第150話 禊の吞み会後編-虹色ボイスの柱になれ-
そして三十分経過した。
翠仙キツネがテーブルに突っ伏して悶えている。
翠仙キツネ:「……もうやめて……誰かウチを殺して」
白詰ミワ:「キツネちゃんはよほど鬱憤が溜まっていたんだろうね。『なんでもできて皆に認められている人になにがわかるんや』って言われてさ。あれは……傷ついたね」
竜胆スズカ:「あったね。そんなこと」
碧衣リン:「キツネが一番尖っていたとき」
白詰ミワ:「なにが一番傷ついたか。言ったあとのキツネちゃんの表情がもう……ね。後悔と自己嫌悪で泣きそうなのよ。そのあとしばらく避けられるし」
翠仙キツネ:「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーー! 本当に悪かったと思ってますからやめてください」
胡蝶ユイ:「ミワちゃんもあのあと『私が追い詰めちゃったのかな』って凹んでいたよね」
七海ミサキ:「キツネ先輩もそんな時期があったんですね」
黄楓ヴァニラ:「あのときはキツネも『あかん……先輩に失礼すぎるやろ。ウチ事務所辞めるわ』とか相当落ち込んじゃってね。私は必死に引き留めたからね」
翠仙キツネ:「ぎゃあぁーーー! ヴァニラまでなに言い出しとんねん!」
竜胆スズカ:「二期生の間でも色々あったんだね」
白詰ミワ:「避けられているのがわかっているし、しばらく時間が必要だと私も空気を読んだの。露骨に逃げられると私も傷つくし。でも事務所にいると、どうしてもすれ違ったりしてしまうでしょ。だから無意味にお手洗いに行って時間をずらそうとする。でもこういうときに限って、キツネちゃんもトイレに入ってくるわけ。その鉢合わせがもう本当に気まずくてね」
翠仙キツネ:「……死ぬ。死んでしまう」
竜胆スズカ:「どんなに追い詰められていても、キツネちゃんは真面目だからね。事務所の呼び出しをサボったり遅刻したりしないんだよね。遅刻の常習犯だったリンちゃんによく電話をかけていたのを覚えている」
碧衣リン:「うん。一時期は着信履歴がキツネの名前だらけになった。キツネは電話をかけるときの癖があってね。着信は十時ちょうどとか十時五分とか五分刻み。コールはキッチリ一分と決めているみたい」
胡蝶ユイ:「そういうところって性格が出るよね」
:てぇてぇ
:いい感じに全員酒が回ってキツネをフルボッコだな
:フルボッコというか愛されキャラ
:ヴァニラとリンまで参戦した
:尖っているのに事務所には頻繁に顔を出して雑用して
:真面目というか寂しがり屋で他人に必要とされたいタイプかな
:だからミワちゃんもついかまい過ぎちゃったと
:一期生サイドと二期生サイド両方から話を聞けて面白い
:ミワちゃんいい先輩でキツネはなんというか愛い奴
:これは今だから笑い話にできる話なんだろうな
:キツネが事務所辞めようとしたのもマジだろうし
:あー……そういうときのお手洗いは気まずい
:狭い空間だしな
:個室まで数歩が遠いけど生理現象に逆らえないし
:ミワちゃんは入口塞がれているから動けないし
:トイレでお見合い
:碧衣リンwww
:こいつ絶対にわざと出ずに観察とかしてただろw
:コールの時間確認してるってことはそういうことだな
:必死のキツネとマイペースに観察する碧衣リン
:遅刻してる側がそんな余裕を見せるなw
:こっちはキツネを肴にいい酒呑めていいよな
:レナ様とカレンは見ているだけで肝臓が破壊される
:ん?
:カレンどうした?
配信に参加したメンバーも紅カレン達を気にしていなかったわけではない。同じ空間の隣の卓にある命がけ戦場。むしろ気になり過ぎて、必死に意識を逸らしていたぐらいだ。そのしわ寄せでキツネいじりが加速した面もある。
テーブルに急に吐き出したり、突っ伏すならまだいい。紅カレンなら大丈夫と信じていても、あのアルコール度数の呑み合いが致死量だ。最悪ドクターストップも視野に入れている。
そんな戦場にいる紅カレンが急に立ち上がった。
テーブルにグラスを置いたまま、なにも持たない右手を天に掲げて。
目は閉じられていて口元には優しい微笑みが見える。
紅カレン:「わが生涯に一片の悔いなし!!」
翠仙キツネ:「カレン……お前死ぬんか?」
竜胆スズカ:「カレンちゃん!? なぜ世紀末!?」
胡蝶ユイ:「え? え? 医者呼んだ方がいいの?」
紅カレンはそのままスタスタと歩き出す。
あれだけ呑んだとは思えないほど真っすぐによどみなく。
そしてリズ姉に抱き着いた。
リズ姉:「えっ!?」
紅カレン:「リズ姉……あとは頼んだ。私は寝て再起を図る」
リズ姉:「再起……酒くさっ! 匂いだけで酔いそう! なんか前にもこんなことあったけど、どうしてあたしに抱き着くんですか!?」
翠仙キツネ:「これなら大丈夫や。酔い潰れたけど正常にカレンシステムが働いとる」
竜胆スズカ:「カレンシステム? なんで二期生の面々はそんなに落ち着いているの?」
碧衣リン:「カレンは酔い潰れて路上で寝ると危ないことを学んだ。その経験から酔い潰れたときは周りにいる信頼できる人に抱き着いて寝るようになった。これがカレンの自己防衛システム。通称カレンシステム」
リズ姉:「信頼できる人? それはいいんですけど、どうしてあたしなんですか? 他の二期生の先輩方でもいいのに」
黄楓ヴァニラ:「カレンシステムはその場にいる信頼できる人の中で、一番抱き心地がよさそうな人を自動認識してホールドするから。二期生メンバーだけだと私が抱き着かれてる」
竜胆スズカ:「……一番抱き心地がよさそうな人」
胡蝶ユイ:「なるほど……納得するしかない」
リズ姉:「それで納得しないでくれますか!?」
:カレンwww
:なぜ世紀末ラ王伝www
:巨星墜つ
:……三十分の死闘によく耐えたな
:お前はよく頑張った
:ん? カレンの様子がおかしい
:そのままリズ姉に抱き着いたw
:カレンシステム正常起動w
:なんでシステマチックなんだよ
:二期生メンバーの淡々とした解説
:酔い潰れたら信頼できる人に抱き着いて寝るのか
:抱き心地を自動判定www
:その基準ならリズ姉で間違いなさそうw
穏やかな表情で眠る紅カレン。
その体臭は酒臭い。猛烈な勢いで体内のアルコールを排出しようとしているのだろう。かなり酒臭い。
だがその酒臭さは紅カレンの心が折れていないことを示していた。
花薄雪レナは紅カレンの意図を察して、スタスタとテーブルを移動する。
そして黄楓ヴァニラと碧衣リンの肩を叩いた。
魔王レナが宴会に解き放たれたのだ。
花薄雪レナ:「じゃあカレンちゃんの代わりに二人が呑もうか」
碧衣リン:「……え?」
黄楓ヴァニラ:「あ……あの? カレンの代わりって?」
花薄雪レナ:「カレンちゃんは寝て再起を図ると言った。カレンちゃんはまた私の前に立ちはだかる。つまり禊は終わっていない」
碧衣リン:「まだ終わっていない」
黄楓ヴァニラ:「それはわかりました。でも代わり?」
花薄雪レナ:「うん。ずっと見てたけどヴァニラちゃんもリンちゃんも今日はまだ一滴もお酒を呑んでいないよね。ライブであんな歌を演奏したんだから、ちゃんと呑まなきゃダメだと思うの」
黄楓ヴァニラ:「ずっと呑んでますよ?」
碧衣リン:「乾杯のビールからこれで四杯目」
花薄雪レナ:「ん? それはソフトドリンクだよね。アルコール一桁は切り捨てだから」
碧衣リン:「……あっ」
黄楓ヴァニラ:「それは『バッカス―禁酒宣言―』の」
花薄雪レナ:「私はライブ終わりに誓ったの。二期生全員締めるってアリスちゃんに。もちろんカレンちゃんのような無茶はさせないし、キツネちゃんはミワちゃんの獲物だから対象外だけど」
レナ様の宣言に一期生を含めて戦慄が走る。
これはマジだ。
そういえばレナ様が一番ライブに熱心だった。あの本番での奇襲のようなライブに怒っていないわけがない。
特に歌。
せめてアルコール二桁のお酒を呑んでいれば見逃されたかもしれない。歌ったのにアルコール一桁台しか呑まなかったことに怒られている。
花薄雪レナ:「さあ呑もうか。大丈夫。さすがに花酒は出さないから」
黄楓ヴァニラ・碧衣リン:「……はい」
:レナ様来た
:カレン……蘇るのか
:魔王レナの躍動
:ん?
:ソフトドリンク?
:アルコール一桁は切り捨てwww
:まさかレナ様の中で適応されてたw
:ヤバい……あんな歌をするから
:全員締めるw
:レナ様は二期生に割と本気で怒っていたわけね
:虹色ボイスでたぶん一番怒らせてはいけなかった人
七海ミサキ:「やっぱりレナ先輩も顔に出ないだけで、酔ってないわけじゃないんだ」
リズ姉:「ミサキさんどういうこと?」
七海ミサキ:「うん。レナ先輩の親戚の話だけど、全員酔い潰したんだよね。酔ったことがないと言っていたけど自覚がないだけ。ただ呑んでいるだけで全員が潰れるはずないからね。直接的に強要はしない。でも周囲が呑まないといけないような威圧を放ってしまうのが、レナ先輩の酔い方のなのかも。冷静にターゲットを絞っているみたいだけど」
リズ姉:「それはまた厄介な」
七海ミサキ:「カレン先輩はそれを察して、一人でレナ先輩を抑え込んでいた。けれど敗れ去ってしまった」
リズ姉:「カレン先輩……再起っていつまでかかりますか?」
胡蝶ユイ:「だとするとこのままじゃ危険だね。二期生の歌の通りに事態が進行してしまう」
七海ミサキ:「歌の通り?」
胡蝶ユイ:「『バッカス―禁酒宣言―』でアルコール一桁台は切り捨て。次は『女子会カタストロフィ』で周りを酔い潰して、この後夜祭を破壊する。そして最後は」
竜胆スズカ:「『オール・エンド・オールナッシング』……徹夜で全てをなくす。配信の危機だね。……って歌に従って事件が起こるとかどこの金田一かな? ランランも割と酔ってるでしょ。酔うと意味深なことを言いたがるのよね。ミステリーとか好きだし」
胡蝶ユイ:「二期生のバッカスは倒れた。一期生のバッカスは暴走中。こうなったら三期生のバッカスに頼るしかない。ミサキちゃんテレフォンだよ」
七海ミサキ:「三期生のバッカスにテレフォン? ……それってまさか!」
胡蝶ユイ:「この手だけは使いたくなかった。でも私達でレナ様を抑えられる気がしない。酔っ払いの扱いに関してあの子より長けた人はうちの事務所にいないし!」
七海ミサキ:「わかりました。かけますね。もしもしアリスちゃん?」
真宵アリス:『……どうして三期生のバッカスで私に』
七海ミサキ:「よかった。配信を見てくれているんだね。ごめん。面白そうだったからつい」
真宵アリス:『たまにミサキさんは面白さ重視ですよね。まあいいです。事態は把握してます。緊急事態ですよね』
黄楓ヴァニラ:「リンちゃん!? 泡盛のストレートは危険だって言ったでしょ!?」
碧衣リン:「……一度呑んでみたかったから。喉が焼けて寒い」
真宵アリス:『……まずはメニューに二日酔い対策ドリンクがあるので、リン先輩と……呑めるならカレン先輩に呑ませてください。体内のアルコールを処理するには水分と糖分が必要です。たまにお酒で取れるのではと勘違いしている人がいますが、海水を飲んでも喉が渇くのと同じです。特に高い度数のお酒を処理するにはエネルギーが必要なので』
七海ミサキ:「了解」
竜胆スズカ:「メニュー本当にあった。とりあえず予備を含めて四つ頼んどくね」
真宵アリス:『あと酔っ払いは基本的に料理で制してください。ちゃんと料理を食べると量は呑めなくなります』
七海ミサキ:「料理で制す。どんな料理がいい?」
真宵アリス:『ARクッキングで出てきたステーキカレーを注文してください。ライスがあると避けられる可能性があるのでライス抜きで。ステーキは酔っ払いの鈍い舌に合わせて塩コショウ強め。カレーはソース代わりです。呑み会の序盤で香りが強いモノは、酒の風味が飛ぶと避けられる傾向にあります。しかしある程度酔ってしまうと、カレーぐらい強い香りでないと反応を示しません。香辛料の香りで食欲を目覚めさせましょう』
七海ミサキ:「なるほど」
真宵アリス:『あと酔うと欲望に忠実になるので、レナ先輩が反応を示していたウナギのかば焼きバーガーをダブルで――』
花薄雪レナ:「ウナギのかば焼きバーガーダブル!?」
真宵アリス:『――で出すのがよさそうですね……。ウナギのかば焼を天ぷらにせず、焼き直したものを出した方が酔っ払いには効くはずなんですけど。香り的に』
七海ミサキ:「欲望を支配すると。注文しておくね」
真宵アリス:『料理を食べ始めたら、ARクッキングでカレン先輩が出していたシメのおでんラーメンを出してください。酔っぱらうと舌が鈍くなります。でも出汁の旨味と甘みならば美味しく感じやすい。麺は炭水化物ですし、スープまで飲ませれば、お酒を呑もうする衝動が抑えられます。以上です。他になにかありますか?』
七海ミサキ:「大丈夫。ありがとうね」
真宵アリス:『では引き続き配信を頑張ってください』
真宵アリスとの通話が切れた。
思わず互いの顔を確認する面々。
すでに真宵アリスのアドバイスに従って注文は出している。出しているのだが。
竜胆スズカ:「……指示が具体的かつ的確過ぎて驚いた」
胡蝶ユイ:「さすが三期生のバッカス。冗談で言っていたのに冗談じゃなかった」
リズ姉:「さすがアリスちゃん。って冗談で言っていたんですか?」
胡蝶ユイ:「うん……本当は未成年組の声が聞きたくなっただけ」
:勝手に周りが潰れるわけがないな
:それがレナ様の酔い方か
:レナ様が花酒片手に闊歩する吞み会とか潰れる自信がある
:カレンお前は仲間を庇うために!
:いや……あいつは普通に呑みたいだけだろ
:でも復活がしないとヴァニラとリンが……
:まさか二期生の歌の通りにwww
:悪魔組曲
:組曲って悪魔の手毬唄だろwww
:金田一少年と中年の争い
:三期生のバッカスwww
:一期生のバッカス花薄雪レナ二期生のバッカス紅カレン三期生のバッカス真宵アリス(未成年)
:虹色ボイスには酒の神が三柱いるのか
:真宵アリスは虹色ボイスの柱の一人だった!?
:本人出てないところで座敷わらしだったり酒の神だったり
:事前に用意されてい二日酔い対策ドリンク
:酔っ払いは料理制す
:まさかステーキカレーのライス抜きか
:そしてレナ様の鎮静剤としてウナギのかば焼きバーガーダブル
:締めのラーメンまで
:ARクッキングは荒ぶるバッカス(レナ様)を鎮めるための供物だった?
:いや……慣れすぎだろ未成年
:まあ真宵アリスだし
:三期生のバッカスだから仕方がない
:冗談が冗談じゃなくなったw
:継承者真宵アリス>魔王レナ様>覇王紅カレン
:なぜ神拳風にしたw
:バッカスの格付けができてしまったか
:未成年の三期生が頂点に立つのか
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このあと真宵アリスの助言に従い、レナ様の暴走は沈静化。
翠仙キツネがお酒に逃げて泣き上戸になりながら、白詰ミワに謝罪。
復活した紅カレンがレナ様に再戦を挑み、正式に二週間の断酒が決定。
レナ様は事務所命令として飲酒配信禁止となったが、同時に泡盛と花酒でコラボ商品発売が決定。高すぎるアルコール度数から数量限定のプレミア価格で取引されることになる。
など色々とあったが、後夜祭配信は無事に終わりを告げた。
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