第118話 全員集合3rdアニバーサリー祭会議①-紅カレン捕縛-
一期生がデビューしてからもう三年目を迎えようとしている。
一期生はグループとして一斉デビューしたので全員同じデビュー日となる。ちなみに二期生三期生はバラバラだ。三期生はデビューしてから一年も経っていないので、まだゼロ歳児だ。
一期生のデビュー日は虹色ボイス事務所の配信を始めた日と言える。そのため事務所総出でお祝いイベントを行うのだ。
個々のバースデイイベントは別にやると聞いている。
実はVTuberには誕生祝いは四つもある。
事務所として配信を開始した日。
個々のデビュー日。
キャラクター設定の誕生日。
演者の本当の誕生日。
さすがに全てでイベントをすることはない。
リスナーも飽きてしまうだろう。
配信内で『今日誕生日なんです』と主張することはあっても、四つ全てをイベントとして祝う事務所は少ないはずだ。
ちなみに虹色ボイス事務所もお祝いの配信イベントを行うのは、事務所として配信を開始した日と個々のデビュー日の二つになる。
特に虹色ボイス事務所が産声を上げた一期生のデビュー日は盛大にイベントを行うアニバーサリー祭だ。
ちなみに個々のデビュー日はバースデイイベントと言い換えている。
そんな記念すべきイベントの内容を決めるために、演者全員が集まって会議することになった。
詳細はスタッフを交えて、あとで詰めていく。
今回決めるのはアニバーサリー祭の指針だけ。デザインイメージ。目標。テーマを決めて演者全員に共通認識を持たせるための会議だ。
だから今回はスタッフも交えない。詳細な資料も用意していない。なにをやりたいか。どういうイベントにしたいのか。同じ一つの目標に向かうために話し合うのである。
アニメ制作におけるディレクション会議みたいなものだ。
(この状況は一体!?)
会議室の入り口で真宵アリスは困惑していた。
事務所にいるときはお仕事モード。配信前のルーティーンを行い、やる気が充電された真宵アリスである。
それでも動揺を隠せなかった。
会議開始の十分前に集合。
決して遅刻してはいない。
でも一期生二期生がすでにスタンバイしており、三期生が最後に到着した形だ。
虹色ボイス事務所は上下関係に厳しくはない。無断欠席や遅刻をしない限りは怒られない。でも上下関係にうるさい事務所では「後輩は一番最初に来て待っておくべき」と怒られるらしい。
怖い事務所でないことは嬉しい。でも今日は一番最初に到着したかった。心の準備ができていなかった。
会議室の中がすでに混沌に包まれているなんて。
まずは一期生。
全員がパンツタイプの黒スーツに身を包み、黒いサングラスをかけて腕を組んで座っている。
威圧感たっぷりで決めている。
本来ならば存在感を放つはず。でも今は覇気がない。なぜなら一期生全員も困惑している。
二期生がおかしいのだ。
翠仙キツネ先輩と碧衣リン先輩は普通だ。
一期生のようにスーツで決めていない。カジュアルな普段着でおかしなところはない。
あえて言えば碧衣リン先輩が普通にオシャレなのがおかしいのかもしれない。ジャージを着ていない。耳付きの着るブランケットで寝てもいない。インパクトある文字ティーシャツも着ていない。普通だ。残念じゃないのが残念だ。
ちゃんとした服装をしているレア碧衣リン先輩である。
でも問題はそこじゃない。
(カレン先輩とヴァニラ先輩はなにをしているの……?)
黄楓ヴァニラ先輩は甘々ボイスが特徴のロリータアバターなVTuberだが、リアルでは長身のお姉さんだ。
そのお姉さんが巫女装束に身を包み、祓串を振るっていた。
祓串を振るわれているのは紅カレン先輩。
幾重にも巻かれた荒縄で椅子に括り付けられている。アイマスクに猿ぐつわ。額にはお札。首からはしめ縄。
紅カレン先輩が拘束されて、封印されて、お祓いされていた。
なぜか会議室で。
状況がよくわからない。
一歩踏み出して会議室に入る勇気がない。
どうしてもカレン先輩とヴァニラ先輩が気になってマジマジと見てしまう。
そんな私の視界が急に闇に閉ざされた。
優しく手で目を覆われたのだ。
「アリスさん」
「セツにゃん? いきなりどうしたの?」
「見てはいけません。見てはいけないものは見ない。これが鉄則です。深淵を覗けば深淵からもこちらが見えてしまいます」
「カレン先輩はそんなに危険なモノなの!? その理屈だとセツにゃんも見てはいけないよね?」
「私は最初からアリスさんしか見てないので大丈夫です」
「それはそれで問題なのでは!?」
視界は真っ暗。
引きこもり時代部屋を真っ暗にして過ごすことが多かったから、私は暗い方が安心できる。
セツにゃんのフォローで少し落ち着けた。
「あっ! また二人だけでイチャイチャして! お姉さんも混ぜて」
「うぎゅ」
ギュッと柔らかさに包み込まれる
視界がふさがれているのでわからないが、セツにゃんごとリズ姉に抱きしめられたようだ。
されるがままになっている私の頭がポンポンと優しく撫でられた。
「なでなでと。いつまでも入口で固まっていても仕方がない。私たちも着席しよっか」
「はい」
「そうね」
「えっ!? このまま!?」
なぜか私は目隠しされて、拘束されたまま席に誘導された。
カレン先輩のように荒縄ではなく人の身体で。
着席すると一期生のざわつく声が聞こえてくる。
「どうしよミワちゃん! ちゃんと服装揃えてきたのに私達が一番インパクト薄いよ!?」
「どうしよって言われてもね。リンリンは勝てるの? 三期生の女子校感は天然モノよ。しかも中心にメイドロボがいるし、生半可なコスプレで勝てる相手じゃない。……二期生は別枠として扱うとしても」
「うっ……確かに養殖モノの百合営業では天然モノには勝てないか。最近当たり前のように受け入れてたけど、常時メイドロボがいるのは見た目のインパクト強いよね。二期生は勝っちゃいけない気がする」
「いいなミサキちゃん」
「ランランはミサキチ推しなの?」
「女子校の王子様を演じたい。『やあ。子猫ちゃん達』とかやりたい」
「立ち位置的な憧れか。ランランらしい」
「全員揃った。まだ開始時間前。でもいい加減二期生にツッコミ入れたい」
「そうねレナ。このまま無視して会議を始めることはできないよね……心の底から放置したいけど」
ミワ先輩の決意した声が聞こえた。
やっぱり一期生もニ期生のことが気になっていたらしい。
そして私はいつまでセツにゃんに目隠しされているのだろう。
「ねえ……キツネちゃん。カレンちゃんとヴァニラちゃんについての説明を求めていいのかな?」
「せやな。なぜこうなったか。会議前に説明しとかなあかんよな」
「さすがに拘束されて、お祓いされている子は無視できないわね。お祓いの横で会議を進行できるほど、私は胆力に自信がない」
そんな自信はあっても困る。
司会だけではなく参加者側にもそんな胆力はない。
キツネ先輩が重たい口調で言葉を発する。
私も目隠しされたままなので見えないが、苦々しい表情をしているに違いない。
「簡単に説明すると……賄賂や」
「ワイロ? 賄賂って……不正の温床的な?」
「不正。……そうなや。まさに不正や。バカレンのド阿呆はアニバーサリー祭に向けて、スタッフの好みを把握して日本酒を配っていたんや。『企画で全国の酒蔵から銘酒を取り寄せませんか? 都道府県別で集めましょう! それに全国からクラフトビールをかき集めるのも面白いと思います。余ったら打ち上げで呑めますし』とプレゼンしながらな。それを現行犯逮捕した」
「そう……とうとう表に出てしまったのね。カレンちゃんの悪事が」
「以前から黒い噂はあった。アリスちゃんのところのマネージャーを恐喝したという話もあった。アニバーサリー祭に向けて、注意の目を向けていたら案の定や」
「拘束されている理由はわかった。そのお祓いは?」
「カレンの酒好きは度が過ぎとる。悪霊に憑りつかれているとしか思われへん。もう病院よりも神頼みするしかない。そのためにアオリンの伝手で借りてきたんや。しめ縄。お札。祓串。巫女服などの道具は全部本物やで」
「実家が神社の氏子をやっているから借りてきた。観光地にもなっている割と有名なところ」
「そ……そう。それでなぜヴァニラちゃんが?」
「ヴァニラは長年年末年始に活躍するベテランバイト巫女やったらしい」
「バイト巫女ってお祓いできるの!?」
「なんかできる気がした」
「うん……事情はわかった。カレンちゃんはそのままでいいや。ヴァニラちゃんは着席して。あとセツナちゃん。いい加減アリスちゃんの目隠しを解いてあげて」
「わかりました」
ようやくセツにゃんの手から解放された。視界が明るい。目が慣れていないので少し眩しい。会議室を見回すと全員着席している。机はコの字型。期生別で四人ずつ座っており、中央はもちろん一期生だ。
ミワ先輩は会議が始まる前から疲れている。
「それじゃあ虹色ボイス三周年アニバーサリー祭の演者会議を始めようか。議題は『全員集まってなにをしたいか』『どんなことをリスナーに伝えたいか』かな。どういうお祭りにしたいか、皆で忌憚のない意見を出し合おうね」
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