:「……逃げ出すように。あのデビュー配信の最後は失敗したと思ったから、本当に逃げ出すつもりだったかも」


桜色セツナ:「最後のときだけアリスさんの本質が見えた気がしました。繊細なガラス細工のような心。透明なのに輪郭がキラキラ光って。けれどすぐに歌声が全てを洗い流した。残ったのは真宵アリスとは一体何者なのか。正体が分からない不安。強烈な存在感は心に残っている。それなのに本人の輪郭がつかめない。怖かった。本当に次回の配信が行われるのだろうか? だから何度も何度もアリスさんのデビュー配信を見返しました。このまま消えないで。そう祈りながら見返しました。存在を確認したかった」


:アリスのデビュー配信は色々と強烈だったな

:フライング配信からのロボット音声

:そして下剋上www

:あれでワイヤレスイヤフォンをスイッチ押す回数間違えて一度社会的に殺されたのが懐かしい……あれからもう一年か

:推す!

:お前ら仲いいなw

:デビュー配信から一人七役で配信してたっけ

:あのころと比べるとずいぶん落ち着いたな

:落ち着いたか?

:すまん……勘違いだ

:本人はちゃんと無害で大人しい小動物を装っているだろ

:装ってはいるな

:世界に反逆を目論んでいる暴走型だしな

:なんでこいつ大人しいのに破天荒なんだ?

:透明な存在感か

:セツにゃんの言っていることはわかるかも

:切り替えが自然過ぎて違和感ないもんな

:本物よりも真に迫るか

:透明な存在だから演技すると相手そのものになると

:桜色セツナの口から聞くとやっぱり真宵アリスは凄いんだな

:セツにゃんの口からだとアリスさん凄いとしかわからないから新鮮だ

:どちらも同一人物だが?

:そっか……同一人物だったな……桜色セツナも凄いのが今わかった

:これも演技論?

:真宵アリスのデビュー配信の最後はそうだった

:圧巻の歌声に呑まれたな

:消えないで……わかるかも

:だから真宵アリスは儚いか

:それがセツにゃんの真宵アリス推しの始まりか


桜色セツナ:「実は今日アリスさんに見せたいものがあるんです」


真宵アリス:「なに?」


桜色セツナ:「実は幼い頃に私が好きだった絵本です。先日発掘しまして。『ちいさなまほうつかいのおんなのこ』という作品です」


真宵アリス:「『ちいさなまほうつかいのおんなのこ』……ごめん知らないかも。それに発掘って?」


桜色セツナ:「マイナーな絵本ですからね。恥ずかしながら私も存在を忘れていたんです。とても大好きで。でも結末が気に入らなくて大嫌い。そんな大事な想い出の絵本なのに」


真宵アリス:「なんか複雑だね」


桜色セツナ:「複雑です。私が子役になったきっかけ。私の初心。私の始まりの物語。途中までは大好きだった。結末だけがどうしても気に入らなくて大泣きしました。なんで? なんでそうなるの? どうしてこの女の子は救われないの……優しいのに……こんな頑張ったのに。そう泣きました」


真宵アリス:「ハッピーエンドじゃなかったんだ」


桜色セツナ:「バッドエンドでもないですけどね。結末は最初から示唆されていてビターエンドです。アリスさんは『幸福な王子様』という話を知っていますか?」


真宵アリス:「煌びやかな王子様の像がツバメにお願いして、貧しい人に自分の装飾を配るお話だよね」


桜色セツナ:「はい。そして最後はなんてみすぼらしい像だ! と破壊されてしまいます」


真宵アリス:「あれもなんか嫌な終わり方だよね。最後に魂は救済されるけど」


桜色セツナ:「あの終わり方は救済するためではなく、人間は愚かだと皮肉を言うためですからね。調べてみたらこの絵本の作者は『幸福な王子様』が嫌いでこの絵本を描いたみたいです」


真宵アリス:「それなのにビターエンドなの?」


桜色セツナ:「ビターでした。私が主人公の女の子を救いたいと願うほどに。私はどうしても女の子を救いたくて魔法使いになりたかった。気づけば実写の魔法少女のオーディションにいて子役生活スタートでしたけど」


真宵アリス:「本当に始まりの物語だ」


桜色セツナ:「いつしか忘れていた私の始まり。忘れてしまったから、一度ダメになったのかもしれませんね。実はこの絵本の主人公がアリスさんに似ているんです。先日まで絵本のことは思い出せていませんでした。でも確かに似ている。姿形ではない。透き通った存在感が私の心を揺さぶってくる。先日この絵本を見つけてときに『この絵本だったんだ』と驚きました。今日はぜひアリスさんに読んでもらおう。そう思って持ってきたんです」


真宵アリス:「そっか。じゃあ一緒に読もうね。セツにゃんの想い出の絵本」


桜色セツナ:「はい! 結末はビター。でも今の私達にも響く内容です! いいお話なんです! 私も読み直して少しだけ印象が変わりました。やっぱり最後は救われてほしいと願いましたけど」


真宵アリス:「ビターは嫌だけど楽しみ」


:絵本か

:ちいさなまほうつかいのおんなのこ?

:知らないな

:好きで嫌いか

:桜色セツナの始まりの物語

:なんというかこの二人日常会話のはずなのに引き込まれる

:感情表現や抑揚の付け方が上手いからな

:幸福な王子様か

:また皮肉屋の話を

:ビターエンドか

:主人公の女の子を救いたいか

:それで子役として魔法少女になったのか

:マジで始まりだ

:その主人公がアリスと似ていたか

:もう運命だな

:今日はオフコラボ回だよな……この二人の休日が凄く濃い


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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 感想欄で言い当てられてしまった真宵アリスのパーソナルな能力の話ですね。

 透明な存在感。一人で何役もできる。名前を変えると本人と判別されない。でも印象には残る。真宵アリスの特殊能力です。気配が読みにくいのもそうですけど。


 次話は絵本の内容の本番です。

 桜色セツナの始まりと真宵アリスと重ねたわけ。そしてVTuberという職業について。


 応援や評価★お待ちしてます。

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