第170話 桜色セツナの始まりと好きになった理由-セツにゃんside

 桜色セツナに転生してから一年が経とうとしている。

 濃厚で濃密な一年だった。

 私の人生の中でも一番濃かっただろう。

 子役デビューという割と波乱万丈な人生の中で一番だ。

 ただ濃いだけではない。彩りも豊かだ。

 自分が変わったことを自覚できる一年だった。

 成長を実感できる一年だった。

 なにより素敵な出会いの多い一年だった。

 夢のような一年ではない。

 正夢の一年だ。

 私は約一年前の収益化配信で宣言していた。


『私はアリスさんから夢ももらっていたんです』


『虹色ボイス所属の三期生VTuber桜色セツナは私の夢です』


『夢みたいな今にとどまるために全力で走り続ける』


 宣言通りの素敵な一年だった。

 もちろん私も変わるために努力した。

 今までの人生はなんだったんだろう。そう思うぐらい真剣に自分の演技とも向き合った。

 あのときの座右の銘は今も胸に深く刻まれている。


『It takes all the running you can do, to keep in the same place.』


『その場にとどまるためには全力で走り続けなければならない』


 私だけではない。同期の皆も走り続けている。先輩方も事務所のスタッフもかつてのライバルも皆が必死に走り続けている。

 氷室さくらはいつしか走ることをやめてしまっていた。でも桜色セツナは走り続けている。全力で走り続けている。

 今にとどまるために走る。それは今の自分に執着があるからできることだ。自分に執着がなかったから、氷室さくらは足を止めたのかもしれない。

 私は変化を恐れない。成長しなければ置いて行かれてしまう。特にアリスさんは速い。置いて行かれないようにするのが精いっぱいだ。


 最近も後悔した。

 まだ早い。そう言い訳して歌に本腰を入れていなかったことを悔やんだ。

 アリスさんの歌の実力は知っていた。その影響力はアニメ主題歌のときに理解させられた。アニバーサリー祭でたった一人で歌うアリスさんを誇りに思った。


 でも置いて行かれた気がした。


 まだ足りない。

 もっと。もっと。もっと。

 そうやって自分を駆り立てても、急には上手くならない。

 ついに月海先生からアイアンクローを食らった。

 かなり痛かった。アリスさんや碧衣リン先輩は優しい先生だと言っていたが、たぶん同じ天才型で波長が合うから怒られないのだろう。

 月海先生は大事なモノを守るためならば体罰も辞さない。大切なモノとは教え子の喉や心だ。

 

『喉を大切にできないなら今すぐ歌のレッスンなんかやめろ』


 真っすぐに怒られた。

 とても怖くてとても優しい。それがわかるから従ってしまう。逆らって今後のレッスンを断られたくなかった。

 そんなわけで過密気味だったレッスンスケジュールに空きができた。


「……三つ子の魂百まで。だから私はアリスさんに惹かれたのですね」


 私は私の始まりを見つけた。

 空いた時間に部屋のお片付け。そんな名目で自分の過去を掘り返していた。

 きっかけは三期生の連続ペアコラボ配信の第四弾。

 桜色セツナとリズ姉の禁断の前世トークコラボ配信だった。

 リズ姉が未成年の私を前にして『これ配信していいの!?』と叫ぶようなカオス回だった。

 私は楽しめていたがリズ姉は力尽きていた。

 なんど『もう殺して』というリズ姉の声を聞いたか。

 リズ姉の親族のゲーム会社さんがここぞとばかりにデータ提供してくれたのも大きい。画面が全面モザイクに包まれることもあった。でも実はモザイクは演出だ。そこまで過激でセンシティブな内容はなかったはず。

 ただリズ姉の前世の音声データは全てカットされていた。


 そしてこの配信で衝撃の事実が判明した。

 どうやら私の前世である氷室さくらは禁断扱いだったらしい。

 少なくともリスナーや世間はそう解釈していた。

 理由は桜色セツナが氷室さくらに辛らつだから。誰にでも触れてほしくない過去はある。知らぬ間に配慮されていたのだ。

 確かに配信でこき下ろしました。

 封印したい過去と受け取られても仕方がない。

 いや実際に一年前の自分は忌避していたのかもしれない。

 前世である子役時代の知名度に頼ろうとしていたくせに、転生したのだからと忌避するなんてなんと浅ましい。

 これだから氷室さくらはダメなのだ。

 ……なんて言っていたから、周りから禁断トーク扱いされるのですよ。

 反省です。


 禁断前世トークコラボ配信では氷室さくら時代のことがスラスラと語れた。

 自分でも驚くほどに客観的に。でもちゃんと面白く聞こえるように。

 配信を見てくれたリスナーには忌避していないと伝わっただろう。

 自分の過去は自分だけの武器になる。

 そう再認識した。

 ただ残念なことに過去は遡るほどおぼろげになる。雨宮ひかりさんが関わる内容はよく覚えていたのだが。

 そんなわけでもう一度自分の過去を学びなおすために、子供のころの思い出を掘り返していた。

 その結果、見つけたのはアリスさんに惹かれた理由。

 なぜ初対面で結家詠という一つ年上の少女に執着したのか。

 その原因がわかってしまった。


「我ながら単純です。存在から忘れていたのに執着していたなんて」


 初対面はグループ電話。

 正確には会ってはいない。アリスさんもあのときはまだアリスさんではなかった。結家詠さんだ。約一年間引きこもり。前評判は当然よろしくない。

 リズ姉もミサキさんも気を使って接していたと思う。

 結家詠さんは口数は少なく、自らあまり発言しなかった。ただ聞かれたことは綺麗に整理されて返していた。引っ込み思案だが、とても頭がよくて素直な人。

 アリスさんには絶対に言えないが、第一印象はあまり良くない。人間として好印象だったが、同業者には不適格だ。

 私は自分でも不思議なほど結家詠さんの存在に懐疑的だった。同じ三期生として不安視していた。それは結家詠さんの過去の経歴からだと思っていたのだが。


「否定して忘れ去った想いを刺激されたから。これも一目惚れ……でいいのかな? たぶん結家詠さんの持つ独特の空気が怖かっただけ」


 結果としてアリスさんのデビュー配信に全てがひっくり返された。

 たぶんあの配信で私は見つけたのだ。

 忘れ去ったはずの憧れと願いを。

 なぜ惹かれるのはわからない。でも心が揺さぶられて、何度も何度も繰り返しアリスさんを見続けた。

 だから桜色セツナとして転生できた。


「私はこの子を救いたかっただけ。それなのにずっと忘れていたなんて。ダメダメです。氷室さくらがダメになるはずですね」


 手の中にあるのは一冊の絵本。とても古びたボロボロの絵本。

 私と結家詠さんに直接的な過去の交わりはない。

 実は幼馴染だったなどの想い出が掘り返されれば狂喜乱舞しただろう。けれど残念なことにそれはなかった。そもそも住んでいた地域が違い過ぎて交わらない。

 あったのは私が結家詠さんに執着する理由だけ。


 私が子供のころに憧れた優しいヒロイン。

 私が子供のころに救いたいと願った儚いヒロイン。

 私が子供のころにどうしても許せなかったヒロイン。

 ……結家詠さんにそっくりなヒロイン。

 姿形ではない。持っている空気が重なったのだ。


「私が子役の世界に飛び込んだのは魔法少女……ううん魔法使いの女の子になりたかったから。魔法使いになれば女の子を救えると思った。でも私は結局忘れてしまった。あんなに忘れることを怒っていたのに」


 思い出したのは今このとき。

 でも心が救われたのは一年前のデビュー配信だ。

 救ってくれたのは真宵アリスさん。

 アリスさんのデビュー配信のおかげで、私の幼い頃の夢が息を吹き返した。

 子供のころに憧れた世界にようやくたどり着けたのだ。

 私の中の救いたかったヒロインは救われた。アリスさんが救ってくれた。なにもしなかった私の心も救われた。

 そんな大事なことに今の今まで気づかずアリスさんを慕っていたなんて、凄く滑稽で凄く私らしい。


 絵本のタイトルは『ちいさなまほうつかいのおんなのこ』。

 とても儚くてとても寂しい悲劇のお話。

 私の始まりの物語。

 大好きだった物語。

 どうしても救いたかった物語。

 ようやく思い出せた。

 そっと絵本を抱きしめる。

 ヒロインに語りかけるように想いを告げた。


「だから私はあなたが好きです。私の過去を救ってくれたから。私が思い描いた結末を超えてくれたから。私に理想をくれたから。……アリスさん」 


〇-------------------------------------------------〇

 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 タイトル通りのお話です。

 桜色セツナの始まりの物語。

 

 次回から三期生の連続ペアコラボ配信の第五弾。

 真宵アリスと桜色セツナのお泊りオフコラボ回です。

 まったり日常回からの桜色セツナの掘り下げになります。


 前回前々回とかなりふざけていたので真面目な回ですよ。


【自作の告知】

 近況ノートにも書いているのですが。

 カクヨム文芸部公式自主企画 恋愛ショートストーリー募集 テーマ「沼らせ男/沼らせ女」


 コンテストなどではありませんがこんなイベントがありました。

 テーマがテーマです。明らかに女性向け恋愛モノ。

 私に関係ない。そう思ったのですが、女性向け恋愛モノを書いてみました。

 初挑戦です。

 この話と同時公開です。


 タイトル『押しかけ推し活女子と見守り男子』

https://kakuyomu.jp/works/16817330653036830309/episodes/16817330653036898476


 約五千文字で一話のみ。

 女性向けですが『ヲタ恋』とか読める男性は大丈夫だと思います。

 そもそも女性向け恋愛モノになっているのか自信がありません。

 たまの変わり種にどうぞ。

 脇役のはずの妹が一番の苦労人で、一番目立っていて、たぶん一番喋っていて、あと本筋の恋愛と関係なく米津玄師沼にハマってます。


 どうかご一読お願いします。


 応援や評価★お待ちしてます。

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