第152話 思い出作り生配信②-これでも私は社会人です-

 高校で流されているかもしれない。

 私の言葉にコメント欄の流れが鈍くなる。どう反応すればいいのかわからないのだろう。

 見てくれているリスナーさんにはちゃんと説明しなければいけない。


「実は私が通っていた高校で、今まさに文化祭が行われているらしいんです。別に案件とかは受けてはいませんよ。メッセージを送ったり、現地に行って顔出しなど特別なことはやりません。ただ私は高校の文化祭を一度も経験していないんですよね。そして今後も経験する機会はないでしょう。そのことは別にいいんです。私にとっての文化祭は先日配信されたアニバーサリー祭ですから。最高の文化祭です」


 すでに道は分かたれている。交わることはない。

 少なくともVTuberと高校生活が重なることはない。今が楽しいから問題とは思わない。そんな時間もない。あの頃に戻りたいとも思えない。

 けれど、かつての同級生との楽しい思い出はあってもいいだろう。

 ネット越しならば共有できる。同じ時間を。同じ映像を。同じ言葉を共有できる。

 今の私ならばちゃんと多くの人に言葉を伝えられる。

 家に引きこもっていた頃の私には不可能だった。ネット上で叫んでも誰にも届かない。聞いてもらえない。そんな勇気もない。

 でもVTuberとなった今の私の言葉はちゃんと届くはずだから。


「高校に未練とかはないんです。ただ在校生と共有できる楽しい思い出が欲しいと思いまして。ほら……暗い思い出しかないですからね。今日は私が一方的に配信するだけです。自己満足の思い出作り。それでもいつか『あのときの文化祭の時間に配信してたよね』と思い出話できたらいい。それが今日の配信の趣旨です」


:高校で流れる!?

:ヤバくないか

:今日はアリス叫べないんだな

:うん……酒の話題は控えよう

:未成年向けにしないとな

:アリスは未成年なんだがお前ら普段なんだと思っているんだ?

:バッカス

:アサシン

:世紀末覇者

:座敷わらし

:呑み屋の店長

:お前ら自重しろwww

:アリスがまじめな話をしているのに

:案件じゃないのか

:確かに……高校の文化祭を経験してないよな

:アニバーサリー祭が文化祭か

:そういう観点で見るとなんかエモい

:今度アニバーサリー祭の配信見直そうかな

:ふっ……ぼっちには封鎖された屋上に続く階段に逃げる思い出しかないが?

:涙拭けよ

:はいハンカチ

:ありがとう……今も退避先でこの配信見ているところだったんだ

:お前まさか今日文化祭なの!?

:もしかしてアリスがいたのと同じ高校?

:ノーコメントで……あっ

:なにかあったのか?

:在校生と思い出の共有か

:共有できる楽しい思い出話が欲しいか


「さて今日はなにを話しましょうか? 迷いました。いつも通りの騒がしい配信でもいいんですけどね。やっぱり今日この日のための特別な内容が欲しいですよね? それも高校生向けの。私の同級生は高校二年生です。話を聞くとやはり進路についての悩みが多いみたいでした」


 文化祭らしく一曲歌って終わるだけの配信も考えた。

 しかしそれでは本当に母校の文化祭のために歌っただけになる。さすがに面白くないし体裁も悪い。

 だから同じ年代の全ての高校生に向けての話をすることにした。


「改めて考えると私はすでに社会人なんですよ。社会人! つい一年前まで引きこもりだったのに、一足飛びに働いているんです! 凄くないですか? ここは社会人たる私からありがたい言葉を! ……などと言えればいいのですが、私はまだ未熟です。偉そうに語れるだけの経験がありません。自分の言葉を持っていません。だから周りにいる人生の先輩方から聞かせていただいたお話をさせていただきます。ちゃんと許可も取っていますよ」


 一期生二期生の先輩方だけではない。

 虹色ボイス事務所は多くの人が所属している。元々がVTuberのマネージメント会社ではなく、一期生の先輩方のためのイベント企画会社だったからだ。今ではイベント企画だけではない。会社内でいくつもの部門に分かれて活動している。


 配信やマネージメントを中心とするVTuber部門。月海先生をトップに据えた音楽制作や歌手育成を担う音楽部門。なぜかセツにゃんと仲のいい困ったちゃんなアニメーション部門。新設されたばかりだが、アニバーサリー祭でも活躍した複合現実などの先端技術部門。そしてネット監視と誹謗中傷などの対応を行う法務部門など。


 表に出るのはVTuberとして活躍する私達のような演者だけ。

 けれど様々な案件や大規模なイベントを同時に対応できるのは、裏方として専門分野のスペシャリストが支えているからだ。

 事務所内でイベントやタイアップの企画立案ができる。営業も『虹色ボイス事務所ならば可能です』と提案できる。だからこそ信頼を勝ち得て、多くの企業案件を貰えている。

 虹色ボイス公式配信はリスナーを楽しませるだけではない。企業向けの広告塔も兼ねている。惜しげもなく先端技術を投入した配信を無料公開しているのもそのためだ。

 全てマネージャーからの受け売りだが。


「それではまず明確に夢を抱けている人に向けての言葉です」


:高校二年生かぁ

:進路についての悩みね

:さっきの奴どうした?

:……階段ボッチが二人ボッチになった

:なにやってんのwww

:アリスが社会人!?

:そういやアリスは配信やりながらアニメ出て主題歌も歌ってちゃんとデビューしてんだよな

:マジで社会人じゃん

:アリスのありがたいお言葉!

:……はないよな

:自信満々なアリスはアリスじゃないよな

:くだらないことでしかドヤ顔しない女

:アリスはもっと自信持ってもええんやで

:配信中継している教室は二年生の先輩ばかりで行きづらいんだよ!

:お前高校一年生かよ! しかもやっぱり高校は

:いや先輩がいようとわざわざ階段で見る必要なくね?

:教室は女性の先輩が多いんです

:そりゃあ無理だ

:今書き込んだのもしかして階段組の二人目?

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