第151話 思い出作り生配信①-珍しく午前からです-
虹色ボイス三周年アニバーサリー祭公式配信から一週間が経った。
一期生の先輩方はいつものスケジュールに戻っている。
私達三期生は大イベントを終えたばかりなのに、もう次のイベントの準備をしなければいけない。もうすぐデビューから一周年だ。
二期生の先輩方は禊だ。
傷心の翠仙キツネ先輩は積みゲーの山に立ち向かっている。
現実逃避もあるが、積みゲー山脈がネタにできない標高になったらしい。最近ずっと二期生全員でのコラボ活動を優先していた結果だ。禊期間はゲームに集中すると言っていた。
睡眠時間を削って黙々と耐久配信。その姿はリスナーから心配されている。……心配されていると思う。リスナーから『ミワちゃんに寝かしつけてもらえ』などと煽られているせいで、寝れていない気がしないでもない。大事な場面で操作ミスが多発しているのだ。
寺送りになった碧衣リン先輩は、滝に打たれて心の洗濯中だ。
音沙汰はないが、今も残念なままだろう。
もしかしたらお寺で悟りを開きながら、シルクスクリーンを極めているかもしれない。
般若心経のシャツで戻ってきたらどうしよう。
黄楓ヴァニラ先輩はリズ姉をお供に電波ソングのレッスン中。
虹色ボイス事務所もアバターの新衣装実装など気合を入れている。
個人的にはすごく楽しみだ。
最近会ったリズ姉の目は死んでいた。なんでも異次元からのサプライズもあるらしい。バックダンサーの癖が強い。毒電波の予感しかしない。果たしてリスナーのSAN値は守られるのか。
退治されてしまった紅カレン先輩は病院送りになった。
配信で呑み過ぎたわけではない。いや……確実に呑み過ぎだが直接の原因ではない。
断酒期間を利用して、一度大きな病院で精密な検査を受けるらしい。事務所からそんな命令が下っていたのだ。
健康診断で異常なしとされる謎を徹底究明するらしい。
事前に病院の予約されていたので、元々そういう計画だったのだろう。相変わらずカレン先輩はそつがない。
次のアニバーサリーに向けて、皆が新たな歩みを始めている。
そんな中、私は土曜日の午前から配信を開始しようとしていた。
いつもと違う時間帯。虹色ボイス事務所の許可をもらっている。
こんな時間からやって人が集まるのか。それはわからないが問題ない。今回は少し特殊だ。
時間も短め。ただのお気楽な配信ならよかったが、鼓動がいつもより早い。緊張だ。今日は顔見知りに見られることが確定している。どうしても意識してしまう。
開始時間を調整したが、特にサプライズや発表があるわけてはない。内容はいつも通り。特定の誰かのための配信はしない。
配信は見てくれるリスナー全員のために。誰かのための特別を作ってはいけない。皆が楽しめるのが大前提。その前提は崩さない。
ライブと同じだ。花薄雪レナ先輩から学んだ言葉。今も心に刻みつけられている。あなたのための特別な配信にようこそ。演者とリスナー。この一対一を全員にやるのだ。
配信では顔が見えない相手に語りかけている。慣れてくると、リスナーを顔も名前もない一つの群体として捉えがちになる。でも私達が相手にしているのは人間だ。顔も名前もある個人だ。群体ではない。
だから一対一を全員に。一人の人間として向き合うことが大切だ。その意識を持って全力でパフォーマンスする。これが花薄雪レナ先輩の教えだと思っている。
頭で考えると難しいが、結局は一期一会だと理解した。あえて特別を作る必要はない。リスナーと向き合う全ての配信が特別だと心に刻みつける。
だから内容はいつも通りの真宵アリスでいい。
(アバター真宵アリスをインストール)
ルーティーンを丁寧に。自分に自分を落とし込む。刷新する。
鼓動が落ち着いた。
輝きを放つディスプレイに目を向ける。
いつもと違う開始時間なのに、すでに待機所には待っていてくれるリスナーがいる。
少し嬉しい。顔見知りに見られているなどの雑念が完全に消えた。
いつも通りの私だ。
さあステージの幕を開けよう。
「やる気充電完了。お仕事モード起動。皆さまおはようございます。アニバーサリー祭公式配信はお楽しみいただけましたでしょうか。先輩方の生き様をこの目で見て、世界への叛逆の意志を燃え上がらせている暴走型駄メイドロボ真宵アリスです。今日は土曜日の午前中からです!」
:おはよー
:本当におはよう
:寝過ごさなくてよかった
:ガチ寝起きです
:アニバーサリー祭マジで良かった
:ウナギのかば焼の天ぷら試した……美味かったぞぉーーー!
:本当にアリスは躍動していたなw
:アサシン……うっ頭が
:一人だけナーフされてハンデを背負わされるアリス
:今年のアリス一人ステージライブもよかったけど来年の三期生ステージも楽しみ
:フィナーレライブはアリスで泣き一期生に見惚れて二期生で腹筋崩壊した
:そして因果応報の禊後夜祭
:アリスは座敷わらしだった
:レナ様キレると本当に怖いのな
:魔王レナ爆誕
:紅カレン死す
:死んではないだろwww
:不死鳥のごと蘇ってわずか数時間の間に二回酔い潰されていたな
:バッカス同士の戦い
:電話吹いたw
:結局最後に勝ったの三期生のバッカス
:なぜか未成年で酒の神になってしまったな
「アニバーサリー祭公式配信を見てくださったのですね。ありがとうございます」
まずはお礼。お礼は大事だ。
待機所のコメント欄でもアニバーサリー祭の話題で盛り上がっていた。見てくれたリスナーが多いのはわかっていた。
わざわざ話題にしたのは、看過しがたい単語の登場が多かったからだ。
「ですが……座敷わらしとか三期生のバッカスとはなんのことでしょうか? 後夜祭に私は出ていません。出番が終わったあとのことはなかったことです。いいですか? わかりましたね?」
念押しで注意する。
ファンアートに座敷わらしアリスが多くなっている。私のファンアートはなぜかセツにゃんに集まるシステムになっている。セツにゃんに直接私のファンアートを送るケースもあれば、セツにゃんのファンアートとして私のイラストを送る奇妙な文化もある。その方がセツにゃんが喜ぶから。
そのセツにゃんから『現在は空前の座敷わらしアリスさんブームです!』と告げられた身にもなってほしい。だいたいリズ姉が悪い。謝ってくれたけど。
後夜祭配信は色々と衝撃的だった。それなのにリズ姉のワンフレーズに食いつく人がなんと多いことか。まったくの謎である。
座敷わらしはいい。よくないけどいい。座敷わらしアリスが和装メイド服だったり、幼児化してたり、部屋の隅で三角座りしていたり、障子やドアからひょっこりしていたり。ことごとく目が死んでいるのは少し気になるけどスルーしよう。
問題は三期生のバッカスだ。
未成年なのに酒の神ってなに!? 一滴も呑んだことないですけど?
後夜祭でミサキさんから電話を受けた時点で嫌な予感はしていた。あの流れの着信には出たくなかった。でも配信で問題が起こってはいけない。カレン先輩が大丈夫か本当に心配だった。あのときは電話に出る以外の選択肢がなかったのだ。
そして案の定ネタにされている。由々しき事態である。
「未成年は法律によって飲酒禁止です。だからバッカスにはなれません。いいですね?」
:楽しかった!
:こちらこそありがとう
:あの日から酒の神に宗旨替えしました
:座敷わらし様我が家にも幸運をください
:アリスが後夜祭に出てない?
:嘘だろ?
:あれだけのインパクト残したのに不参加とかマジ?
:そういえば未成年組はフィナーレライブで終わったか
:酒の神だから治外法権だろ
:だな未成年だろうと関係ない
:真宵アリスは出てないけど三期生のバッカスは降臨したよな
:真宵アリス>魔王化したレナ様>不死鳥の紅カレン
:酒に強いランキング上位三柱だろ?
「全然聞いてくれないだと!? 私は年齢的に高校二年生ですよ。お酒を呑んではいけないんです! わかりましたね? 今日は土曜日の午前ですからね」
真面目に聞こえるように声のトーンを落とす。
ノリのいいリスナーはこれで察してくれるだろう。
「お酒の話題は控えてください。実はですね……今回の配信は私が通っていた高校で流れているかもしれないんです。だからコメントの内容に気をつけていただけると助かります」
土曜日の午前中。
こんな開始時間にしたのは、私の通っていた高校の文化祭が開催されているからだ。案件として仕事は受けていない。ビデオメッセージなど贈り物を残すつもりもない。真宵アリスとしてなにか送ってしまえば、お仕事を受けたことになるからできない。
しかし時間を合わせて、いつもと変わらない配信をすることぐらいは許された。事務所の許可もある。
名前を呼んだり、特別なメッセージは送らない。
数か月しか通っていない高校だ。はっきり言って愛着も未練もない。クラスメートの印象も薄い。いい思い出もない。
でも真宵アリスとして活動しているうちに思ってしまった。
今の私は虹色ボイス事務所の仲間に囲まれている。貴重で楽しい経験をさせてもらっている。まだ一年未満の思い出が宝石箱のように光り輝いている。
だからだろう。高校の思い出に暗い記憶しか残っていないのが嫌になった。
私は積極的に人の輪に入っていくタイプではない。青春真っ盛りな高校生活があったはず。……なんて妄想を抱いていない。
けれど通っていた高校に関して、明るい思い出が欲しくなった。一つぐらいは在校生と輝く時間を共有したくなった。
誰かと楽しい思い出を共有したい。引きこもっていたときの私にはなかった願望だ。
心が成長した証拠だと思っている。
なんでも欲しがり、他人に嫉妬するのは悪いことだ。だが、なにも欲しがらないのも同じくらい悪い。全て諦めているのと変わらない。
ちゃんと自分の願いを自覚する。渇望する。追い詰められる前に足掻く。自分から望まないとなにも始まらない。自分から一歩を踏み出す。
ミワ先輩の言葉を少しだけでも受け止められるようになった。心の器が広がったのだ。もちろん自力で道を切り拓いてきた一期生の先輩方にはまだ遠く及ばない。
それでも私にとって大きな前進だ。
少しバッカスから逃げてみたが、如月沙羅さんはこの配信を見てくれているだろうか。
配信を空き教室でプロジェクター投影すると言っていた。
そして大丈夫だろうか……?
冒頭からいきなり同級生がお酒の神様として扱われている配信だが。
ある意味いつも通りの配信。
けれど高校の文化祭で流れていい内容か甚だ疑問だ。私が飛び込んだVTuberの世界は極めて特殊だと改めて認識させられる。
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