第125話 セツにゃん未来への決意表明②-抱いた夢の光景-
桜色セツナの一人舞台が始まる。
ARライブステージの中心で一人でスポットライトを浴びている。
目は伏せられている。
音楽はない。ナレーションもない。その立ち姿だけで劇の始まりを告げる。
ゆっくりと真っすぐ前に持ち上げられる右腕。手のひらは上を向いている。
その手が虚空を掴む。すると開かれた瞳から桜色の意志が解き放たれた。
舞台に広がる確かな声量。圧力。存在感。
今このとき舞台の主役は誰か。否応なく主張する。
桜色セツナ:「歌手に対する憧れは以前からあった。自分には早い。まずは演技で実績をあげてから。つい先日までそう思っていた。その考えが揺らいだのはこの配信のリハーサル。ライブのリハーサル練習を舞台の外から見学していたときでした」
マイクを掴み。まるで歌うように紡がれていく言葉。
誰にも口を挟ませない。
正面から。横から。遠のくように俯瞰から。あらゆる角度で映される。
桜色セツナ:「ステージの上にはアリスさん一人。弾ける笑顔を歌っています。なぜ私は隣に立っていないのだろう。今からでは間に合わない。私の歌唱力では隣に立つ資格がない。賑やかしでは立ちたくない。わかっています。胸に広がったのはアリスさんに対する感動と自分に対する後悔。そして喪失感。今年のライブステージで一緒に歌う機会はもう永遠に失われてしまった。もしもがむしゃらに歌の練習をしていれば! 私は今年のステージでアリスさんの隣に立っていたかもしれない!」
叫び。横に振り払われる右腕。前傾姿勢でもっと前にもっと前にと足が動く。
その表情からは焦燥感と後悔と渇望が見て取れた。
桜色セツナ:「だから私は歌手になります。今ここで宣言します! ただ歌を出すだけではない。一年以内に歌手としても認められるようになります。そして来年のアニバーサリー祭。賑やかしではない。同期生だからではない。ちゃんと歌手として私はアリスさんと同じライブステージに立ちます!」
映し出される後ろ姿は逆光でシルエットしか映さない。
天井のライトに向かうその姿は太陽に憧れたイカロスを彷彿とさせる。
例え無理だと言われようとも必ずやり遂げる。そんな強い意志が画面を覆う。
傲慢とは思わない。
舞台を支配する姿は確かな実力の現れ。
かつて天才子役と呼ばれた。まだ大人とは言えない年齢かもしれない。けれどその演技力は確実に花開いている。才能だけではない。地道な基礎の積み重ねだ。声出し一つでも努力の影が見える。
才能と努力。なにより本人の強い意志。
その全てを兼ね備えてなければ舞台で輝くことはできないのだから。
:歌手デビュー!
:セツにゃんも歌手目指すのか
:VTuberだし珍しい話じゃ……ん?
:なんか始まった?
:あっ……今日はセツにゃんじゃなくて桜色セツナさんだ
:演技力ガチ勢ヤバさ
:歌手宣言なのに役者として見せつけてきた
:舞台役者って歌上手い人多いからアピールとして間違ってない
:シンプルな演出とカメラワークだけどいい仕事する
:演目「歌手デビュー宣言」
:マジでそれな
:ライブに続いて3Dアバターでリアルタイム舞台か
:それはなんて2.5次元舞台?
:VR空間ではなく配信ベースだから2.0次元舞台だけど演者次第では面白いだろうな
:桜色セツナってやっぱり本物の天才だよな
:今更になってなぜ地上波からネットの世界に流れたのかとか言われているからな
:VTuberに転向前と転向直後は落ち目とか言っていたのにな
:それも声優になった雨宮ひかりとセットで
:輝ける場所を自分で選んで確立したんだから偉いよホント
:これは歌手になれる
:歌も上手くて舞台で声も通るし現状でも出来そう
:今回ライブに出なかったのは一般基準の歌唱力ではなく自分のプライドの問題かな
:せっかくセツにゃん登場したコメント欄が茶化しが一切なしの真面目モードなの草
:今はセツにゃんではなく桜色セツナさんだから仕方がない
その実力で配信画面とコメント欄を完全に支配した桜色セツナ。
なのだが……。
桜色セツナ:「そして来年のアニバーサリー祭のライブではアリスさんと私で『婚姻届はシュレッダー』を歌い継ぎます!」
沈黙が流れた。
きょとんと。もしくはぽかーんと。
桜色セツナは満足気な表情だ。コメント欄はなにも反応ができない。
唐突な宣言に理解が及ばない。
リズ姉の復旧は早かった。
リズ姉:「あれを! あれをなのセツナちゃん!? よりにもよってなぜあれ!?」
桜色セツナ:「歌い継ぐべき名曲だと思ったからです!」
とてもいい笑顔だ。
リズ姉はとても頭が痛そうだ。
リズ姉:「迷曲の間違い! あとこの話は打ち合わせになかったよね? スタジオ脇で休憩しているアリスちゃんが物凄くきょとんとしていたからね! 今も凄い勢いで首を横に振って『私は知らない』アピールしているからね! 一期生二期生は大爆笑してお腹抱えているからね!」
桜色セツナ:「はっ!? 二期生の先輩方に許可を取らないと……ん! 快諾いただきました!」
リズ姉:「快諾するなぁっーーーーーーー!」
:…………
:………………
:……………………桜色セツナさんはセツにゃんだった
:急転直下でセツにゃんになったな
:自分を上げて落としてバランス調整するプロだからな
:どうしてわざわざ落とすのかねぇこの娘は!
:最後に盛大にオチをつけるさすがとしか言いようがない
:つけるなwww
:wwwwww
:腹痛いw
:まさかあそこから追い打ちかよw
:最近の有識者会議の研究では桜色セツナの脳は理性のセツナ脳と煩悩のセツにゃん脳に分かれているらしい
:確か子役時代に培ったのはセツナ脳でVTuberになってから発達したセツにゃん脳がブースターの役割を果たしており両方が活性化しているから今の活躍があるって学説だったな
:どこの有識者だw
:割と納得できる説で草
:本当にビビるくらい頭の回転が速い
:リズ姉はさすがだな
:三期生のリーダーでお姉さんだから
:手のかかる天才妹ズの無茶振りに対応する有能な姉
:歌い継ぐべき名曲w
:迷曲解釈はリズ姉が正しい
:アリス「なんか来年の予定決まった!?」
:なにも聞かされてないアリスw
:そりゃあ舞台袖で爆笑するわ
:快諾されたw
:リズ姉渾身のツッコミw
リズ姉:「ミサキさんからもセツナちゃんになにか言ってあげて」
七海ミサキ:「わかった。じゃあ私はアリスちゃんの役割を。あの死んだ目でタイミングよく婚姻届をシュレッダーにかける役やるね」
桜色セツナ:「よろしくお願いします!」
リズ姉:「ちっがぁっっーーーーーう!」
七海ミサキ:「やっぱり私には荷が重いかな。なぜ私はここにいるんだろう? なぜこんなところにいるんだろう? そんな感情で死んだ目になるのは最近経験したばかりだったから、できる気がしたんだけど」
リズ姉:「サバイバーの経験から!? できる。ミサキさんならできるかもしれない。あの匠の技としか思えないアリスちゃんの死んだ目を再現することができるかもしれない……って違う! どうして一緒にやる気になっているの!?」
七海ミサキ:「えっ……まさかリズ姉は来年参加しないの!?」
桜色セツナ:「参加してくれないのですか……?」
リズ姉:「ウルウルさせた瞳でこっちを見ないでよ。わかった……わかったから。あたしも参加する。あのカレン先輩の『本当に呑んでないの? むしろ二日酔いでダウンしているよね』としか思えない酔っぱらい末期状態をバーカウンターで再現すればいいのよね……」
桜色セツナ:「はい!」
リズ姉:「どうしてそんな素敵な笑顔なのよ……」
七海ミサキ:「さて三期生の来年のアニバーサリー祭の出し物も決定したところで、次のコーナーに移りましょう」
リズ姉:「はあ……これで本決まりなのね。次は休憩を兼ねて料理のコーナーです」
桜色セツナ:「料理と言えばアリスさん! アリスさんと言えば可愛い! ノーマークでしたが最近メガネ属性に目覚めました。メガネいいですよね。以前は目が悪い人のアイテムだと思ってました。でもアリスさんのメガネ型ARデバイスをかける姿に感銘を受けました。今はまだ大きな波は来ていないかもしれない。けれど来るXR時代にはメガネ型ARデバイスも普及します。メガネ属性は萌え勢力図に変動させるぐらい台頭しますよ絶対! メガネをかけたアリスさんが可愛いですから!」
七海ミサキ:「よしセツナちゃんストップ! 料理の話から脱線しすぎてメガネのレールに不時着しているからね」
桜色セツナ:「そうでした! 今回は残念ながらライブ参加のアリスさんはお休みです。残念です。エプロン姿は見れません。残念です」
リズ姉:「本当に残念なのね……」
桜色セツナ:「料理の腕ではアリスさんに劣りますが、ライブ参加者を労わるために私達が料理を作ります! レシピは料理できる勢三人からの預かりです。でも私達に任せるのは不安。動画でキャンプ飯やっているミサキさん以外料理できるの? と思われているかもしれません。実際に私は調理実習でしかやったことないです。リズ姉は?」
リズ姉:「居酒屋バイト舐めるな! ……と言いたいところだけど盛り付けと配膳が主で料理に自信があるかと言われたらないわね」
:みさきちwww
:相変わらずノリいいな
:この応用力とトーク力なら生配信とかも余裕だろ
:死んだ目でタイミングよく婚姻届をシュレッダーにかける役www
:おっさんサバイバーの経験
:みさきちならできるwww
:アリスの死んだ目はそんな匠の技だったのか……
:セツにゃんのウルウル攻撃にお姉ちゃん陥落
:カレンの酔っ払い末期状態を再現w
:リズ姉さっきからツッコミを入れているようで例えボケに走っているだろ
:リズ姉は一期生二期生とのコラボの荒波の呑まれているからな
:トーク力つよつよ勢
:料理コーナー?
:この流れでちゃんと進行していたんだ
:セツにゃんwww
:今日セツにゃんキレキレだな
:セツにゃんメガネアリスを語る
:メガネ属性の台頭
:バカ話かと思ったけどメガネ型ARデバイスが普及するならばあり得るか
:鯖江に光が?
:この三人で料理か
:確かにミサキさんは豪快だけど料理できるな
:調理実習懐かしい
:リズ姉はできるけど自信がない感じか
:なんだかんだ言ってこの三人は卒なくこなすしメシマズ勢ではなさそう
桜色セツナ:「そんな私達に秘密兵器投入!」
七海ミサキ:「秘密兵器だけど特に秘密にしていないよね」
リズ姉:「もうこの配信でずっと使われているからね。改めて次のコーナーは」
三人:『ARクッキングのお時間です!』
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