第107話 私だったのだ生配信①-活動を振り返って-
プレシア教官は私だったのだ。
などど調子に乗って発表してしまった影響か。
今日の配信は待機している同時接続者数が今までで一番多い。
歌手デビューしたときも生配信まで見に来てくれるリスナーはいたが、ここまで増えなかった。ミュージックビデオの再生数は凄かったが。
アニメオリジナルキャラで『アームズ・ナイトギア』の第四話に出演したときもここまで増えていない。
今回多くのアニメファンが流れてきたのは『アームズ・ナイトギア』の第七話の反響が大きかったからだ。
アニメーションの出来が良かったから。演出が際立っていたから。シナリオに感動してくれたから。私の力ではない。
真宵アリスではなくプレシア教官の声優を見に来た人が多いだろう。
元々天依スイとプレシア教官について語るつもりだったので配信プランに変更はない。
変更はないが、新規リスナーが想定以上に多い。求められている配信がいつもと異なっている。期待した内容と違う配信を見せられても楽しめないだろう。
私はいつも通りだ。その軸がズレると既存のリスナーが楽しめない。
私は私のまま。
けれどアニメ声優としての真宵アリスを求める人にも受け入れてもらえるようにしなくてはいけない。
今回のショーの幕はアニメ第一話放送から上がったままだった。
天依スイという声優の誕生から始まった長い長いショーのクライマックス。
最後まで楽しもう。最後まで楽しませよう。
この配信はサプライズが成功したとアピールする配信ではない。長く続いたサプライズの集大成。サプライズは綺麗に閉じてようやく成功なのだ。
この配信だけを見に来た人が多いはず。その人たちにも『配信を見に来てよかった』と思ってもらえるように。
一期一会だ。
この言葉は歌だけではない。配信も楽しんでもらえるように死ぬ気でやるしかない。
声は冒頭から感情豊かにテンション高め。少しやけくそ気味で。
「やる気充電完了。お仕事モード起動。皆さんおはようございます。最近多忙です! 改めて世界に叛逆しなければと決意を新たに奮闘する夢は自堕落型駄メイドロボ真宵アリスと」
『皆様初めまして。本日は執事でありません。プレシア教官役をさせていただきました声優の天依スイです』
:おはよー
:おは……たぼー
:マジで忙しいだろうな
:配信やって歌手やってアニメ声優やったと思ったらシークレットでもう一役の一人二役やって
:夢は自堕落に涙
:まだ未成年なのに
:って天依スイの執事アバター現れた
:一人二役するから多忙になるんやで
:本人だと思って聞けばギリギリわかるな
:声の作りもだけど感情のオンオフ凄いな
:さすがに天依スイのアバターは動くの口だけか
:ガチで多忙で草
「さて今日は新規リスナーさんが多いですよね。アニメ『アームズ・ナイトギア』を見てたくさんの人がアリス劇場に足を運んでくださった。これだけご新規様が多いと私もなにかしないといけない。冒頭で自分のデビュー配信を一言一句違わずアフレコして流すことで『あれ? 再生するのを間違えた?』と多くの人を混沌に陥れてやろうか。そんな作戦名エンドレスをえいっ、と! などの企画も考えました」
『さすがにマネージャーから止められましたね。今日の配信で求められているのは奇抜さよりもアニメについてですから』
「そんなわけでいきなりですがあの方もお呼びしますね」
『はぁ……まったく。私の出番はもう終わっただろ。もう休ませろ』
「うんうん。休みたいですよね」
:アニメから流れてきた人多いな
:『アームズ・ナイトギア』を見てこっちに流れてきた人です
:なに考えてやがるwww
:エンドレスをえいっ、とw
:本当に一言一句違わず秒間隔も狂うことなく再現できそうだからな
:それはそれで見てみたいw
:マネージャーからストップ
:プレシア教官きたぁーーーーー
:マジか……
:本当にやっていたんだな
:普通に自分と会話してる
:冒頭から一人三役か
:多忙すぎる
:これが真宵アリスか
「さて! ご新規のリスナー様にも自己紹介はできたと思うので一人三役は中断しますね。疲れるし、ややこしいので」
声のトーンを一気に下げる。
結家詠に近い声色。つまりダウナー。たまに身内からも真剣なのか、ボケているのか、わからないと言われる。そういうときは大体ボケているのだが、あまりわかってもらえない。そんなむず痒さや物悲しさを漂わせた声だ。
登場させていた天依スイのアバターを画面から消した。
「今回は特にご新規のリスナーさんが多いので、改めて私についてと座右の銘を紹介させていただきます」
『The Show Must Go On。あなたが望んでくださるならば私はショーを続けましょう』
「これは私の収益化配信のときに掲げた座右の銘です。配信は楽しい。応援してくださる人に応えたい。特に夢も目標もない私が配信をする原動力です」
だんだんと熱を帯びるように。
声に感情の色を乗せていく。
これまでの自分を振り返りながら。
「ショーを続ける。単純なようでとても難しい。始めてから気づきました。こちらは私の同期生である桜色セツナさんの座右の銘です。鏡の国のアリスに登場する赤の女王より」
『その場にとどまるためには全力で走り続けなければならない』
「私は私のまま。応援してくれる人を裏切ってはいけない。けれどずっと同じことをしていては飽きられてしまう。応援し続けてもらうためには私も変わり続けなければいけない。進化していかないといけない。だから歌手活動を始めました。どんな仕事も私に訪れたたった一度だけのチャンスかもしれない。一期一会。死ぬ気でやれ。ただ突き動かされるように歌いました」
思い出すのは生配信で生歌を披露したこと。
一曲を全力で歌ってクタクタになった。
実際に酸欠気味だった。
本当に全力でやり切ったと思えた。
だからそこで燃え尽き症候群のようになって自分を見失った。
再び声を冷ます。
天依スイの誕生はあまりポジティブな理由ではなかったから。
「歌手デビューしてから環境や周囲からの扱いが変わりました。期待。求められている役割が大きくなった。お仕事が増えるのはいいことです。けれど多忙は余裕を奪います。慣れもあって大切にしていた基礎が疎かになりました。自分を見失い始めていました。そんなときに声優の仕事までもらえました。そして声優挑戦の初日の顔合わせで失敗しました。実は私……スランプに陥っていたんです」
:初手から飛ばしすぎな自己紹介
:The Show Must Go On!
:真宵アリスの座右の銘か懐かしいな
:ご新規さんが多いから改めてか
:赤の女王仮説
:その場にいるために変わり続けることは難しいよな
:だから歌手デビューか
:For dear life
:今日は冒頭から全力でアリス劇場
:歌手デビューから確かに発信される情報が多くなった
:一気に環境が変化すると大変だよな
:自分を見失ったか
:えっ……失敗?
:スランプってマジで!?
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