第五章ーBe Ambitious! 輝け虹色の未来祭ー

第117話 メイドロボ現る! クランクアップ立食パーティー

「メイドロボだ」


「え……あれ本物?」


「ついに人類の夢が実現したのか……」


「真宵アリスは実在した」


「これが例のデリバリーアリスか」


 妙なざわめきが生まれたが無視した。今は役割に徹するのみ。

 無事クランクアップを収めて大好評のままで放送終了。

 大成功を収めた『アームズ・ナイトギア』の打ち上げはホテルを貸切っての豪勢な立食パーティだ。会場には何百人も人が集まっている。

 すでに監督や主要キャストの挨拶を終えて、主題歌歌手の挨拶も終わった。


 計三回。

 自己紹介は嫌いだ。人前で話すのも苦手だ。それなのに石館監督の策略で計三回も壇上で挨拶させられた。

 アリス役の挨拶とプレシア教官役を声色を変えて挨拶した。

 内容は役に準じた。

 この流れで主題歌歌手の挨拶は嫌な予感しかしなかった。このままでは余興の一環として曲の数だけ挨拶されられかねない。そんな危機感から即興でメドレーを歌って逃げた。

 この恨みは一生忘れない。

 心の中でどうか石館監督が禿げますようと祈っておく。


 そんなわけで現在テンションが下降中である。

 本来ならば引きこもりには縁のないパーティーだ。打ち上げパーティーに出席するのも躊躇した。

 けれどマネージャーに言われたのだ。


『この世界は人脈。人の縁が大切。仕事終わりの挨拶が次の仕事を生む。最後の挨拶を蔑ろにするのは論外。最後の最後で悪印象を持たれて、ずっと相手に悪い記憶が残ることになる。だから打ち上げパーティーは出るべき!』


 ぐうの音も出ない正論である。

 だから出席した。

 会場にはセツにゃんもいる。雨宮ひかりさんもいる。あの二人の影に隠れていれば目立たないはず。

 そんな甘い考えがあったのだ。けれど見事に打ち砕かれる。当たり前だが主役の二人に関係者が群がらないはずがなかった。

 多くの関係者に囲まれてちゃんと受け答えする二人。その流れで私にまで話が飛んでくるのだ。


(これは一緒にいる方が危険なのでは!?)


 そんなわけで今はボード型の立ち乗り電動スクーターに乗りながら、関係者にジュースを配っている。

 緊急逃避策としてホテルには事前に許可を取っていた。

 宴会の出し物扱いだ。

 心は完全にロボット。

 だから無駄な動きもお喋りも一切しなくていい。やはり役割に徹するのは素晴らしい。特にデリバリー中は人から話しかけられないので安心できる。

 色々なテーブルを回ってジュースを配りながら『今後もよろしくお願いします』と挨拶もできる。相手から話しかけられないで一方的に挨拶回りができるのだ。

 完璧なプランである。


「おーいそこのメイドロボ! ちょっとこっち来てくれないか?」


「…………」


 どうやら電動スクーターの充電が切れそうだ。

 すぐに充電に向かわなければ。


「真宵アリス君。君に話がある」


 先ほど禿げろと祈られた石館監督が呼んでいる。

 さすがに名指しは無視できない。

 その横でマネージャーも苦笑している。

 お仕事の話だろうか。

 電動スクーターの充電はちょうど半分くらい。充電したい。でも残念ながら後三十分くらいは走れそうだ。言い訳に使えない。

 バッテリーが長持ちするようになった技術の進歩を恨むことになるとは思わなかった。

 ゆっくりと石館監督の下に向かう。


「……お呼びでしょうか? 残念ながらアルコール類はあちらでお受け取りください」


「アルコールはデリバリーしてないのか。それは残念だ。だが今からするのは仕事に関わる話なので大丈夫だ」


「さようでございますか。では私はこれで」


「こらこら待ちなさい」


 石館監督の呼び止める声を無視しようとする。

 でも今度はマネージャーに呼び止められた。


「アリス。人口密集地が苦手なのはわかる。でも安心しなさい。そして周囲を確認なさい。わかるでしょ。石館監督の周りには人は集まらないの」


「ふむ……なるほど! さすがマネージャー! 慧眼です!」


 目から鱗が落ちた。

 セツにゃん達は信用できるし、頼りになるが人を引き寄せてしまう。

 対して石館監督はどうだ。

 人除けには最適だ。


「……ブルーレイ特典の仕事を頼んだときは強引過ぎた。ちゃんと謝罪するからそう邪険に扱わないでくれ」


 石館監督がぼそりと呟いたが無視する。

 この雑な対応は強制的に挨拶させられたことへの意趣返しだけではない。

 石館監督が私の配信で『アームズ・ナイトギア』のブルーレイ特典について言及した。そのせいで大変だったのだ。期待値が上がったせいであれこれ色々とやらされた。

 楽曲提供やライブ映像特典の音楽関連。アフレコではないが八話以降の副音声でのオーディオコメンタリーなど。前半で退場するプレシア教官なのに、ブルーレイでは最初から最後まで声で出演していたのだ。

 そのおかげで売り上げはいいらしい。

 だがこのとき私とマネージャーの間で石館監督は雑に扱うことが決定した。


「それでアリス君。先ほど相田さんから話を聞いていたんだが、次の声優の仕事の予定は入れてないんだな」


「はい」


「声優の仕事が嫌だったか?」


「いえ。むしろ自由に演技させてもらって楽しかったです」


「それはよかった。うちの現場が不快だったわけではない。悪印象もない。でも声優の仕事は入れるつもりはないと?」


「いえ別に……そうなのマネージャー?」


 仕事の割り振りはマネージャー任せになっているので確認してみる。

 声優業界の流れは早い。

 本当に生き残りたければ一つでも多くのオーディションに出て、出演作をを増やして経験を積み、人脈を増やした方がいい。

 セツにゃんは声優路線なので次の出演作が決まっている。

 雨宮ひかりさんも引っ張りだこだと聞いている。

 元より知名度が高い二人だ。演技力も高い。アニメ声優の演技もできることがわかった。主演作がヒットしているという実績まである。

 事務所としては声優路線はセツにゃん推しだろう。


「はあ……ちゃんと説明したでしょ。虹色ボイス事務所としては真宵アリスの声優活動はプレミアム商品扱いよ。基本は主題歌とセット。だからワンクールに何本も入れて声優活動させるつもりはない。一気に仕事増やして、色々な現場に連れ回して、交流の幅を広げる。アリスにできるの?」


「無理。そういうことらしいです石館監督」


「……自分のことなのに相変わらず関心が薄そうだな君は」


「与えられた仕事は全力でやります」


「知っている。君は完璧主義者の類だ。集中力が高すぎて周囲が心配になるぐらい徹底的にやり込む。俺が保証しよう」


「ありがとうございます?」


 それは褒められた特性なのだろうか。

 たぶん石館監督からは褒められているのでお礼を返した。


「ふむ……本当に声優という仕事を忌避しているわけではなさそうだな。それにスケジュールにも今のところは空きがあると」


「えーと……?」


「先ほども説明しましたが虹色ボイス三周年アニバーサリー祭の配信があります。その他の案件や歌手活動もありますので」


「わかっている。俺が気にしたのは他のアニメの長期プロジェクトなどに参加予定があるかどうかだ。歌が上手ければアイドルアニメやゲームからの勧誘もあるだろう。あちらはイベント事が多い。ヒットすれば各地でライブイベントを行うこともある。拘束期間が長いんだよ」


「そちらはアリスの性格に不向き。また権利問題がややこしいので、今のところ参加予定はないですね」


「よかった。それではまだ先の仕事の依頼だが『アームズ・ナイトギア』の関連で大きなプロジェクトがあると言ったら受けてくれるか?」


「詳しくお聞かせください」


 マネージャーが仕事モードに入った。

 完全にお仕事の話が始まるのだろう。

 石館監督も私が声優の仕事を忌避していないかを確認したかっただけみたいだ。

 つまり私が呼び出された要件はすでに終わった。

 でもマネージャーと石館監督から退席の許可がないから抜けられない。

 三十分以内に終わるのか。電動スクーターのバッテリーがもつのか。

 それが問題だ。


「これは桜色セツナ君経由でも伝わっていると思う。まだ先の話だが『アームズ・ナイトギア』第二期の製作が決定した」


「おめでとうございます。ですがアリスの役のプレシア教官はすでに……」


「俺はサプライズが好きでね。できる限りファンが望むモノを提供したいと思っている」


「立派なお考えですね」


「第二期でも重要な役で真宵アリス君を使いたいんだ。プレシア教官から声色をガラッと変えてね。アリス君ならできるだろう?」


「それはよいサプライズになるでしょう。演技や声の幅は真宵アリスの得意分野です」


「ただ今日話したいのは第二期制作よりも前段階の話だ」


「というと?」


「まだ正式決定ではない。だからそちらの事務所にも正式に打診はしてない。だが『アームズ・ナイトギア』のスピンオフの劇場版の話が持ちあがっている。第二期放送前にプレシア教官が教官になる前の現役時代。つまり第一期よりも前の時系列でプレシア教官を主役にした劇場版だ。現役時代の活躍から病の苦しみと挫折。そして第一期前半部分をプレシア教官視点で再編成した総集編。もちろん主役は真宵アリス君しかあり得ない」


「ずいぶんと大きな話ですね」


「原作者がかなり乗り気でね。原作者の製作待ちの面もある。だからこれもまだ先の話だ。おそらく分量的に二部編成の劇場版になるだろうからな。第二期にはプレシア教官の同世代のナイトも多く出演する。第二期の放送前に劇場版が映画館で流れれば、放送前か注目も集まる。プレシア教官は人気が高いから予算もつきやすい。アニメ制作会社としても成功の見込みが高い劇場版はぜひやりたいんだよ。そのため肝心の主役をスケジュールを把握しておきたくてね」


「真宵アリスを今後ともよろしくお願いします」


「受けてくれてよかった。関係各所にも連携しておく」


 マネージャーがいきなり頭を下げた。私もマネージャーにならう。

 電動スクーター上でお辞儀するのはコツがいる。上半身の動きに合わせて下半身を動かさずに重心を調整しなくてはいけない。勝手に動き出してしまわないか心配だったが大丈夫だった。

 ……私の目の前で私の知らないうちに、なにか大きな仕事を受けてしまった気がする。

 あとでマネージャーから詳細を聞こう。

 今は早く充電しに行きたい。


 それに虹色ボイス三周年アニバーサリー祭の配信もある。

 配信内容がまだ決まっていない。

 一期生二期生三期生が全員集合の大会議が行われる。そこでなにをするか決めるらしい。

 皆で企画を持ち寄らなければいけない。


 企画の持ち寄り。こういう話は苦手だ。

 やりたいことを自由に言うだけ。

 それだけがとても難しい。

 私がなにをしたいのか。

 皆となにをやりたいのか。


 それがまったく見つからない。

 皆と一緒になにかはやりたい。見てくれる人にも楽しんでほしい。漠然とした願いはある。

 でも自分からこれがやりたい! というイメージがまったく思い浮かばない。

 積極性はどこかに落ちていないものだろうか?



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