第144話 観劇フィナーレライブ-理想のアイドル-

 私の出番はすでに終わった。

 オープニングライブと対になるフィナーレライブ。

 その開幕を告げる私が歌ったのは『アームズ・ナイトギア』のエンディング曲。

 アニメオリジナルキャラのアリスをイメージした曲だ。

 力なき傍観者の視点から廃墟となった街並みを眺める。無力さ。せつなさ。寂寥感。失われたモノへの喪失感。そんな心情をつづった詞。

 けれど今日は本来の曲の解釈とは、異なる歌唱をしてしまった。

 アニバーサリー祭が終わってしまうことへの虚しさ。なによりも楽しそうな他のメンバーへの羨望が歌に乗ってしまった。少し反省しなければいけないが、不思議と充実感はある。

 今までで一番上手く歌えたかもしれない。


 ライブステージからは観劇している三期生の仲間やスタッフの姿がよく見えた。配信画面の映像とコメント欄の反響も把握できた。皆が笑顔で迎えてくれた。

 オープニングライブのときは、自分のことに精一杯だった。だから気づけなかった。

 達成感だけじゃない。喜びと楽しさを噛みしめる。

 ステージからの光景は、こんなにもキラキラと輝いていたんだ。


 今から一期生の先輩方のライブが始まる。

 休む間もない怒涛のステージだ。

 その光景を正面から、三期生の仲間とともに観劇している。

 生のステージとアバターライブの配信画面の同時視聴。ついでにコメント表示付きのモニターもある。こちらはすでにリスナーの愛と熱狂に埋め尽くされて配信画面を見ることができない。

 私はこの場にいる全員の顔を確認する。三期生はもちろん現場のスタッフ一人一人の顔を。


「一期生の先輩方はやっぱり凄い」


 ライブステージに皆が魅入られていた。

 配信画面でもリスナーが魅入られている。コメント欄は大盛り上がり。

 一期生の先輩方はアイドル声優ユニットとしても活躍していた。生の大舞台でのライブも経験している。

 そんな一期生の先輩方もこんなにもアバターが動くライブは今日が初公開。オープニングが一度目。このフィナーレライブで二度目だ。ファンの熱さが画面越しでも伝わってくる。

 もちろん私も魅入られている。


「アリスさんも凄かったんですよ。フィナーレはしっとりして泣きそうになりました。オープニングは大盛り上がりです。歌もダンスも素晴らしくて。ARを含め今回ライブに用いられた技術が最大限に活かされていました。あの衝撃は一期生の先輩方にも負けていません」


「だね。あんなに躍動感ある自由なパフォーマンスを生で見るのは初めてだった」


「歌唱も完璧だった。こんなこともできるんだ。そんな新技術の驚きがあったのに、技術よりも歌に夢中になっていたから。あたし達はもちろんリスナーもね」


「皆ありがとう」


 称賛は嬉しい。でも一期生の凄さは違うのだ。

 今もステージ上から花薄雪レナ先輩にウインクされた。

 ウインクだけではない。視線の流し方。手の振り方。笑顔と首の角度。完璧なアイドルだった。

 メインの配信カメラは、背中合わせで歌う竜胆スズカ先輩と胡蝶ユイ先輩をアップで映している。配信画面に花薄雪レナ先輩は映っていない。

 配信だけのためならば不要なアクションだ。それなのに手を抜かない。どの位置から見ても最高のステージであることを意識している。

 歌やダンスだけではない。全身でライブを楽しんでいるし、全力で見る人全員を楽しませようとしているのだ。


(これが花薄雪レナ先輩の理想のアイドル)


 オープニングの三人ユニットの一員として、私は花薄雪レナ先輩と同じステージに立った。

 練習のときに、いくつか助言をもらっている。

 花薄雪レナ先輩は一期生の中でもライブに特別な思い入れのある人だ。

 その意気込みと熱は凄かった。


『笑おう! とにかく楽しむの!』


『有観客ライブしたことがないアリスちゃんには、想像しにくいかもしれない。でも自分の視界を埋め尽くす。そんな大勢のファンの笑顔を想像してステージに立って』


『ライブは特別なの。常に一対一を意識して。表情はあなたを夢の世界にご招待するために。声はあなたに届けるために。視線はあなたを見詰めるために。あなたのための特別なステージにようこそ! 一対一を観客全員にするのがライブだよ。アニメの台詞だけどね。出演作じゃなくて、私が声優を目指すきっかけになったアイドルアニメの台詞』


 あのときは理解できなかった。

 笑顔で楽しむのはわかる。けれど何千人何万人となる観客全員と一対一で対応するなんて不可能だ。頭の中で否定してしまっていた。

 でも一期生のライブステージを生で見た。


 このステージは特別だ。

 頭ではなく心で理解させられた。


 歌やダンスだけなら追いつけるかもしれない。

 しかし、それだけではここまでステージが輝かない。

 一期生の先輩方には観客の姿が見えている。

 もちろんこの場所にはスタッフと私達しかいない。スタジオもライブ会場のように広くない。それでも配信の向こう側には何万人もの観客がいる。その一人一人の姿を見ている。


 全ての動作に意味がある。常に楽しませるために動いている。手を振る。首を傾げる。笑顔の深さ。目の輝きまで。観客がどう見て、感じて、なにを思うのか。

 観客全員に向けられているパフォーマンス。

 それなのに自分のためだけに向けられたパフォーマンスだ。そんな錯覚を引き起こす。

 観客の心と脳に特別を刻み付ける。

 なぜアーティストとは別にアイドルが存在するのか。

 人の心をつかむための特別な存在。それがアイドルなのかもしれない。

 少なくとも花薄雪レナ先輩が目指す理想はそこにある。

 そして他の一期生の先輩方も花薄雪レナ先輩と同じ理想像を共有している。


 一期生のライブステージがもうすぐ終わってしまう。

 私は隣に座るセツにゃんの手をぎゅっと握った。


「来年は三期生も皆でライブステージに立つんだよね」


「そのつもりです。アリスさん一人のステージも素晴らしい。でも私はその横に立ちたいので。予告したのでまずは『婚姻届はシュレッダー』です。でもそれだけじゃない。アリスさんと私のオリジナル曲を目指しますよ!」


「セツナちゃんだけではなく、あたし達も混ぜてね。まだアリスちゃんの隣で歌う自信はない。だけど歌も楽器も頑張るから」


「だね。楽器演奏の練習は動画のネタにもなるし、私達はもう動いている。安心して待っていて」


「今から来年が楽しみです。でも楽器?」


「あれ? アリスちゃんは聞いてないか。このあと――」


 リズ姉の言葉が音楽終了と共に途切れる。

 一期生の先輩方のライブステージが終わった。

 配信画面の興奮は最高潮。ステージ上では四人が肩で息をしている。

 それでも全員が笑顔だ。達成感。充実感。喜び。楽しさに満ち溢れている。

 まずは竜胆スズカ先輩が口を開く。

 ステージの空気を動かすために。


「みんな! 楽しんでくれた!」


 配信画面がコメント欄の流れが加速する。

 胡蝶ユイ先輩がマイクを引き継ぐ。


「ボクらの全力! 届いたよね!?」


 なぜかイケメンボイスだった。

 嬌声と思われる『ぎゃあーーーーっ!』という書き込みが殺到する。

 次は花薄雪レナ先輩。マイクを受け取ったとき顔を俯かせていた。


「最高のライブができた。私達だけじゃない。二期生も三期生も皆でこのステージに立って、最高のライブが実現できた! できたよね!?」


 顔を上げる。そこに涙はない。花薄雪レナ先輩の真っすぐな笑顔だけ配信画面に映し出される。

 その言葉に応えるように『できた』『よかった』『画面がぼやけて見えねえ』などのコメントが加速する。

 花薄雪レナ先輩のライブにかける想いはファンの間でも有名だからだろう。感極まっているコメントが多い。

 最後は白詰ミワ先輩。


「この三年間、色々なことがありました。上手くいかないことも多かった。特に去年は大変だった。皆も知っているトラブルも起こっていた。でも今は楽しい! 輝いている未来しか見えない! このアニバーサリー祭で皆にも輝きが見えたかな!?」


 コメント欄が決壊した。

 そう錯覚するぐらい流れが早い。

 ちゃんと『見えた』『眩しい』『よく頑張った』と返しているコメントもあれば、言葉になっていない記号が飛び交い、数字の八が大量に流れていく。

 皆一期生の姿を見ている。スタッフの中には泣いている人もいる。もしかしたらリスナーの中にも泣いている人がいるかもしれない。

 文句なしの大成功。

 こうしてフィナーレライブは幕を閉じ――『ちょっと待った!』――なかった。


 画面が暗転し、ライブステージの後ろからスモークが焚かれる。

 逆光で謎の芳ばしいポージングを決めた四人のシルエットが映し出される。

 フィナーレライブにはまだ私と一期生の先輩方しか立っていない。だから正体はわかっている。でもあの見覚えのある芳ばしいポーズはなんだったか。

 絶対に見たことある。喉元で答えが引っかかっている。アレは一体?

 その答えはリズ姉がくれた。


「……まさか本当に特選牛乳隊のポーズで登場するとは。紫のリーダー担当の色がいないから中央が欠けているけど」


「龍玉の特選牛乳隊! ちゃんと立ち位置も先輩方のカラーに合わせてる……芸が細かい」


 スッキリしてよかった。

 隣でセツにゃんがぽかーんとしている。珍しい。

 台本があるのか白詰ミワ先輩がわざとらしく叫ぶ。


「あなた達は……虹色ボイス二期生!」


 感動のフィナーレからの急転。

 唐突に始まった寸劇にリスナーも困惑している。

 ここで更なる混沌を叩き込むのが二期生の先輩方だった。

 配信画面が明るくなり、二期生を代表して紅カレン先輩が悠然と前に出てきた。


 手に一升瓶を持って。

 アバターでも。リアルでも。手に一升瓶を持って。


 銘柄は『紅華恋』。

 名前が雅なルビーレッドの瓶の日本酒。紅カレン先輩と提携した酒蔵とのコラボの萌え酒だ。

 マネージャーによれば淡麗超辛口。

 アルコール度数二十一。ギリギリ日本酒と呼べる代物らしい。それ以上度数が高いとリキュール扱いになり、日本酒を名乗れないとか。度数の割にサラリとした呑み口で進みやすく殺意の高いお酒らしい。味の評価で殺意のワードが謎だった。


 パッケージに描かれているのは、文字シャツ姿の吞んだくれ紅カレン先輩。吹き出しには『吞め!』と一言だけ。吹き出しの通り、販売されている容量は一升瓶から。呑めという圧力が強すぎて、キャラクターコレクションアイテムであることを完全に捨てた販売スタイルだ。


 文字シャツの文字がシリアル代わりらしく、瓶毎に文字が異なるこだわり。携えているのはアニバーサリー祭用の特注品だろう。

 金色の『祭』の文字が光り輝いていた。


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