第74話 閑話_メンバーシップ特典③禁忌のボツ案

 かつて神は世界を創った。

 空を創り、海を創り、大地を創り、そして土くれから人間を創った。

 人間の姿は神の御姿の模倣であるとされている。


 人間もまた自らの姿を模倣した人型を創った。

 その名はゴーレム。

 命じられたことのみを実行する人型。

 決してゴーレムを自由にしてはならない。心を与えてはいけない。

 古来よりいくつもの寓話で語られる惨劇は常にそう訴える。

 いつしか『胎児』の意味を持つゴーレムの名は時を経て『神への冒涜』『人間の傲慢』『禁忌の命』の意味を持つようになった。

 それ故に現代も人間が人型を生み出すことに嫌悪感を抱く人がいる。


 現代のゴーレムと言えるメイドロボは許されない存在か。

 少なくとも心を持つことは許されていない。

 シンギュラリティなどメイドロボも望んでもいないのに。


 などとメイドロボのくせに大層な話を真面目に思考してみたが。

 ただの現実逃避だ。


「ぎゃあぁぁぁぁーーーー! なにこれなにこれなにこれ?」


 やっちまったかもしれない。

 パニックを起こすをマスターを見て、素直に反省する。

 やはり人型を創るのはあまりよろしくない。

 神が創りし人間が造りしメイドロボが作りし人型というのも色々ややこしい。

 禁忌になるのも頷けるというものだ。


 うんうんと納得しているとマスターが涙目で私を見ている。

 仕方がないので今日の晩御飯について説明しよう。


「マスター。落ち着いてください」


「これを見てどう落ち着けというの!? なんなのこれ?」


 マスターが指差すのは食卓のお皿の上に直立してダブルバイセップスを決めている人型だった。


「これは鶏肉の炊いたんです」


「鶏肉の……タイタン?」


「炊いたんです。関西では煮込みをそう呼びます。正確にはタイタンな鶏肉の炊いたんです」


「タイタンな……たいたん……炊いたん……鶏肉の煮込み料理?」


「はい。タイタンな鶏肉の炊いたんです」


「このポーズを決めているテカっているボディービルダーが鶏肉の煮込み料理?」


「ポーズはダブルバイセップスです。テカっているのは炊いたからです。筋肉質なのは鶏肉だからです。人型なのはタイタンだからです」


「……これが料理?」


 あまりに理解が及ばないせいかマスターが同じことを何度も呟いている。

 視線は鶏肉の炊いたんと私を行ったり来たり。私まで信じられない物を見るような目で見るのは心外である。

 仕方がないので経緯を説明することにする。


「私は常々疑問に思っていました」


「えーと……なにを?」


「ネットが発達し、誰もが画像記憶装置を持ち、ネットに上げて『映え』などと言っている。飲食店もその流行に合わせて見た目にインパクトあるメニューを用意している。それなのになぜタイタンな鶏肉の炊いたんなどという安直なことを誰もやらないのか」


「やるはずないでしょ!」


「なぜですか? なにが流行るかわからない世の中。飲食店は鎬を削る。キモ可愛いなどという言葉もあった。ならタイタンな鶏肉の炊いたんが映えてもおかしくない。昨今のプロテインブーム追い風です」


「いや……でも! 人型だから!」


「クリスマスケーキのサンタ。キャラ弁の顔。人型だからダメなのですか?」


「それはデフォルメされているし!」


「機械的にはデフォルメされていても人型と認識します。そうじゃないと丸々太り過ぎたデフォルメのような体型の人間を人間として扱わなくなりますから」


「そういうところだけ機械的!?」


「ただ私も今回のマスターの反応を見て、答えを得ました」


「え? 私の反応を見て答えが?」


「……やはりメイドロボの存在は人類に認められていないのですね」


「どうしてそうなったの!? うちのメイドロボの思考の飛躍が高度すぎて理解ができない!」


 どうもシンギュラリティを引き起こしてしまったみたいである。

 仕方がないのでさきほどの神の創成紀から説明した。

 マスターはとても頭が痛そうだ。


「……なるほど。つまりこのタイタンな鶏肉の炊いたんの存在が否定されてしまうと、メイドロボによる人型作製が否定されて、人間の手によって作られた人型たるメイドロボの存在も否定されてしまうと」


「そうです」


「それって神が創った人間の部分も否定しない?」


「神秘学的には神が間違えることはありません。よって間違いは人間の手によって作られた部分までです」


「うちのメイドロボの返しと宗教的解釈が高度過ぎる。いや……うん……今はいいや。このタイタンな鶏肉の炊いたんの存在を認めれば、メイドロボの存在は認められる。アリスは悲しまないのね」


「食べてください」


「……えっ」


「彼はマスターに食べてもらうために生み出されました。だから食べてください」


「う……あれを? で、でもやっぱりリアルな人型のモノを食べるのは抵抗あるから! 別問題だから!」


 マスターが本気で嫌そうなので妥協しよう。

 確かにゴーレムに対する忌避感とカニバリズム的忌避感は別物だから。

 さっきは嘘を言った。

 機械だってさすがに人間とデフォルメの区別はつく。

 着ぐるみの中の人間を人間として判別できるか性能によるが。


「仕方がありません。人型と認識できなければいいのですよね」


「う……うん? そういうことかな?」


 鶏肉で作り上げたリアルなボディービルダー像。

 もといタイタンな鶏肉の炊いたんが崩れないようにお皿を持ちあげて厨房に運ぶ。

 そして準備してあったスープ皿に体勢を変えてセットする。

 その上からスープかけて身体を隠す。

 うむ完璧だ。


「お待たせしました。タイタンな鶏肉の炊いたんのパイタンです」


「ただの入浴中のボディービルダーじゃねーか!」


「人型は隠れてます」


「下半身だけね! 胸から上が見えているから! もう入浴中のボディービルダーにしか見えないから!」


「人型でなくても人間に見えたらダメ? やはり完全にパイタンスープに沈めるべき?」


「……それ白濁湯に沈む溺死体」


「難しい。それとも鶏肉という生物由来のタンパク質だからダメなのでしょうか?」


「……そうかもね。土くれより人間に近いし」


「なるほど。フランケンシュタインの怪物よりもクレイマンの方がマシと」


 もう一度厨房に戻り、鶏肉だけでは栄養が偏ると作っておいた料理も取り出す。

 形が崩れないように持ち運んで。


「お待たせ致しました。タイタンな大根の炊いたんサイドチェストバージョンです」


「色白のボディービルダーが追加された!?」


「わかってます。人型が完全に見えていたらダメ。このパイタンスープに投入します。これでタイタンな鶏肉と大根の炊いたんのパイタンの完成です」


「……なんで食卓にボディービルダー二人の入浴シーンが出現したんだろうね」


「これでもダメですか? マスターが食べないから料理が冷めてしまいました」


「……ううぅぅぅ……本当にこれ食べないとダメ?」


「ダメです。仕方がないので温め直してきます」


 タイタンな鶏肉と大根の炊いたんのパイタンをレンジで温め直す。

 これで遊びは終わり。

 ちゃんと準備してあった炊き立てのご飯やサラダやお漬物を食卓に置いていく。

 そしてチンッとレンジが鳴ったので温まった鶏肉と大根の白湯スープを食卓に置いた。


「あれ……さっきの奴は? もしかして私が嫌がったから捨てちゃったの?」


「いえゴーレムは儚い物。レンジで温めるとつなぎが溶けます。人型も顔の造形も崩れてただの鶏肉と大根の炊いたんに戻るのです。実は元々冷めていました」


「うっ……じゃあこれはさっきのなんだ。でも美味しい」


 マスターは今度こそ食べてくれた。

 これにて実験は終了だ。


 人間にとって人の形は特別で。

 心を持つのも特別で。

 食らうのは忌避感がある。

 人間以外が人を為すことを根本的に嫌っているんだろう。

 それはマスターも変わらない。

 けれどマスターは私の存在を受け入れてくれている。

 そのことは嬉しく思う。

 同時に私はその理由を理解できないままでいる。

 なぜ私を受け入れているのか。

 マスターはその理由を説明できるのだろうか?


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キャスト


ナレーション:真宵アリス

真宵アリス役:真宵アリス

マスター役:真宵アリス

BGM:真宵アリス


リアクション協力:ねこグローブ


シナリオ

真宵アリス


制作期間

四時間(パニックを起こしたねこ姉をなだめる時間三十分。タイタンな炊いたん制作時間二時間)


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 マネージャーにメンバーシップ特典のボイスドラマを送ってみたのだが。


『……これは審議が必要ね』


「やっぱりダメですか。実は『隠れ家居酒屋アリス』のメニューボツ案の流用だったんですけど」


『あの企画にタイタンな鶏肉の炊いたんを出そうとしてたの!?』


「……ねこ姉がツッコミ気質になるほど取り乱したので止めました」


『しかも実際に作っている……だと。そういえば前にねこが「筋肉」と謎のメッセージを送ってきたのはこれが原因か。ねこに確認取っても「今にわかる」としか言わないし』


「たぶんそれです」


『えーと……実物の写真ある?』


「今送りますね」


『…………ぷっ…………予想以上に入浴中のボディービルダー』


 マネージャーが電話越しでなぜか笑いをこらえている。

 ねこ姉は取り乱したけどマネージャーは笑うのか。


『ねえ。うた……じゃなくてアリス。私は好きよ。アリスのこういう突き抜けたバカを真面目でやらかすところ。本当に好き』


「ありがとうございます?」


『でも私一人だと判断ができないから少し他の人にも聞いてみるわね。ちょうどクリオネのメンバーが総出で事務所に来ているから』


「えっ? 先生たちに聞かせるんですか!?」


『ちょっと待ってね』


 電話が切られて待ちぼうけ。

 そう言えば月海先生は正式に虹色ボイス事務所の音楽プロデューサーになったのだ。

 つまり内部の人間。

 未発表のボイスドラマを聞かせても問題ない?

 そのあたりの大人の事情はよくわからないが。


 待つこと一時間。

 かなり時間がかかっていたがようやくマネージャーから電話がかかってきた。


『採用が決定したわ』


「えっ……本当ですか?」


『ええ月海先生が「なにやってるのあの娘」って笑い過ぎて過呼吸になる騒動になったけど』


「大丈夫だったんですか!?」


『ええ。ただの笑い過ぎだから。そのせいで時間かかったけど。でも隣にいた氷下天使先生の大絶賛もあって採用決定』


「うっ……氷下天使先生ですか」


『嫌そうな声出さない。あと氷下天使先生からメッセージもあるわよ。「やはり君は私と同じ天才の部類のようだな。これほどの衝撃は久しぶりだった。インスピレーションが湧いたよ」だって。相変わらず氷下天使先生から好かれているわね』


「……嬉しくない」


 こうして公開されたタイタンな炊いたんシリーズ画像付きボイスドラマは色々な意味で衝撃を与えた。

 最近歌手デビューで注目を集めていたところに落とされた爆弾。

 真宵アリスとは何者なのか?

 すでに古参を自称するファンでさえ『わからない……でもこれが真宵アリスだ』と遠い目をしたという。



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 作者からの連絡。

 ダメな人はスルーしてください。読み飛ばし推奨です。

 重要なことは書いていないですし、私も読専の頃は飛ばしていました。


 今回は作中にも書いてある通り『隠れ家居酒屋アリス』のメニューボツ案の流用です。

 バカバカしさの割に内容は割とSFです。


 次回は第四章第一話になります。

 主人公である真宵アリスの弱点と挫折のシリアス?回から。

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