第136話 未来ARの体験型FPSゲーム⑦-救済のアリス劇場前編-

 開始の合図が鳴った。

 初期配置ですでに陣形は整っている。

 作戦通りオルトロス部隊は中央の広場に陣を敷き、真宵アリスを待ち構える。

 二つの爆弾亀部隊は左右両方から攻め上がり、レーダーで索敵し西側エリアの炙り出しを行う。

 レーダーがあるので奇襲を食らうこともなく、前衛が盾持ちという鉄壁の部隊編成だ。

 負けるはずがない戦いだが、すでに三連敗したアリスちゃん討伐連合軍に油断はない。

 西側エリアに慎重に足を踏み入れた。


胡蝶ユイ:「さすがにこの四連敗はできない。そう考えると緊張する」


竜胆スズカ:「ここまでハンデもらって負けたら。……このあとのイベントはずっとリズ姉がメスガキムーブしなくちゃいけない」


白詰ミワ:「それもアリね」


リズ姉:『えっ!? 私に飛び火した!?』


白詰ミワ:「レーダーに感あり! 十時方向から凄い速さで直進してくる。あそこは高低差あるアスレチックエリアなのに早い。リンリン! コンテナの影だけど行ける?」


竜胆スズカ:「任せて! 進行方向を塞ぐように……グレネード発射!」


 ――パシュッ。


 竜胆スズカがグレネードモードの光線銃を九時方向に放つ。

 フィールドの端を一気に直進し、東側エリアに抜けようとしていた真宵アリスの進路を塞ぐ形だ。

 レーダーによる一方的な索敵能力によるグレネード攻撃。

 そのはずだが真宵アリスは読んでいたかのように進路を変更する。


白詰ミワ:「アリスちゃんが来る! コンテナの上! 着地を狙い撃って!」


竜胆スズカ:「もらった! ……ってやっぱり避けるよね。ランラン任せた」


胡蝶ユイ:「任された。盾持っているし奇襲でないなら簡単にやられないよ!」


 壁になっていたコンテナ上部から現れた真宵アリスに銃口を向ける。

 飛び降りるのではなく、コンテナに沿うよう音もなく降りる真宵アリスを狙うが避けられた。

 降りる途中でコンテナ壁を蹴り、方向転換しながら真宵アリスが一気に前へと加速したからだ。

 最初から光線銃を構えることなく光剣と盾で備えていた胡蝶ユイが迎え撃つ。

 正面からの戦いではさすがに盾持ちが有利だ。事前に七海ミサキからレクチャーも受けている。盾は身を守る道具であり、こちらの攻撃の出所を隠す遮蔽物でもある。

 しかも真宵アリスの持つ光剣はペンライトダガー。胡蝶ユイが持つのはペンライトサーベルとリーチが違う。

 接近戦で負ける道理はない。

 互いに空を切る光剣。

 真宵アリスも不利を悟っているのかふらりくるりとフェイント交える。

 そして倒れ込むほどの地面すれすれの低姿勢から胡蝶ユイの右横を駆け抜けた。

 目指すはレーダー持ちも白詰ミワだ。


胡蝶ユイ:「抜かれた!」


竜胆スズカ:「ランラン十分! クールタイムの三秒経過済み」


 ――パシュッ。


 真宵アリスの進路を塞ぐようにまたもやグレネードが投げ込まれる。

 さすがにこれ以上の攻防は不可能と判断した真宵アリスは二時方向に姿を消した。

 十秒に満たない戦闘。爆弾亀一の部隊の面々は安堵の息を漏らす。


白詰ミワ:「こちら爆弾亀一。アリスちゃんと交戦。欠員なし。西側エリア中央に逃走中」


翠仙キツネ:『爆弾亀二。了解』


胡蝶ユイ:「おお! 今日初めてまともな攻防になったんじゃない!?」


竜胆スズカ:「ランラン良かったよ! 後ろから安心して見ていられたから」


胡蝶ユイ:「リンリンこそグレネードのタイミングバッチリだったよ!」


白詰ミワ:「……あんた達ね」


竜胆スズカ:「ミワちゃんどうしたの?」


白詰ミワ:「これだけ装備差と人数差あって引き分けの攻防。ううん……アリスちゃんからすると、こちらの装備状況を把握する威力偵察成功。こちらの判定負けなわけだけど」


胡蝶ユイ:「あー……そうなるのか」


白詰ミワ:「まあ爆弾亀編成で対抗できるのがわかった。深追いもしないし、私達で倒すのが目的ではない。戦略的にはこちらの想定通りだから勝ちでもいいんだけど。けれど三対一の引き分けで喜ぶのはどうなの?」


竜胆スズカ:「だってまともにやってアリスちゃんに勝てるの?」


白詰ミワ:「……不可能。逃げ際も早いし、無理攻めもしてこない。とにかく動きも判断も早すぎ。あれで銃の扱いも上手いのよ。銃を持たれていたらこの編成でも負けたんじゃないかな」


:ずいぶんと慎重だな

:これだけハンデあって四連敗はさすがにな

:そもそも一体十で装備差あってなぜ戦いが成り立つのか

:リズ姉のメスガキムーブwww

:さっそく弄られまくってる

:さすがの真宵アリスもレーダーは欺けないか

:グレネードで進路を塞ぐ

:進行中にいきなりグレネード投げ込まれたら普通はこれだけで死ぬんだけどな

:当然のように察知して攻撃してくる殺戮アンドロイド

:アクロバット軌道からの突進

:ランランナイス!

:ミサキチ以外で初めてまともな戦闘シーンだな

:あ……抜かれた

:すかさずグレネードバリア

:実質エリア攻撃だからグレネード強すぎる

:フレンドリーファイアもないから味方の近くで使い放題だしな

:退けた!

:死亡者ゼロの快挙

:すかさず全体に報告

:ちゃんとした戦いになってて偉い

:あーそうなるのか

:ミワちゃんはすぐに水を差す

:でも言っている通りこの条件で引き分けは実質負けだしな

:ナーフされなきゃまともに勝負できない真宵アリスって一体?


翠仙キツネ:「聞いたか。連絡があった通り爆弾亀一が交戦した。現在アリスちゃんは西エリアの中央に潜伏……いやレーダーに感あり。見えたで。今は動いてないみたいや」


黄楓ヴァニラ:「こっちを襲ってこないんだね」


翠仙キツネ:「索敵レーダーが反則なだけや。中央はコンテナが入り組んどる。アリスちゃんもこっちの位置を把握できひんはずや。襲う襲わんはレーダーの存在があって言えることやろ」


黄楓ヴァニラ:「そっか」


碧衣リン:「仁義なきハンデ戦」


黄楓ヴァニラ:「前回まで一方的にやられたからアリスちゃんはこちらの位置を正確に把握しているものだと思ってた」


翠仙キツネ:「……その可能性はないはずやけど。そうとも言い切れないんが怖いな。なんとなくで正確な位置まで把握されてる可能性もあるんか? 言われたらなんかそんな気がしてきた」


黄楓ヴァニラ:「…………」


碧衣リン:「…………それでどうする? こっちから仕掛ける?」


翠仙キツネ:「……せやな。ヴァニラこの位置にいけるか。距離あるけどここから九時と十時の間。四十八分方向に山なりで」


黄楓ヴァニラ:「了解」


 ――パシュッ。


 黄楓ヴァニラが膝をつき、グレネードモードの光線銃を発射する。

 グレネードの光弾は理想的な放物線軌道を描き、目標地点に落ちる。そのはずだった。それなのに発射直後に動きがあった。


翠仙キツネ:「えっ!? アオリン構えろ! アリスちゃんが飛び出してくる! こっちがグレネード放つの待ってたんや!」


黄楓ヴァニラ:「やっぱりレーダーなしでこっちの位置を把握されてるよね!?」


碧衣リン:「任せて。来るのがわかっているなら接近戦でアリスちゃんに負けない」


 そう言い切った碧衣リンの剣と盾の構えは堂に入っていた。

 身を低くしてコンテナ壁から飛び出してきた真宵アリスに対して、あろうことか突進して一薙ぎ。

 奇襲を奇襲で返された真宵アリスは後ろに跳びあがり避ける。碧衣リンの追撃も転がり避けて距離を取った。そして座り込んだまま碧衣リンを警戒する。


翠仙キツネ:「なんやなんや!? アオリンめっちゃ強いやん!」


黄楓ヴァニラ:「……そういえばリンちゃんって剣道も習っていたかも」


翠仙キツネ:「ガチもんかい!? よしアオリンそのまま攻めろ! うちらはアオリンごと後方射撃するから」


碧衣リン:「……え?」


黄楓ヴァニラ:「了解」


翠仙キツネ:「フレンドリーファイア無効やし。激しい接近戦が可能なら予期せぬ流れ弾撃ち放題やからな」


碧衣リン:「…………了解?」


 再び碧衣リンが突撃し、真宵アリスが紙一重で避け続ける。

 その攻防だけならばまるで華麗な剣舞を見ているかのよう。そう言えただろう。

 碧衣リンの背中や顔に光弾が当たりまくってなければ。

 ちなみに真宵アリスは剣も光弾も困惑しながら避けている。


翠仙キツネ:「撃ち放題や。アオリンもっと身体を左右に振れ。ああ重なった! 盾にされとる」


黄楓ヴァニラ:「グレネードも放っていい? リンちゃんが抜かれたときようの保険ね。了解」


 真宵アリスは相手にしていられないと苦笑いを浮かべて逃走する。

 接近戦で肉薄していたが、逃げに徹されてはさすがに見送るしかない。

 こうして爆弾亀二も真宵アリスを退けた。


翠仙キツネ:「こちら爆弾亀二。アリスちゃんと交戦。欠員なし。また西側エリア中央に逃走。たぶんアリスちゃんなら想定通り中央の広場に向かうやろ。こっちの装備は見られた。盾もグレネードもレーダーも把握されたはずや。たとえ罠やとわかっていても、守りの薄い強火力なオルトロス部隊を襲うはずや。オルトロス部隊警戒しいや」


白詰ミワ:「了解。じゃあ作戦通り私達は索敵しながら中央広場に戻るわね」


花薄雪レナ:「オルトロス部隊了解。とうとう中央の広場にガトリングガンの華が咲く」


 報告を終えた。

 全ては作戦通り。順調に推移している。

 むしろ順調に行き過ぎていると言っていい。

 そんな中で碧衣リンが首を傾げていた。


碧衣リン:「私の扱いが酷い。……それにしても」


黄楓ヴァニラ:「どうしたのリンちゃん? 輝いていたよ」


碧衣リン:「うん。仲間に撃たれて輝いてた。でも私のことじゃなくて、アリスちゃんの様子がおかしかった」


翠仙キツネ:「様子がおかしいってどういうことや?」


碧衣リン:「殺気がなかった。なんだか困っていた感じ」


翠仙キツネ:「殺気か……すまん。ゲーム内ならわかんねんけど、リアルで殺気の有無はわからん」


黄楓ヴァニラ:「リアルでもゲームでも殺気が察するのはおかしいと思う。これだからゲーマーは……。それよりも困っていたの? 攻めあぐねていたわけではなく?」


碧衣リン:「うん。なんだか不自然。違和感がある。なにがおかしいのかわからないけど」


翠仙キツネ:「んー考えてもわからん。アリスちゃんのことやから、ストーリーパートを引きずってロールプレイに入り込んでるとか?」


碧衣リン:「それならもっと台詞を言ったり、ちゃんと演技すると思う」


黄楓ヴァニラ:「確かに。でもわからないなら仕方がない。今はゲームに集中しようか」


翠仙キツネ:「そうやな……ウチらも中央の広場に索敵しながら戻んで」


:レーダー大活躍

:確かにアリスは本能という独自のレーダーを持ってる疑惑ある

:グレネードの精密な投擲とかヴァニラもなかなか凄くね

:えっ?

:グレネード発射と共に動き出したw

:レーダー要らずのリアルチーターwww

:レーダーではなくソナーとかわずかな話声と気配を辿っているんだろうけど

:碧衣リンが強いだと!?

:剣道を習っていたのか

:もしかして一人でも戦える

:アリスが凄く警戒してる

:これはひょっとして……

:おいツネwww

:こいつら酷いwww

:いくらフレンドリーファイア無効だからって味方ごと撃ちまくるか?

:これは真宵アリスも攻められない

:当たってる……普通に当たってる……碧衣リンに

:さすがに退いた

:たぶん二重の意味でひいたな

:二期生の所業に……

:あー装備を把握されるのも織り込み済みか

:これだけガチガチの索敵部隊よりも罠だとわかっていても守備が薄いところに向かうか

:ちゃんと考えているんだな

:ん?

:輝いてたwww

:うん……碧衣リンは輝いていたな……味方に撃たれて

:せっかくの見せ場だったのに扱われ方が残念

:普通に接近戦強かったのに

:殺気w

:あー……ゲームならわかる

:なんか納得する理屈

:ゲーム内だと殺気に気付くことあるよな

:ゲーマーあるある

:リアルだとダメでゲームなら殺気がわかるとか謎なんだが……

:不自然?

:二期生の予想外の攻めにドン引きしていたんじゃ

:公然と仲間撃ち始められたら誰でも攻撃の手を緩めると思う



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る