第137話 未来ARの体験型FPSゲーム⑧-救済のアリス劇場後編-
中央の広場に登場した真宵アリス。
奇しくも第一回戦と同じ場所から姿を現した。
あのときの様にロールプレイに徹したりはしていない。
狂った演技はしておらず、その表情にはどこか戸惑いが浮かんでいる。
花薄雪レナ:「こちらオルトロス部隊。中央の広場にてアリスちゃんを目視で確認」
白詰ミワ:『こちら爆弾亀一。了解。あなたたちが頼りなんだから抜かれないでね』
翠仙キツネ:『爆弾亀二も了解。火力はそこに集中させとる。大丈夫やと思うけど中央の広場抜かれたらすぐに西側エリアに逃げ。倒されたらあかんで。ウチらも中央の広場に向かっているから危なくなったら合流や』
花薄雪レナ:「了解。カレンちゃんガトリングのクロスファイアは打ち合わせ通りに」
紅カレン:『了解! 射線は常にクロスさせながら進路を塞ぐように。無理にアリスちゃん狙わない。弾幕の壁で追い詰めるイメージですよね』
花薄雪レナ:「うん。クロスファイアならぬシザーズファイアで追い詰める。アリスちゃんが来るよ!」
紅カレン:『おっしゃぁぁぁぁ! タマとったらぁぁ! ……そう言えば最近河川に迷い込むアザラシ見ないね。タマちゃんどこ行ったんだろ?』
花薄雪レナ:「私はアザラシよりもペンギン派だから、毎年どこかの河原にペンギンが住みつかないか初詣で願ってる!」
白詰ミワ:『……どうしてこの二人を並べちゃったんだろ?』
翠仙キツネ:『残念ながらレナ様相手やと二期生の誰と組ませても同じや。ツッコミ不在やから』
白詰ミワ:『無慈悲ね』
――ガガガガガァッーーーーーー!
鳴り響くけたたましい発射音。
中央の広場に駆け出した真宵アリスの前に無慈悲な光弾の壁が立ち塞がる。ガトリングから絶え間なく降り注ぐ二つの弾幕だ。弾幕は真宵アリス進路上で交差して直角の行き止まりを形成する。
さすがにこの弾丸の壁を突っ切ることはできない。前も横も道はない。
だが後退した分だけガトリングの交差する点が真宵アリスに迫ってくる。
退路はある。仕切り直しすることはできる。けれど真宵アリスはそれを選ばない。
斜め後ろ。花薄雪レナと紅カレンの両者から等間隔に距離を取るように西エリアに向かって走り出した。距離が遠く弾丸の軌道が間延びする。それでも中央の広場は全て射程範囲内だ。真宵アリスが向かう先は行き止まり。コンテナ壁がある。
このままでは迫ってくるガトリングのクロスファイアは押し潰されるだけ。
さすがの真宵アリスもこのまま終わるか。
そう思われたのだが。
花薄雪レナ:「あっ……抜かれた」
紅カレン:『嘘っ!? 急いで戻さないと!』
わずか二歩。
たったの二歩でクロスファイアの内側に侵入された。
壁際に迫る二つの弾幕。逃げ場はない。真宵アリスに向かって交差する。
絶望的な状況。けれどそれは誘いだった。
引き付けられた弾幕が空を切る。真宵アリスはコンテナ壁を駆け上り、三角跳びの要領で射線の上を跳び越えたのだ。
:とうとう決戦の地
:ここで勝負を決めるつもりだな
:爆弾亀は戦いなるといっても退けただけで決定打ないからな
:ここでガトリング持ちがやられたらそれこそ互いに決定打を失う
:シザーズファイア
:ガトリングで追い回すこともせず進路を塞ぐか
:爆弾亀部隊も相手の進路を塞ぐことを徹底していたし本気だな
:タマちゃん?
:タマちゃん懐かしい
:そういえば最近アザラシが迷い込むニュースないな
:なぜ「タマとったらぁ」からアザラシに
:ペンギン派w
:レナ様の初詣の願いw
:世界平和よりも平和な願いを初めて聞いたwww
:神様も困惑だろ
:これはさすがに無理じゃね
:弾幕がマジエグい
:さすがにアリスも退くか
:アリスの撤退戦
:ん?
:え?
:うそぉ!
:壁を利用して弾幕の壁を跳び越えやがった!
クロスファイアの内側に着地する。
後ろにはガトリングの弾丸の雨。今度は退路はない。射手が驚愕から抜け出せば、すぐさまガトリングの弾幕が後ろから襲いかかってくるだろう。
真宵アリスは止まることなく迅速に走り出そうとする。だがその足をけん制があった。一発の光弾。前方に転がるようにして回避する。
光弾の主は桜色セツナだ。真宵アリスがガトリングのクロスファイアを抜けてくることさえ確信していた。
桜色セツナ:「アリスさん……今日こそあなたを止めます。その背中を後ろから追うのではなく、正々堂々と正面から」
真宵アリス:「……セツ……にゃ」
交差する視線も逡巡も一瞬のこと。
真宵アリスは桜色セツナに襲いかかる。
放たれる数発の光弾。その全てが足止めにすらならない。ほんのわずかな横移動。上体の揺れとしか思えない最小限の動きで避けられる。
圧倒的な力量の差。光剣に切り替えて接近戦を挑むか。このまま光線銃で牽制し続けるか。桜色セツナの迷いが隙になる。
体勢は低く。相対する身体の面を極限まで小さく。真宵アリスの身体が矢のように放たれた。一気にトップスピードに乗り、反応が遅れた桜色セツナの横を抜けようとする。
そのときだった。
――バンッ!
ガトリングやグレネードとは異なるアイテム攻撃の効果音。
息を潜めていた七海ミサキは、完璧なタイミングでスナイパーライフルの光弾を放った。
だがそれさえも当たらない。
真宵アリスの身体が跳ねる。全速力の前進から急制動。完全には勢いを殺しきれず、横に転がる形になったが紙一重で避けていた。
七海ミサキ:『避けられた! セツナちゃん!』
桜色セツナ:「わかってます!」
今度も牽制だった。
防がれる前提の時間稼ぎ。
ガトリングの弾幕が戻ってくるまで。
スナイパーライフルのクールタイムが三秒が過ぎるまで。
真宵アリスがクロスファイアを跳び越えてからまだ数秒も経っていない。
時間が引き伸ばされた真宵アリスとの攻防。三秒の時間を稼ぐのも至難の業だ。
それでも桜色セツナは当たるはずのない光弾を発射した。
その弾丸が困った笑顔の真宵アリスに吸い込まれると思っておらず。
桜色セツナ:「え……? 当たった?」
【真宵アリス死亡によりゲームセット。アリスちゃん討伐連合軍の勝利!】
最期は桜色セツナの光弾を受け入れる形だった。
真宵アリスは胸に光弾を受けて、うつ伏せに倒れ伏す。
明るくなる画面。
ゲーム終了の音楽が流れる。
まだ起きたことが受け止められない桜色セツナは呆然としている。
:セツにゃんきた
:作戦通りの蓋役
:熱い展開
:ストーリーパートで主従だったな
:それだけじゃなくて黒猫メイド伝説のときのことを言っているんだろ
:普通に避けるなw
:まるで弾丸から避けているかのよう
:改めてアリスの回避能力高い
:こりゃあ普通にやったら勝てないわ
:真宵アリスが攻めた!
:え? ここ抜かれたらヤバくね
:ここでミサキチキターーーーーーー!
:ズドンと一発仕事人
:これは仕留めたんじゃないの?
:はぁっ? あれ避けるの!?
:でも体勢崩れてる
:セツにゃん撃て!
:えっ?
:嘘
:……当たった
:連合軍がついに勝った!
:おめでとう
:おめ
:ようやく勝利か
:終わり方は案外呆気なかったな
:そうか?
:ガチ守備編成部隊に二当てしてガトリングの弾幕を跳び越えてスナイパーライフルの一撃を避けて体勢崩れているところを撃たれたわけだが
:うん……気のせいだったわ……戦歴が異常すぎる
:でもわかる気がする
:もう一波乱ありそうだったからな
:セツにゃんも驚いているし
:スナイパーライフルを避けるのに無理したか?
ゲーム終了を受けてメンバーは思い思いコメントを残す。
ストーリーパートのロールプレイを引き継いだ一期生と三期生の七海ミサキ。
花薄雪レナ:『終わった? ……本当に?』
竜胆スズカ:『最期の瞬間、あの娘笑ってた』
胡蝶ユイ:『……かつての主に撃たれたかったのかな?』
白詰ミワ:『ミッションコンプリート。状況終了。皆一度集まりましょう』
七海ミサキ:『依頼は失敗。お金は要らないよ。私の弾丸は外れたから』
二期生はやっぱり二期生で騒がしい。
紅カレン:『エイドリアァーーーーーーーーン! おんどれのカタキ取ったったでぇーーーーーーーー!』
翠仙キツネ:『色々ちゃうやろ! エイドリアンは恋人の名前で死んでないねん! ロッキーは冴えない男性の苦悩と勲章の物語であって復讐劇ちゃうねん! あとわさおどこ行った!?』
黄楓ヴァニラ:『ハチ……ごめんなさい。ハチが渋谷公園に通っていたのは食いしん坊だったから説を一時期信じてた。本当にごめん。周りが優しく餌をくれるようになったのは晩年だけの話。むしろ汚らしい野犬として迫害されていたなんて』
碧衣リン:『……パトラッシュ。物語の舞台のアントワープに実際に行くと犬種や色とか全然違うんだね。本当は真っ黒モフモフ説やシェパード説もあるんだね。あとそんなに雪も降らないとか。ベルギーなのに背景がオランダだとか』
翠仙キツネ:『ほら! 二人ともわさおを引きずって犬ネタ準備しとったやろ!? なんでロッキーネタやって……ん? まさか犬ネタから映画ロッキーにたどり着いたんか!? わかりにくいわ!』
そして茫然自失の桜色セツナはあることに気付き、慌てて声を上げた。
当たるはずがない光弾が当たった。防がれると思っていた。桜色セツナの知る真宵アリスならばまだゲームは続いていたはずだ。
その想定が外れたならば。
真宵アリスの身に想定外のことが起こっていることに他ならない。
桜色セツナ:「アリスさん大丈夫ですか!? ミサキさんのスナイパーライフルは無理でも、私の光弾ぐらいペンライトダガーで防げたはずです。もしかしてどこかを怪我したんじゃ?」
碧衣リン:『あ……それだ!』
黄楓ヴァニラ:『どうしたのリンちゃん?』
碧衣リン:『私と対峙したときアリスちゃんペンライトダガーを持たなかった』
うつ伏せに倒れ込む真宵アリスに駆け寄る桜色セツナ。
死体の振りをしている真宵アリスは無事を主張するために、少しだけ手足をパタパタ動かす。
怪我はない。でも左手にはゲーム途中から振るわれることのなかったペンライトダガーが握られていた。
桜色セツナ:「ん……これは……あっ!?」
リズ姉:『どうしたのセツナちゃん!? まさか本当に怪我してたとか!?』
桜色セツナ:「いえ……その……アリスさんのペンライト電池切れてます」
桜色セツナが真宵アリスのペンライトを掲げて、カチカチとスイッチを切り替える。
けれどペンライトが光を放つことがない。
リズ姉:『えっ、電池切れ!? ……えーとリアルで電池切れでも仮想空間では使えたりしない?』
桜色セツナ:「するかもしれませんけど。アリスさんの性格的に、電池切れのペンライトをゲームで使用しますか?」
リズ姉:『あー……真面目だからしないか。じゃあ途中から武装なし。攻撃の手段を持たずに逃げ回っていたってこと?』
桜色セツナ:「光弾を斬るなどの防御手段もないですね」
リズ姉:『この場合どうなる!? 無効試合にするの? ちょっと確認が――』
真宵アリス:「…………」
配信画面。メンバー全員に聞こえるように真宵アリスの微かな声が聞こえた。
内容は聞き取れない。代表して桜色セツナが耳を寄せる。
桜色セツナ:「アリスさん今なんて言いました?」
真宵アリス:「……だるーん」
桜色セツナ:「全体に通達。アリスさんから『だるーん』入りました! 疲れたのでもう負けでいいらしいです!」
リズ姉:『だるーん入りましたってなに!? あーでも……よし! これにてゲーム終了! 皆様お疲れ様でした』
リズ姉の強引な締めに苦笑いを浮かべる面々。
ここからもう一戦する体力もなければ、新たな展開もない。
完全にメタで作戦を組んだのだ。無効試合にされても困る。異論はない。
ないのだがまったく真宵アリスを倒せた気がしない終わり方だった。
白詰ミワ:『まあ……これだけハンデもらったゲームだし、本当に勝利していても誇れる内容ではないか』
:ストーリーパートの締め
:レナ様も困惑している
:あー最期はロールプレイ的に死んだのか
:確かに桜色セツナの攻撃でやられる方が綺麗かも
:でもアリスってゲームはゲームで真面目にやるタイプだろ
:やらせっぽい演出はしなさそう
:ミサキチのさりげないツンデレ
:やっぱりいい奴か
:エイドリアーーーーーーンwww
:どっから出てきたw
:二期生は本当にもう二期生だな
:犬ネタw
:ハチ公の食いしん坊は違うのか
:パトラッシュwww
:わざわざ残念な犬ネタを用意したのか
:怪我!?
:あーその可能性があるか
:かなり無茶な動きしていたから
:ペンライトダガーを持っていなかった?
:ん?
:まさかの電池切れwww
:なるほど
:だから途中からペンライトダガーを使わなかったと
:ゲームの最期も本来なら光弾斬って防いでいた場面だったか
:つーことは途中から武装なしで姿を晒して逃げ回っていたと
:そりゃあ急なアクシデントに戸惑うよな
:なんでこいつそんな状況で戦いに挑んで三角跳びとか魅せプしてんだ
:真宵アリスだからな
:配信中にトラブって無効試合はさすがにダメだと思ったんだろ
:まさかの再試合ある?
:だるーん
:だるーんwww
:セツにゃん元気よくだるーん入りましたとかいうなw
:なぜ店員風なんだよw
:疲れたから負けw
:そりゃあ一人だけで四戦連続すればな
:だるーんにもなるわ
:ゲーム終了!
:お疲れ様でした!
:お疲れ
:おつ
:楽しめた
・
・
・
:こういうゲームマジでやりたい
:プレデターと戦いたいのか?
:いや……それは遠慮する
:人間同士のちゃんとしたチーム戦も盛り上がりそうだよな
:真宵アリスは人間じゃないと?
:アリスは特殊な訓練を受けたメイドロボだから……
:対人でなくてもターゲットを射撃するスコア争いでいいからやりたいな
:もっとこういう楽しそうな技術として普及すればいいのに
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