第119話 全員集合3rdアニバーサリー祭会議②-一年間の長さ-

 会議は踊る、されど進まず。


 不毛な会議に用いる慣用句だ。

 罵詈雑言が飛び交い活気だけはあるが結論は出ない。

 踊るという単語から、そんな会議を思い浮かべてしまうかもしれない。でも少しだけ意味が違う。沈黙が続く活気のない会議にも、この慣用句は適応されるのだ。

 この言葉が生まれた時代背景では、会議とセットで舞踏会が開かれている。

 つまり本当に踊っている。


 正しい意味は利権や各国のスタンスが決まっている。妥協案などの結論が出るはずがない。結論を出すつもりもない。そんなことは参加者全員がわかっている。それなのに毎回会議が開かれる。舞踏会だけは盛り上がる。

 なぜなら会議を開いた。平和を演出するためにその事実が大切だからだ。

 税金で贅を凝らした舞踏会を開くための会議。目的が形骸化して、いつしか付属品のために会議が開かれる。

 その様子を皮肉った言葉だった。


 閑話休題。


 虹色ボイス三周年アニバーサリー祭の演者会議で踊る必要はない。

 なぜならイベント開催の期日が決まっている。結論を出すしかない。方向性を決めるしかない。

 会議を取り仕切る一期生のミワ先輩が口を開いた。


「まずこの演者会議に対する一期生のスタンスを伝えるね」


「演者会議に対するスタンス? 虹色ボイス三周年アニバーサリー祭についてちゃうんか?」


「もちろんアニバーサリー祭は全力でやるよ。でも方針決めについては今回一期生は傍観することに決めたの。私達はすでに三回目。意見を求められればちゃんと応える。演者会議も取り仕切る。けれどこの会議でなにか主張するつもりはないわ。一期生のスタンスは『後輩に丸投げ』ね」


「……後輩に丸投げって」


「私達一期生が今年の方針はこうしましょう。そう話すと皆従っちゃうでしょ。三期生もデビューした。二期生も復調した。皆が躍動している。せっかく大活躍しているんだし、アニバーサリー祭に新しい風を吹き込みたいのよ。そのために今回一期生はあまり口出ししないことにしたの」


「そういうことか。ミワ先輩はこう言っとるけど、三期生の意見は? リズ姉」


「えっ、あたし!?」


「そりゃあ三期生のまとめ役はリズ姉やろ」


「うーん……いきなり言われても」


 一期生はミワ先輩。二期生はキツネ先輩。三期生はリズ姉。

 いつの間にか決まっていた各期生の代表者だ。

 私は特に異論はない。あまり自分の意見を言うのは苦手だ。リーダーなんて荷が重い。


 セツにゃんもあまり率先して動かない。最年少で一番芸歴が長く知名度がある。主張するときはちゃんと主張する。リーダーシップを取ることもできると思う。けれど今は個人で自由に活動することを優先している。


 ミサキさんは動画配信中心。生配信の経験が少ないと、いつも一歩引いた立ち位置を取っている。でも意見を求められれば言うし、なにか気づきがあれば言ってくれる参謀型だ。


 リズ姉とミサキさんに任せていれば、悪いことにはならない。セツにゃんもいる。個人的には安心できる。こういう場では私はあまり役に立たない。

 しかし、今日はリズ姉も戸惑っていた。


「はいアウトや! ちなみに二期生もこの会議に対するスタンスは決まってるで。『発言権なし』以上。頑張りや三期生」


「えっ? えぇぇぇえぇぇぇっーーー!? 発言権なしって」


「連帯責任や。バカレンが不正をした。ウチらはスタッフよりも長い時間カレンと一緒におる。カレンの意向も聞いとるし、思考誘導されてる。そんな二期生が意見出すとカレンの不正を認めることになる。これでもウチらは事前に演者会議で打ち出す方針を決めてたんやで。面倒で逃げたんとちゃうからな」


「でも一期生が後輩に丸投げ。二期生が発言権なしだと、三期生が決めることになるんだけど」


「それでええやん。なあミワ先輩」


「二期生の発言権なしは想定外だけど、ちゃんと考えた末の選択みたいね。今回は三期生に委ねることにするわ。それにしてもキツネちゃんは本当に変わったわよね。二周年アニバーサリー祭のときはヴァニラちゃん任せで。他人事のように黙り込んでいたのに」


「まあ……二期生は全員思うところがあって生まれ直ったいうことで。昔……言うてもまだ一年未満の前の話やけど、あまり掘り返さんとってください」


 キツネ先輩が気恥ずかしそうに頬をかいた。

 一期生と二期生がニヤニヤしている。

 私達三期生は今のキツネ先輩しか知らない。過ごした時間の長さが違う。わからないこともある。

 リズ姉の話だと、前の二期生のまとめ役はヴァニラ先輩。キツネ先輩はゲーマー枠でスカウトされた。声優養成所などを通ったことがない畑違いだからと一歩引いていたらしい。

 今では信じられないが、二期生で一番口数少ないのがキツネ先輩だったとか。

 それが自他共に認めるリーダー。

 リスナーも認めた二期生のまとめ役だ。


 わずか一年。されど一年。一年前は三期生もデビューしてない。

 人は変わる。立場も変わる。関係性も変わる。私は引きこもっていた。VTuberになろうとも思ってなかった。

 一年は長くて短くて、やっぱり長いのだ。


「どうしよ? 皆なにか意見ある?」


「私は特にないかな」


 リズ姉の問いかけにミサキさんが答える。

 私も首を横に振った。

 そしてセツにゃんが立ち上がる。

 嫌な予感しかしない。


「ではここは私から!」


「セツナちゃん。一応言っておくけどアリス祭はダメだからね。凄くマニアックなアリスちゃんクイズとか、最近よく作られているアリスちゃんのショートアニメーションの特集とか。別にできなくはないけど、全体のお祭りだから。一人だけクローズアップする方針は残念ながら却下。面白そうではあるけど」


「…………」


 セツにゃんがなにも言わずに座り込んだ。

 言うつもりだったらしい。アリス祭。ミワ先輩の口から飛び出したけど、アリス祭ってなんだろう。謎だ。

 でも謎は謎のままがいい。

 ミワ先輩がセツにゃんの怒涛の布教が始まる前に止めてくれた。あのセールストークが始まると勢いに流される可能性があったので助かった。本当にありがとうございます。

 その他に意見は出ない。リズ姉が「うーん」と唸っている。

 見かねたミワ先輩が助け舟を出してくれた。


「ちなみにだけどキツネちゃん。二期生が事前に決めていた方針はなんだったの? 参考資料として聞いてみたいかな」


「参考資料な。それならえっか。二期生が主張するはずやった方針は『本能開放。呑めや歌え大宴会』や」


「それはまた……カレンちゃんの影響が強いわね」


「そやろ。だから発言権なしや。悪くはないねん。わかりやすいからな。方針として大切なんはわかりやすさや。聞く人全ての人が共通イメージを思い浮かべやすい。演者だけやない。製作スタッフも同じ方向が見える。目標に向かってまとまるための方針決めやからな」


「……全ての人が共通イメージを思い浮かべやすい方針」


「なにより一番重要なのは見てくれるリスナーやろ。この『本能開放。呑めや歌え大宴会』のキャッチコピーでアニバーサリー祭の告知してみい。伝わるで。当日はお酒やツマミを用意しながら、ぎょーさんの人が配信を心待ちにしてくれんで。そういう方針を話す予定やってんけどな。不正はあかん。だからなし。二期生全員で決めた方針やから、カレン抜きで考えてもこれ以上の代案は用意できひん」


「うーんあたし的には『本能開放。呑めや歌え大宴会』でもいいんだけど」


「だからあかん言うとるやろ。頑張れ三期生」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る