第120話 全員集合3rdアニバーサリー祭会議③-スタートラインは-

 二期生は事前に話し合い、しっかりとした方針を決めていた。

 カレン先輩の不正発覚のトラブルはあった。

 だが三期生とは会議に臨む姿勢が違うのだ。

 三期生は一番後輩。初めてだから一期生と二期生に従えばいい。そんな考えがあったことは否定できない。甘えがあったのだ。

 先輩後輩はあるが、同じ事務所のVTuberとして活動している以上は同じ立場。プロ意識を見習わなければいけない。


 事前準備ができていない。自分たちの決める覚悟がなかった。このままでは答えが出ない。グダグダしてしまう。

 学校に通っていた頃のホームルームの光景が頭をよぎった。

 係や出し物を決めるのもグダグダした。

 積極性の欠如。最終的に多数決やじゃんけんで決めてしまう。


 なぜこんなことを思い返したのか。

 先日勘違いゴリラさんから電話で話したからだ。

 勘違いゴリラさん。改め如月沙羅さん。

 テレビ電話で話すと彼女はゴリラでなくなっていた。いや沙羅さんがゴリラだったことはない。だから当たり前だ。女子高生の制服を着たリアルゴリラあ私の脳内だけで勝手に変換されていただけなのだから。

 今では沙羅さんと定期的に連絡を取っている。

 言葉と掌底で殴り合った仲。

 そのあとの騒動では共に風評被害を受けた被害者だ。ちゃんと友達になれた。

 そんな沙羅さんが先日電話で憤っていた。


「……文化祭かぁ」


「ん? アリスちゃんなにか意見あるの? 文化祭って言ったよな」


「いえ……その……アニバーサリー祭について考えていたわけじゃなくて……ごめんなさい」


「別に謝らなくていいけど。なにかあったなら聞かせてくれない? 雑談でもいいし、ヒントになるかもしれないから」


「ヒントですか? えーと……先日電話で聞いたんですけど、私の通っていた高校も文化祭の時期らしくて。私は文化祭の前に辞めちゃったので経験がないんですけど、高校生も色々大変だなと」


「そういえばアリスちゃんは波乱万丈の人生の持ち主だったわね。本人が現在進行形で破天荒過ぎて、過去の経歴を忘れかけていたわ」


「波乱万丈に破天荒?」


 リズ姉から不穏なワードが飛び出した気がする。

 そんなに私の人生は荒れているだろうか? 高校を辞めたのは少しだけ普通から逸脱しているかもしれない。でもごくごく平凡な人生を歩んでいるはずだ。小動物小市民に似合わないワードである。

 どういう意味か追求する前にミワ先輩が少しに言いにくそうにたずねてきた。


「アリスちゃんの高校のことを聞いていいことかわからないけど、その話をもう少し詳しくお願いできる?」


「別にいいですよ。先日沙羅さん……えーと勘違いゴリラさんに聞いたんですけど」


「勘違いゴリラさん!? そう言えば以前の配信で連絡が来たとかやっていたわね」


「はい。さすがに勘違いゴリラさんと呼ぶのは失礼なので、沙羅さんと呼んでます。その沙羅さんが電話でクラスメートに怒っていたんです。文化祭の出し物の話し合いで色々あったみたいで」


「文化祭の出し物ね。男子が真面目にやらない! とか?」


「いえクラスメートの一人が『真宵アリスを呼べないの? 連絡を取れるんだよね』と言われたらしく。すぐに他のクラスメートから非難の声が上がったので、問題にはならなかったんですけど。危うくまた学校で掌底を解き放つ寸前だった。流血沙汰の事件を起こしてしまうところだったと物騒に怒ってました」


「あーそういう系か……あるよね。いや物騒なのは珍しいけど」


「沙羅さんからは『バカが依頼投げても全無視でお願い』と言われました。念のためにマネージャーにも確認したら『論外』と。虹色ボイス事務所はちゃんと事務所を構えてプロとして仕事をしている。慈善事業ではない。無料で仕事をする前例は作れない」


「だよね」


「なにより高校の文化祭で守秘義務は守れるのか。コンプライアンスは? 勝手に写真を撮ってネットに公開したり、好き勝手に悪評を流すかもしれない。お金を用意できて依頼してきても、仕事相手として適格かどうかは別問題。後々にトラブルになりそうな仕事は受けないと」


「全くもってその通り。情報漏洩などで迷惑がかかるのは、虹色ボイス事務所だけではない。他社の関係者にも迷惑がかかるからね。他の仕事にも影響がある。個人的な伝手で、安易に依頼されても受けられないのよ。沙羅さんがまともな友達でよかったわね」


「はい。他にも『俺も高校を辞めて配信者になろうかな』と言っているクラスメートもいるみたいで。たぶん私という前例がいるせいですね。高校二年生。進路を考え始める時期。色々悩みはあるんでしょうけど。沙羅さんはそんなクラスメートにもフラストレーションを溜めていました。『配信者が簡単なはずないだろ』と」


 私は運が良かった。

 ねこ姉というイラストレーターがいた。マネージャーという採用に関われる事務所の人間がいた。つまりコネで虹色ボイス事務所に拾ってもらうことができた。

 そういう意味で楽して成功したと見られてもおかしくはない。


 私もそのことを負い目に感じることはある。でも環境を用意してくれたねこ姉やマネージャーに期待を裏切りたくなかった。

 自分の至らない部分を少しでも補いたい。ボイストレーニングなどのレッスンを必死に受けているし、大変な仕事でも前向き頑張ろうと決めている。


 決して簡単に得られる境遇ではない。その場所にいるために全力だ。理解してくれる人。応援してくれる人。温かい声に支えられている。

 それでも私に対して『配信者は簡単に成功できていいな』と考える人はいなくならないだろう。

 だから私のために怒ってくれる友達は大切にしたい。


「それはあるあるだね。私達の場合は声優だったけど」


「あるある?」


「アリスちゃんは一般的な声優のなり方は知ってる?」


「確か……声優養成所に通う。声優事務所に所属するためのテストに受かる。アニメ作品のオーディションを何本も受けて合格する。オーディションは事務所や養成所からの紹介です。一般公募などはほとんどありません。声優オーディションを装った詐欺や悪質な勧誘もあるので注意しましょう」


「うん。……うん? 最後の方に資料丸覚えの注意文があったけどその通りよ。でもその一般的な声優のなり方には重大な欠点があるのよ」


「重大な欠点ですか?」


「声優養成所に入る前からどんな努力をしていたかよ。ボイストレーニング。アクターズスクール。ボーカルトレーニング。独学。なんでもいいの。事前の努力が大切。声優養成所に入った。でも声優養成所はスタートラインではない。声優になるための訓練を開始する。そこが本当のスタートライン」


「事前の努力がスタートライン。声優養成所はスタートラインではない?」


「声優養成所は声優になるために優れた環境よ。設備は整っている。講師がいる。同じ道を志す仲間もライバルもいる。もちろん基礎も教えてくれる。でも基礎を積み上げることは独学でもできるわけ。専門の講師や設備は必要ないでしょ。アリスちゃんがいい例ね。完全に独学だけど演技はできていた。専門的な指導は事務所に入ってからでしょ?」


「はい」


「声優の世界は実力主義。最近は容姿や歌などの要素もあるけど、声優としての演技が一定以上できてないと見向きもされない。声もかからない。それは声優養成所でも同じ。一定期間を就学すれば卒業する学校とは違うの。できる人はより専門的な指導を受ける。優先的に声優事務所やオーディションを斡旋される。それなのに声優養成所がスタートラインなのはおかしいでしょ」


「そう……ですね」


 私は声優養成所に通ったことがない。

 深く考えたことはなかった。学校ではなく養成所。卒業証書になにも意味はない。

 声優養成所に入れば声優になれるわけじゃない。完全実力社会だ。甘い考えは通じない。オーディションの推薦も受けられない。チャンスが均等に与えられるわけではない。

 だから事前の努力がスタートライン。

 声優養成所に入った時点で実力主義が適応される。入ってから頑張るのでは遅いのかもしれない。周りとの実力差に潰されないためにも事前の努力は必要だ。


「一期生は四人とも高校生で声優デビューしたわけ。声優養成所に入る前から習い事はやっていたわね。私はボイストレーニングぐらいだけど皆は? まずはレナから」


「歌一本。声楽は習ってた。アイドルアニメに憧れなかったらたぶん声優にはなってない。リンリンは元役者志望だよね?」


「アクターズスクール出身だね。でも子役エキストラ以外役なし。それなのに雲の上の存在だった子役のセツナちゃんが今では後輩。つい初対面の公式配信企画で焼きそばパンを買いに行かせようとしてしまったぜ」


「あれにはそんな意味が……」


「ランランは凄いよね」


「声楽。ピアノ。バレエ。日本舞踊。子供の頃は大変だったな」


「どうしてそんなに!?」


「アリスちゃんと一緒。家でアニメ見ながら真似していたのよ。それを見た親が宝塚音楽学校に憧れているんだ! と勘違いしてね。でも今では親に感謝かな。これでもアイドルアニメにイベントではソロダンスもやったんだよ。芸は身を助くってね」


「……宝塚と勘違い。ユイ先輩らしい」


 人に歴史あり。過去があって今に繋がり、努力が実る。

 一期生は声優を目指してずっと努力してきた。幼いころから積み重ねてきたモノがある。

 だから声優としても成功した。

 VTuberに転向しても軸がしっかりしていた。


「それでも同級生から『声優さんはいいよね』と言われたことあるのよ。高校生で働いている。出演作がネットやテレビで流れる。そうするとやっかみもあるわけ。皆もあるでしょ」


「うん」


「まあね」


「たぶんセツナちゃんも色々あったよね。子役とか特に多いから。いや今もか」


「そうですね。でも最近はわざわざ言ってくる人も少なくなりましたよ。私に話しかけるとアリスさんのチャンネルを登録することになるので」


「なぜ!?」


 セツにゃんはニコリと笑って答えない。

 布教。

 プライベートでも布教しているの?

 まさか配信内だけじゃないだと!?

 ……深く考えないでおこう。


「その手の『俺も高校辞めて』『仕事している人はいいよね』系のあるあるは、自分への愚痴だから気にする必要はないわ。本気で妬んでいるわけじゃない。言った本人も簡単になれると思ってない。本気で配信者を目指していない。そこまでの熱意はない。あるのは今の自分に対しての漠然とした不安だけ。本気で夢に抱いたならば、軽口でもそんなことは言えなくなるから」


「……そうですね。急に進路について考えるように言われた。進路に迷った。気を紛らわせたかった。ただの愚痴だと思います」


「進路に迷ったね。そういう意味では私達は参考にならないか。ずっと声優を目指して努力していたから。私から言えるのは声優のケースだけね。まずスタートラインに立て。高校在学中に少しでも芸を磨け。声の出し方から勉強しなさい。本気で目指すならば今すぐ動け。基礎段階なら高校辞めなくてもいい。在学中にできることをしろ。背水の陣を敷いてわざわざ自分の余裕を奪うな。卒業などの人生の転機は待つな。本気で夢に挑むのに転機は要らない。まず動け。ランニングからでも始めろ。こんなところかな? かなり脇道に逸れちゃったけど」


「いえ……大変参考になりました。ミワ先輩から聞いた話を今度沙羅さんにしてみます」


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