第126話 ARクッキング①-視覚的に全てを理解する大切さ-

 画面がキッチンスタジオに切り替わる。

 システムキッチンは実写映像。

 リアルな映像の中をエプロン姿の三人の3Dアバターが自由に動いている。お料理番組さながらの配信だ。


七海ミサキ:「さてさて最初の料理人はこの私。七海ミサキが担当させていただきます」


リズ姉:「新技術の投入ですからね。一番最初は料理ができる人にやってもらって、ARクッキングのメリットを解説してもらいます」


七海ミサキ:「本当に便利でミスしないから、料理に不慣れな人を最初にした方が伝わりやすいと思うけど」


リズ姉:「あたしたちの手際が悪すぎて、新技術の信用性を損なうわけにはいかないでしょ。それにあたしもセツナちゃんも事前にやったけど、料理しながらの解説はする余裕がなかったし」


桜色セツナ:「ですね。それに普段料理をしない私には、これがあるから普通より便利がわからないので。なによりミサキさんは説明上手ですから」


七海ミサキ:「褒めてくれてありがとう。説明や解説に関して、虹色ボイスのレクチャー動画担当として謙遜するわけにもいかないね。そんなわけで私が最初です。そして一品目のレシピ提供は一期生の白詰ミワ先輩です」


白詰ミワ:「どうも! レシピの提供をしました」


桜色セツナ:「皆様もうお分かりですね。カレーです」


白詰ミワ:「うん……合ってる。合ってるけど、隠れ家居酒屋アリスの配信からカレーの人が定着して困惑してる。よくコメントの書き込みもあるし」


:最初はみさきちか

:エプロン姿可愛い

:リズ姉のエプロンになりたい人生

:新技術のお披露目だからできて解説できる人選

:信頼されているな

:ARで料理がしやすくなるの?

:それをみさきちが教えてくれるよ

:ミワちゃんw

:カレーか

:カレーの人だ

:そしてやっぱりカレー

:ミワちゃん出るだけでカレーの書き込みするのやめろw


七海ミサキ:「それではミワ先輩。カレーの説明をどうぞ。私はその間に冷蔵庫から具材を準備しておきます」


白詰ミワ:「……レシピの説明ではなくカレーの説明って言ってくる辺り、三期生は先輩弄りもできるようになってきたね。まあいいけど。皆様。まず最初に言っておくことがあります。レトルトカレーは美味しい! 今や専門店に負けないくらい美味しい! 味も値段も千差万別! 各社こだわり抜いた一品を出している!」


 さすがは一期生。即座に切り替えて自分のレシピがどのようなものか説明を始める。

 声量とその存在感。そして流れるような語り口は貫禄があった。


白詰ミワ:「だが店で食べるカレーの方が美味しいことは認めなければならない。それはなぜか? レトルトカレーは保存を前提としている。最高の状態で提供される店の味には及ばない。けれど一工夫することで、より美味しく食べることができることを知っていただきたい。皆様も気が向いたらぜひ試してください」


七海ミサキ:「はい。そんなわけでレトルトカレーをより美味しくする簡単ARクッキングです。まず玉ねぎをみじん切りにします。野菜の切り方の中でもARクッキングの説明に適していますね。ARデバイスを通した実写映像に切り替わりますからよく見てください」


 真っ白なまな板と七海ミサキのたおやかの手が映し出される。

 まな板の上には横に立てられた玉ねぎ。その玉ねぎの中央。横一線に赤い線が表示されていた。


七海ミサキ:「赤い線が見えますか。具材をどう切ればいいか可視化できる。便利ですよね。紙を切るときも事前に引いて線に沿って切る方がブレません。また玉ねぎを切るときは事前によく冷やしてください。それと切れ味のいい包丁を用意しましょう。では切りますね」


 包丁が赤い線に吸い込まれるように玉ねぎを両断する。

 画面内で【玉ねぎの芯を取り除きましょう】の文字。次の工程の指示と切る箇所の赤いマーキングもされている。

 七海ミサキは指示に従い、手際よく玉ねぎの底の部分ある芯の部分に切り込みを入れて取り除いていく。

 そして半分に両断された玉ねぎがまな板に寝かせられる。


七海ミサキ:「玉ねぎに短い間隔で大量の赤線が入っているのが見えますでしょうか。この通りに切ればいいだけです。画面上に【五ミリメートルほど浮かせましょう】と書いていますが、難しいことは考えなくてもいいです。コツは丁寧に切ろうとしないこと。玉ねぎの底まで切らないように雑に切っていれば自然とそれぐらい残ります。それに次の工程を楽にするための工夫なので、何ヶ所か完全に切断してしまっても問題ありません。動かすときに半球上の形が崩れなければいいんです」


 トントントンとリズムよく玉ねぎを縦にスライスしていく。

 言葉通り雑に。けれど赤線からズレることなく的確に切っている。完全に切ってしまった箇所があったが特に気にした様子はない。

 切れ込みを入れた玉ねぎを九十度回転させると、先ほどと同じように玉ねぎに大量の赤線が入った。

 今度は【五ミリメートルほど浮かせましょう】などの表示はない。

 七海ミサキは赤線に沿ってトントントンとリズムよく玉ねぎをスライスしていく。

 格子状に切られた玉ねぎバラバラに崩れていく。

 それを繰り返すこと四回。玉ねぎ二個分のみじん切りが完了した。


七海ミサキ:「これでみじん切り完了。でいいんですよねミワ先輩?」


白詰ミワ:「うん。本当はスライスした玉ねぎを長時間炒めるキャラメリゼオニオンを作った方が美味しいけど今回はお手軽料理だからね。そんな時間をかけていられないし、粗めのみじん切りで大丈夫」


七海ミサキ:「ではみじん切りした玉ねぎを低温でじっくり炒めますね。フライパンを火にかけて玉ねぎを投入っと。画面にちゃんとサーモグラフィーは表示されているでしょうか? それに具材をフライパンに投入してからの時間のカウントも開始されました。あとは焦げないように気をつけます」


白詰ミワ:「みじん切りなので茶色くなるまでするとすぐに真っ黒な炭になります。透明になるぐらいでいいからね」


 配信画面上が玉ねぎを炒める通常の映像とサーモグラフィーに分かれる。

 火を強くしすぎたりする警告も出る親切設計だ。

 弱火で焦げないように炒めること数分が経った。


七海ミサキ:「これぐらいでいいでしょうか?」


白詰ミワ:「バッチリ。あとは私の特製カレースパイスをかけてね。家庭では市販の粉末カレー粉で大丈夫です」


七海ミサキ:「スパイスを満遍なく馴染ませて、バターを投入してかき混ぜる。一時的に火を強くしてバターがほんの少し泡立ったら火を止めて、フライパンに蓋を被せてそのまま放置。バターを泡立たせるときも絶対に火を強くし過ぎないこと。バターの余熱で玉ねぎが真っ黒になることもあります」


白詰ミワ:「さっすがミサキちゃん。手際いいね。完璧だよ」


七海ミサキ:「事前にレシピ渡されてますし。サーモグラフィーで熱が可視化されているから間違えようもないですね。こんな感じでARクッキングの利点は理解してもらえたでしょうか?」


:やはりカレーを熱く語るミワちゃんw

:確かにレトルトカレーは美味い

:店でやるような仕上げか

:レトルトカレーにわざわざ一工夫するのかよ

:玉ねぎのみじん切りか

:簡単に見えてハードルが割と高い

:ARクッキングにちょうどいいの?

:実写

:生でみさきちが切っているのか

:玉ねぎに赤線入ってる

:切り方の可視化か

:初めて料理するときは野菜の切り方から迷うんだよな

:そして迷った挙句間違えると

:これマジで便利な奴

:つーかみさきちの手際がいい

:普段からやっているみさきちには不要な補助かもしれないけど綺麗に赤線に沿って切られていくのは見てて気持ちいいな

:ちゃんとみじん切りのポイントまで説明してくれている

:キャラメリゼオニオン!

:さすがにスライス玉ねぎを長時間炒めるのは配信でしないわな

:だからみじん切りか

:火加減の可視化

:……サーモグラフィー

:便利過ぎない?

:俺料理初心者だけど画面上にレシピの誘導もあるしできる気がしてきた

:レシピのページや動画をめくったり止めたりして確認する必要がないのか

:AR技術の適切な使用例だろうな

:普通に美味そう

:ARクッキングってなんだよと思っていたけどこういうのか


七海ミサキ:「では余熱で玉ねぎとバターとカレースパイスを馴染ませている間に次の工程に行きますね。今日はアニバーサリー祭です。豪華にステーキを焼きます」


白詰ミワ:「別にメインになる動物性タンパク質ならステーキでなくてもいいんだけどね。重要なのはレトルトカレーの弱点を補うこと。レトルトカレーに物足りなさに感じる原因は主に二つ。一つ目は先程の工程で対応したけど、スパイスの薫りが消えていること。二つ目はメインの具材のお肉などが硬かったり、味が薄れていること。これは保存のためにしっかりと火を通し過ぎているのが理由ね。それならば鶏肉のソテーでもいいから直前で自分で焼いてトッピングしようってわけ」


七海ミサキ:「では常温に戻した牛ステーキ肉の筋切りですね。こちらもどう切ればいいのかと迷うところですがARクッキングでは可視化できます」


白詰ミワ:「これ意外と難しいのに見えるって本当に便利ね」


七海ミサキ:「あとは塩コショウを振って下味をつける。フライパンに油をひいて、サーモグラフィーで適切な高温になっていること確認。ステーキ肉を投入と」


 ジューーーーーーと肉の焼ける配信に流れる。

 ステーキを焼くだけのシンプル飯テロリズム。コメント欄が阿鼻叫喚に包まれる。


七海ミサキ:「普通ならばステーキ肉とフライパンの接地面はわからない。料理人の経験の世界ですがARクッキングならば適切な焼き具合を教えてくれます。ひっくり返してと……うん完璧な焼き具合」


白詰ミワ:「レアって感じかな」


七海ミサキ:「今はそうですね。確かここで先ほどのミワ先輩特製カレースパイスをステーキにもかけるのでしたっけ?」


白詰ミワ:「うん。味付けは好みだけど、私はメインの具材もカレーと馴染んでくれている方が好きだから」


七海ミサキ:「油とスパイスが混じり合い火にかけられたことで香り立ちます。では表面が焼きあがったステーキはアルミホイルに包んで、余熱で火を通す。ちゃんと密封することでお肉とスパイスともより馴染みますし、匂いも閉じ込められます」


:ステーキ!

:レトルトカレーの肉が美味しくないならば直前に自分で焼けと

:理にはかなっているな

:確かに鶏肉や豚バラでもいいから直前で焼けばいい

:筋切りも可視化か

:料理界のチートツール

:焼き加減も可視化

:ジューーーーーーー!

:ジューーーーーーーーーー!

:ジューーーーーーーーーーーーーー!

:世界一幸せな映像を配信で流すな!

:メシテロ

:もう音だけで腹減った

:今日はこの配信から離れる気なかったからステーキとか用意してねーよ!

:これは訴訟もんだろ

:うわぁぁあぁあぁぁーーーーーーー!

:いい焼き色だな畜生

:そのままでもステーキとして食えるのにカレーか……カレーならもう少し絵力抑えろよ!

:ミワちゃんは許さない

:ミワちゃんを許すな


七海ミサキ:「ではステーキの準備ができたので仕上げです。玉ねぎのフライパンの蓋を開けて。ステーキを焼いたフライパンに残っている肉汁を投入。今回メインのレトルトカレーのパウチを開けて、玉ねぎのフライパンに入れます。そして火をかける」


白詰ミワ:「一連の工程はレトルトカレーに玉ねぎの甘みとスパイスの香ばしさを加える一番シンプルな料理レシピです。他にもトマト缶とバターとチキンとレトルトカレーでチキンバター風カレー。ココナッツミルクとナンプラーでグリーンカレー風。玉ねぎを焼くところまで同じだけど粉末オニオンスープで伸ばして、そこにフライドオニオンとカレールゥを入れるだけの超時短オニオンカレーとかもあります」


七海ミサキ:「レトルトカレーを使わないレシピあるんですね」


白詰ミワ:「あるね。レトルトカレーを使うのは煮込んだ味がすぐに食べられる時短目的だし。レトルトカレーの加工料理を始めたきっかけは、衝動買いしてしまった激辛レトルトカレーの処分に困ったからなんだよね。買ったあとに辛すぎて食べられないことが判明してね。色々と加工していたら普通のレトルトカレーも少し手を加えた方が美味しいことに気づいちゃって。レトルトカレーはベースがしっかりしているから手を加えても外れがないし」


七海ミサキ:「なるほど。こちらもレトルトカレーと玉ねぎが馴染んで温まりました」


白詰ミワ:「あとはお皿にご飯をよそって、切ったステーキを盛りつけて、カレーをかければ完成だね」


七海ミサキ:「お手軽レシピですがARクッキングとはなにかご理解いただけたと思います。本日作るのはあと二品。次はリズ姉の番です」


:腹減った許すまじ

:ただでさえ美味いレトルトカレーが魔改造されていく

:配信で香りが届かないのは救いだな

:絶対美味い

:不味くなる工程が一つもないからな

:ミワちゃん「レトルトカレーが完成品だといつから勘違いしていた?」

:本当にレシピが色々あってワロタ

:さすがカレーの人

:買ってしまった激辛レトルトカレーの処分に困ったに親近感w

:一人暮らしあるあるだな

:試しに買ってみて後悔する奴

:完成品を想像させるなよ

:まだ二品あるだと!?

:これで終わりじゃないの……



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