第149話 禊の吞み会中編-最期の晩餐-
――カン。
花薄雪レナ:「ようやく来たんだ。遅いからつい『紅華恋』の瓶を空にしちゃった」
甲高い音が配信に響きわたる。
グラスを置いた音。いつもと変わらない表情。口調も荒れていない。
いつも通りのレナ様だ。
お酒の気配を微塵も感じさせない。
だからこそおかしかった。
ほぼ一人で一升瓶を空にした直後の人間がまともなはずがないのに。
白詰ミワ:「そうだ! 遅い! おかげでカレーをやけ食いしちゃったじゃない! なんか種類が色々あってマッサマンカレー美味しかった!」
竜胆スズカ:「カレー!? お酒だけじゃなくすでにカレー一皿完食済みだったの?」
白詰ミワ:「うん……だってレナ様が淡々としたペースなのに、物凄い勢いで呑み始めたし。置いてけぼりにされた。二期生にはライブで騙されるし」
胡蝶ユイ:「ほらキツネちゃん来たから。今日は腹を割って話し合おう」
翠仙キツネ:「えっ!? この流れで?」
竜胆スズカ:「はいはい。席に着く。キツネちゃんはミワちゃんの隣ね。三期生の二人と二期生のリンちゃんとヴァニラちゃんは私達と一緒に避難席。そしてカレンちゃんは……」
花薄雪レナ:「私の隣で好きなだけ吞んでいいから」
紅カレン:「ホント! 呑む呑む。今日は浴びるほど呑む!」
指定された席に十人が着席する。六人掛けのテーブルと四人掛けのテーブルに分かれた形だ。席には冷えたビールジョッキ。常温で食べられる料理はすでに運ばれている。出来立てが美味しい料理に関しては都度注文する形式になっている。
ちなみにお酒は種類も量も潤沢にある。酒蔵との直接契約。注文されるたびに瓶が数秒間広告代わりに瓶とメイカーと価格が表示される形式を取っているからだ。そのため大手メーカーのお酒や大量生産品よりもマイナーな品目が多くなっている。
竜胆スズカ:「それでは本日はお疲れ様でした! 今から後夜祭スタートです。禊の必要のある二期生も今日は全てを忘れて呑んで騒ぎましょう」
胡蝶ユイ:「ミワちゃんとキツネちゃんだけではなく、私達も普段話せない昔の苦労話とか話すね。三期生は遠慮せず相談事などあったらしてね。あと二期生は後夜祭で委縮とかしちゃだめだから。あの手の歌は後夜祭でやるべき! それでは乾杯するよ! せーの」
全員:「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」
:ついで一升瓶が空になるんだ
:レナ様にも置いてけぼりにされたミワちゃん
:いやミワちゃんは賢いからレナ様から距離を取っただけだな
:なるほど危険回避でカレーを食べたのか
:マッサマンカレーは美味いな
:カレンは危険とわかっていても酒からは逃げない呑んだくれの鑑
:席が禊の島とそれ以外の島で分かれた
:ようやく乾杯か
:安心と安全と安定のパンダコンビ
:うん……後夜祭ですべき内容だったな
:かんぱーい!
:乾杯
:乾杯(すでに空の一升瓶が転がっているが?)
:ここまで呑んでなかったんだな……一升瓶消費済みで
白詰ミワ:「二期生の皆は立派になったね」
翠仙キツネ:「は、はい! ありがとうございます。あいつらは自慢の仲間です」
白詰ミワ:「そうだね。いい子達だよね。元々光るモノがあった。少し空回りしているところがあって、人気が出るまで時間がかかったけどね。性格も能力も努力も成長も疑ったことはなかった。キツネちゃんは特にそう」
翠仙キツネ:「ウチですか? 皆と比べたらウチなんか全然ダメダメで。演技も歌も上手くないし」
白詰ミワ:「その辺りはできる人がすればいいだけだから。私だって純粋な演技力だとリンリンランランには敵わない。あの子達は華があって主役も脇役もできるからね。私は三番手辺りで華がなくて目立たない役どころが多いし。歌唱力に関してもレナ様に敵う気がしない。レナ様はシンガー一本で活動する話もあったぐらいだしね。でもストーリー性が伝わりやすい今の活動の方が好きだから、ずっと配信にも出ているんだよ。演技や歌で比べたら私が一番ダメダメなの」
翠仙キツネ:「それでもミワ先輩は全体的上手いですよね。演技でも重要な役どころができるし、歌もソロパートできる。ウチと比べたら」
白詰ミワ:「私と比べたら……か。そういうところは相変わらず自信がないんだ。少し懐かしくて安心したかも。キツネちゃんは真面目だし、頭の回転が早いよね。理解力と状況把握力に長けている。だから切り返しも的確で早い。言葉選びも上手い。我が強いタイプじゃないからちゃんと相手の話を聞く。相手が話しやすい空気作りができる。全体的に間の取り方が上手いよね。ずっと前からキツネちゃんは絶対に配信向きだと思ってた」
翠仙キツネ:「……そんなに褒めてもらえると思ってませんでした」
白詰ミワ:「もう少し自信を持って前に出てほしい。私はずっと勝手にそう思ってた。それでつい色々と口を出しちゃって、キツネちゃんに嫌われたし」
翠仙キツネ:「嫌ってなんてないです! ミワ先輩にはいつも気にかけてもらって足を向けては寝れない存在というか」
白詰ミワ:「でも避けられていたし」
翠仙キツネ:「うっ……それは自分が情けなくて」
白詰ミワ:「だって響かないし」
翠仙キツネ:「響か……休憩時間の会話聞いてたんですか!? あれは真っすぐすぎてウチが受け止めきれないだけで」
白詰ミワ:「すっかり立派になったと安心したら、ライブで不意打ちされて騙されるし」
翠仙キツネ:「……それに関しては悪かったと思ってます」
白詰ミワ:「そんなわけで今日はリスナーの皆とお酒を呑みながら、潤沢にある事務所内での可愛いキツネちゃんの反抗期列伝を語り尽くしたいと思います! 皆! ついてこれるか! まずは初めて事務所を訪れたときから。人見知り全開なキツネちゃんエピソードを公開!」
翠仙キツネ:「えっ!? ちょっと待って! いきなりなに言い出してんのミワ先輩!?」
白詰ミワ:「面接の日。事務所の前で何度もスマートフォンと看板を確認しながら行ったり来たりする。なかなか中に入ろうとしない。そんな挙動不審な姿に声をかけたのが、私とキツネちゃんの出会いだった」
翠仙キツネ:「本当に始めた!? しかも最初の出会いから!?」
:一年前と比べて二期生は本当に立派になったな
:一期生のおまけ扱いから大躍進だからな
:歌や演技はまあ
:そういえばミワちゃんも演技では三番手で歌では二番手か
:一期生の中でそれは十分凄くね?
:オールラウンダーミワ
:確かに主役は少ないかも
:でも必ず主人公の周りにいてほしいし潤滑剤の役割になること多いよな
:売り出し中の新人が主役に据えられたアニメのサブキャラで安定剤として呼ばれることが多かった印象
:さらりと出るレナ様のいい話
:ミワちゃんとレナ様も長いよな
:ラジオでレナ様が無茶振りしまくる「ミワちゃんに任せておけば大丈夫」とかいうコーナー好きだったな……本当になんでもできちゃうミワちゃん
:キツネのことめっちゃ褒めるやん
:べた褒め
:キツネのトークはわかりやすいと思っていたけど間の取り方が上手いのか
:相手の話をちゃんと聞いてから的確に面白く返すタイプ
:昔から才能を見抜いていたんだな
:過干渉になって避けられたと
:響かない? 休憩時間?
:知らない話だけどなんか言いたいことは分かる
:つい正論を言ってしまうミワと受け止められないキツネか
:可愛いキツネちゃんの反抗期列伝www
:潤沢にあるのかw
:ついていくぞミワちゃん!
:絶対についていく!
:一気に明るくリスナー向けに勢いづいたな
:なんというかさすがミワちゃん
:キツネの禊は面白く終われそうだな
:レナ様とカレンはなんというか酷いな……普通なら死人が出る
花薄雪レナ:「ねえカレンちゃん。酔うってどんな感じなのかな」
――コクコク。
紅カレン:「そうですね。全身から応援されている感じですね。力が漲ります」
――ペロペロ。
紅カレンは恐怖した。
舌と口と喉が焼ける感覚。呼吸を大きくしないと、体内で揮発したアルコールにむせてしまう。口に含む量をほんの少し間違えただけで気を失う。
呑み比べと言われたが、これは呑み比べではない。
双方がグビグビ呑み合い、ついていけなくなった方の負け。呑んだ量を競い合うのが一般的な呑み比べだ。
けれどレナ様が最初に宣言した。「私は適当に呑み続ける。プライドが折れるか、潰れたら負けを認めてね」と。
そこから死と隣り合わせのチキンレースが勝負が始まった。
アルコール度数四十以上の泡盛のストレートで。
酒の種類に指定はない。違うモノを頼んでもたぶんルール違反ではない。せめて水割りで。そんな風に逃げたくなる。けれど泡盛の古酒を水割りにするのはもったいない。古酒はストレートが正しい呑み方だ。
それに勝負内容は呑んだくれのプライドだった。相手と違うお酒に頼むのか。正しい呑み方から逃げるのか。それでプライドが守れるのか。答えは否である。
だからアルコール度数四十以上の泡盛のストレートを呑み続けるしかない。
たとえ圧倒的に量やペースで負け続けて、心が折れそうになっても選択の余地がないのだ。
花薄雪レナ:「うちの実家はお正月に親戚一同集まって大宴会をするんだよね。私も成人してからお正月の大宴会で初めてお酒を呑んだの」
――コクコクコクコク。
紅カレン:「そういうのいいですね」
――ペロペロ。
花薄雪レナ:「私は呑んでも顔色変わらないでしょ? すると勘違いした親戚のおじさんに絡まれて、どんどんお酒を注がれるわけ」
――ゴクゴク。
紅カレン:「それで強くなったんですね」
――ペロペロ。
花薄雪レナ:「んーどうだろ? 初めて呑んだのがお正月の宴会だったんだよね。そこで親戚全員を酔い潰して、救急車を呼ぶことになったから。それから親戚で私はお酒を勧める人はいないし」
――ゴクゴクゴクゴク。
紅カレン:「……病院送り」
――ペロペロ。
花薄雪レナ:「まあたぶんだけど。本土の人にもウチナーにも、お酒の呑み比べでは負けらんよ」
――ゴクリ。
花薄雪レナ:「この瓶も空になったね。じゃあ次からが本番の花酒に行ってみよう。私好きなんだよね。だって花酒だよ? 名前が可愛いよね」
紅カレン:「花酒……花酒ってあの花酒!?」
花薄雪レナ:「どの花酒かわからないけど花酒は花酒だよ。はいカレンちゃんもどうぞ」
紅カレン:「わかりました」
紅カレンは恐怖した。
珍しいお酒をストレートで呑める機会に歓喜しながら恐怖した。果たして配信的に大丈夫だろうか?
さすがに花酒のストレートの痛飲はしたことがない。
呑む呑めないの問題ではないのだ。生きるか死ぬかの瀬戸際である。だからと言ってお酒から逃げる選択肢はない。喜んで呑むのだが。
アルコール度数六十以上。ここまで高くなると法的な意味で泡盛を名乗れなくなる。そんな度数のスピリッツが花酒だ。なお原料や製法に違いはない。
後夜祭の料理が別スタジオでよかった。料理が焼肉や鍋でなくてよかった。
泡盛のアルコール度数四十ですでに簡単に火がつく。花酒のアルコール度数六十は置いているだけで火が近くにあると燃える。下戸の人は近づいただけで倒れるかもしれない。
そんな取り扱い注意の花酒がグラスに注がれていく。
紅カレン:「……私は今日……死ぬんだね」
花薄雪レナ:「ん? なにか言った?」
――コクコク。
紅カレン:「楽しいなと。最期の晩餐です! もっと盛り上がっていきましょう!」
花薄雪レナ:「カレンちゃんらしくなってきたね! さあ呑もう」
:酔うことを知らないレナ様と常に酔っている紅カレン
:カレンは酔っている方が漲るのか
:思ったよりも大人しいな
:泡盛のストレートが尋常じゃない速度で消費されていくんだが……
:これが大人しい?
:レナ様がヤバい
:泡盛の消費メーターが可視化されているのは面白いと思ったけど今や恐怖しかない
:カレン無茶しやがって……一定のペースでずっと呑み続けてる
:そのカレンにダブルスコアの消費量で圧倒しているレナ様
:近くを通っただけで人が倒れる空間
:それ揮発したアルコールにやられているだけでは?
:アルコール度数四十の恐怖
:レナ様親族全員強そうだな
:その全員を潰して病院送りにしたレナ様
:レナ様沖縄県出身だったのか!?
:ウチナーにも負けらん言っているから本島ではなく島出身だな
:与那国?
:どこの島かはわからないけど
:花酒!?
:花酒ってなに?
:アルコール度数六十以上の危険物
:死んだ
:カレンwww
:死を覚悟してまで酒を呑むなw
:どうしてそこで明るくなれる!?
:これが呑んだくれの生き様か
:最期の晩餐覚悟かよ……死ぬなよ紅カレン……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます