第157話 虹色に輝くパンダのわびさび
私の目の前にパンダがいる。
パンダはジャイアントパンダでとても大柄だ。
座っているのに立っている私よりも頭が高い。背筋をピンとと伸びている。姿勢がいいパンダは新鮮な感覚だった。
実は本物のジャイアントパンダはジャイアントとつくほど大きくない。
ジャイアントとつくのは、まだパンダが伝説上の未確認生物扱いされていた頃の名残だ。
当時パンダと言えばアライグマ界の暴れん坊レッサーパンダ。その頃はレッサーと下に見られてなかった。二十世紀に入り、本物のパンダが発見されると『マジでいやがった。白と黒の熊だぜこれ』と驚愕され、世紀の大発見と相成った。
それからジャイアントとレッサーに区別されるようになる。
そう考えると勝手にレッサーとか名付けられたレッサーパンダが可哀そうに思えてくる。あと割と美味しいらしい。最近アライグマのお肉が話題になっていた。
さて思考の逃避はここまでにして現実を見よう。
私の前にいるのは直立すれば高さ二メートルはありそうなジャイアントなパンダだ。
場所は虹色ボイス事務所の会議室。他に誰もいない。パンダと私の二人きりだ。部屋にはジャイアントなパンダとメイド服な私の二人しかいない。
あまりにシュールすぎて、アライグマ肉に思いを馳せるほど動揺した。ようやく落ち着いてきたみたいだ。
現実がクラウチングスタートで逃避しそうなシチュエーションだが、これが現実だ。
それにこのパンダは逃げ惑う現実さんを、笑い声をあげながら捕まえることができるほど身体能力が高い。
なぜなら着ぐるみパジャマ先生だから。
本物のパンダならば某国にいずれ返還しなければいけない。別れの日を数えてセンチメンタルになるところだった。
それにしても今日は着ぐるみパジャマ先生でいいのだろうか。本当の顔は見えない。見えるのはつぶらな瞳のパンダだ。この場合は着ぐるみ先生と呼ぶべきなのかもしれない。呼び方にこだわりがあったらどうしよう。
謎が謎を呼ぶ展開に、やはり私はまだ動揺しているのかもしれない。
「急に呼び出して悪かったね。君は男性が苦手と聞いていたので顔を隠させてもらっている。怖くはないだろうか?」
「……大丈夫です。着ぐるみパジャマ先生でいいんですよね?」
「ああ! 名乗るのを忘れていたね。ボクは着ぐるみパジャマ先生と呼ばれている。理由あって名前は伏せているので、気軽にそう呼んでください」
なぜ名前を伏せているのだろう。あと着ぐるみ先生と呼ぶべきかも答えて欲しかった。
でもいい声で言われてしまった。受け入れよう。
パンダの着ぐるみだろうと、寝巻にしているのであればそれはパジャマだ。私のメイド服もある意味パジャマだ。
パジャマである以上、着ぐるみパジャマか着ぐるみかは些細な問題でしかない。
そうやって自分を納得させる。
「わかりました」
「では座ってほしい。場所は向かいの席で大丈夫だから。あまり近づかない方がいいだろうからね」
私の男性恐怖症にものすごく気を使ってくれている。
たぶん紳士だ。紳士なパンダだ。
顔の見えない着ぐるみ。いつもの顔の見える着ぐるみパジャマ。スーツを着たガタイのいい成人男性。この三択ならば、いつもの着ぐるみパジャマ先生の方が落ち着けた。でもせっかくの気づかいだ。パンダの気づかいを無下にすることはできない。
言われるがまま私は向かいの席に着席する。
「本当はいつもの格好にしようか迷ったんだけどね。顔を隠すために動物マスクを被ってね。けれどボクとしたことがうっかりしていた。今日はゴリラの服装で来てしまっていたんだよ。ゴリラはアリス君の闘争本能をあおる。話し合いなら避けた方がいい。事前にそう言われていたにも関わらずだ。失態だったよ」
「さようですか」
確かにゴリラ相手だと好戦的なった可能性は否めない。
誰が助言してくれたのだろうか。
「だからと言って顔を出せば、今度はアリス君の逃走本能を刺激してしまう。困っていたところにこれを見つけてね。うちの部にパンダの着ぐるみがあって助かったよ。選考から外れてしまった試作品だけどね」
「やっぱり着ぐるみ部門なのでは!?」
「着ぐるみ部門? なんのことかわからないけど配信用だからね。まだアリス君にも詳細は明かせないよ」
配信用。
なるほど。配信で用いるのか。そういえば以前遭遇したゲーミング着ぐるみパジャマ先生はスタジオから出て来たところだった。配信で用いるモノであるならば、先端技術部門にあってもおかしくはない。
このパンダの着ぐるみも試作品らしいし、もしかしてこのパンダも先端技術の産物かもしれない。
「あの……もしかしてそのパンダの着ぐるみも光るんですか? ゲーミング仕様に」
「そういえばアリス君にはアレを見られていたね。なら見せてあげるよ」
そう言って着ぐるみパジャマ先生は椅子に座りながら虹色のグラデーションに光り始めた。
実は言及を避けていたが着ぐるみパジャマ先生はゲンドウスタイルだ。
姿勢のいいジャイアントパンダがつぶらな瞳をこちらに向けながらゲンドウスタイルで虹色の輝きを放っている。
こんな光景を見たことがない。
ここで私もメイド服を光らせることができたら、少しは対抗できたのだろうか。
黒と虹色のコントラストが眩しい。
「光るのは白い部分だけ。黒い部分を光らせないことになにかこだわりが?」
「よく気づいてくれた! そこにこだわってゲーミングパンダゼロ号機は作られたんだよ。わびさびという奴さ」
「わびさび……そうですね。趣があると思います」
なぜか千利休と相対した豊臣秀吉の苦悩を想像した。
わびさび。
理解できないから黄金の茶室なんか作ったんだろうな、と。
着ぐるみパジャマ先生が嬉しそうなので話を合わせたが、これがわびさび。
全体がゲーミングに光ると、ずんぐりむっくりした普通のゲーミング熊になってしまう。それが黒を光らせない理由だと思っていたのだが、まさかのわびさび視点だったとは。
「理解が得られて嬉しいよ。しかし黒を光らせないことにこだわったがため、このゲーミングパンダゼロ号機は選考外になってしまった。使用用途に合わないんだ。デザインは気に入っているんだけどね。四肢が光らないのはやはり致命的だった」
「さすがは先端技術部門。色々あるんですね」
「まあね。ちゃんと完成したらアリス君にもお披露目できると思う。あと人伝に聞いたがアリス君は光り輝くメイド服の制作をためらっているとか」
「はい……やはり自分で洗濯できない改造はちょっと躊躇ってしまって。素材を手に入れるのも難しいですし」
「うちから素材を提供できるし、洗濯についての問題も解決できるとしたら?」
「今すぐにでも改造します!」
「うむ。いい返事だ。うちの部に話を通しておこう」
やはり着ぐるみパジャマ先生はいい人だ。
このつぶらな瞳は伊達ではない。ゴリラをリスペクトしているが、パンダはわびさびがあって好きかもしれない。
「さてアリス君の緊張も解けたところで今日の本題に入ろうか。君が演じる『Alice』について。君は不思議の国のアリスについてどんな印象を持っている?」
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