第57話 第九種接近遭遇生配信⑦-吞んだくれの執念-

 新しいことに挑戦するのは勇気がいる。

 その一歩踏み出さなければ新しい世界は開けない。


 引きこもりの私は自ら扉を閉ざしていた。

 自分の心を守るために外を見ないようにした。

 だから必死になって扉の中の世界を充実させようとしていたところがある。

 一人でできることには限界があった。

 一人でできないことは簡単に諦めてきた。

 それでは世界は狭いままだ。


 今の環境は恵まれている。

 扉の向こうには凄い人たちが待っていてくれている。

 様々なことに挑戦する機会がある。

 必要ならば事務所の伝手で信用できる先生からレッスンも受けることもできる。

 家に引きこもっているのは好きだし、悪いこととは思わない。

 けれど今の環境で世界を広げられなければ私はずっと成長できない。


「最後に決意表明と新企画の発表です。やっぱり先輩方は凄いです。先輩方の話を聞いて私は未熟さを悟りました」


 色々と考えてやってきたつもりだ。

 けれど足りないモノが多すぎる。

 それでも自分にやれることをやるしかないのだが。

 今も真宵アリスのこれからについて迷っている。

 周りは常に変化していく。成長していく。歩み続けていく。自分だけが立ち止まるわけにはいかない。

 置いていかれたくない焦燥は降り積もる。

 どうなりたいか。理想の自分なんて簡単には見つけられない。

 だからせめて与えてもらった課題は全力を尽くしたい。


:決意表明と新企画!

:アリスで未熟なのか

:デビューして間もない未成年だし

:十分凄いが

:二期生から見習うのか


「果たして私は三期生の仲間が困っているときに助けられるのでしょうか。例えばセツにゃんが引退の危機に瀕したときに私は婚姻届を持って『全ての責任は私が取る』と言い切ることができるでしょうか?」


 私には責任を取るために婚姻届を渡す発想がなかった。

 まだ誰かを一生養う覚悟も持てていないと思う。

 自分に自信がないのだ。


 でも少し冷静になろう。


「……自分で言ってなんですが、仲間の引退を止めるために婚姻届を準備するってどういうシチュエーションなのでしょう? 冷静に考えると……えーと……とにかく二期生の先輩方は凄かったです! 全員個性的で形容しがたい凄さです!」


 先輩方の凄さを言葉で説明できない私はやはり未熟だ。

 人生の経験値が足りないのだろう。

 悔しさで拳をギュッと握りしめる。


「冒頭の名乗りでも言いました。私は二期生の先輩方に圧倒されたのです。私ごときが暴走型を名乗るなど烏滸がましい。真の暴走型は碧衣リン先輩です。暴走の神髄を教えられました。私なんかが暴走型を名乗っていたなんて恥ずかしいです。だから今後はしばらくは暴走型の汚名は返上。ですが、いつの日か必ず挽回します」


 弱音は吐き終えた。

 ここからが本当の決意表明だ。

 顔を上げて真っすぐ前を向く。


「最近ボイストレーニングなど本格的なレッスンを受けて理解しました。自分には足りないモノが多い。今までならば諦めていた。でもせっかく恵まれた環境にいるのです。わからないなら誰かに教えを乞えばいい。色々挑戦するべきだと」


:ダメだ! セツにゃんは喜々として婚姻届を書き込んで役所まで行きかねない!

:祝セツにゃん寿卒業

:卒業させるなwww

:同性婚はまだ国に認められてないんだな

:セツにゃん「私VTuberを卒業して政治家になります」

:おいwww

:急に冷静になった

:確かに形容できん

:真の暴走型www

:……暴走の神髄とは一体?

:汚名返上ならいいじゃないか

:挽回するもんじゃないんよw

:結論はまともだな

:アリスの更なる成長を願って

【碧衣リン】:アリス……強くなりなさい

:これから色々がんばるんだ……ん?

:碧衣リンいたwww


 コメント欄の中に碧衣リン先輩が遊びに来ていた。

 予定になかったがここは全力で乗っかろう。


「はい師匠! 私は強くなります!」


:師匠呼ぶなw

【碧衣リン】:うむ

:一番ダメな奴www

:アリス……そいつにだけは教えを乞うなよ

:暴走型を取り戻すなら正解だけどw

:虹色ボイス最恐の師弟コンビが誕生するのか

:警告カウントが急上昇しているから事務所的にダメみたいw

:虹色ボイス事務所から首輪システムつけられているのこの二人だけだからな


「そんなわけで新企画始動です。なんと公式チャンネルで二期生と三期生が中心の大規模コラボ新企画ですよ! 元々は二期生の紅カレン先輩の発案です。口頭で三十回以上。企画書として書面にして四回。事務所に直訴して全てボツを食らった経緯があります。……なぜ通ってしまったのか」


 どうしてこの企画が通ったのか。

 虹色ボイス事務所も三期生までデビューした。

 大所帯とは言わないがそれなりの規模。

 これからの方針として大規模なコラボ企画。つまりイベントに力を入れて行こうという話になったのだ。

 奇しくも一期生三期生全員集合コラボが成功したことに起因しているらしい。

 でもダメな気しかしない。

 紅カレン先輩の発案なのだから。


「新企画は二段構成です! これには色々理由と経緯があるのですが、まずカレン先輩がずっと推進していた目玉の新企画から説明します。カレン先輩推進の企画。それだけで内容は推し計れるかと」


:紅カレンwww

:察し

:どれだけボツ食らってるんだ

:吞んだくれ執念の新企画

:もうどんな企画かわかった

:二期生の配信で何度もアリスにラブコール送っていたからな

:その度事務所に叱られてたけどな

:ついに許可出たのか


「その新企画の名前は『隠れ家居酒屋アリス』です!」


 本当にこの名前で通したらしい。

 カレン先輩が私の名前を除外することを頑なに拒んだのだ。

 吞み屋料理マスターへのリスペクトは譲れなかったとか。


「『隠れ家居酒屋アリス』と私の名前を冠しているのですが、基本的に私はこちらの配信に出ません。裏方参加です。私は未成年。飲酒を認められていません。世の中にはコンプライアンスというモノがございます。だからボツ企画になっていたのですが」


 昨今厳しいコンプライアンス問題。

 違反すれば炎上してイメージ悪化。

 様々な企業案件やメディアミックスを推進するプロジェクトである虹色ボイスはコンプライアンスがかなり厳しい。

 許可できるはずがない。


「私は裏方として居酒屋形式でメニュー用意して収録中に料理を作るだけです。アルコール類は主にカレン先輩の持ち込みで私からの提供ではありません。飲酒アリの呑み会配信に未成年がいるのもダメ。未成年がアルコール類を提供するのもダメです。あと大人数の呑み会生配信はリスクが高いので収録です」


 これが幾度となくボツを食らった理由でもある。

 私が参加しなければすんなり通っている。成人済みメンバーの呑み会配信ならばすでに二期生がやっている。事務所としてもボツにする理由はない。

 けれどカレン先輩は言い切った。


『アリスちゃんの店で呑めないなら意味はない』


 だから企画は通らない。

 それでもカレン先輩は諦めなかった。


「ただこれだけでは私が不遇。いえ酔っ払いの相手したくないので私は別にいいのですが。事務所としては許可できない。そこでカレン先輩はもう一つの新企画を考えた。なにがカレン先輩をそこまで駆り立てるのでしょう?」


:隠れ家居酒屋アリスwww

:アリス出ないの?

:コンプライアンスの問題ならしゃーない

:未成年だからか

:でも料理は作る

:料理はアリスでアルコール類の提供はカレンプレゼンツ

:店主が隠れる隠れ家居酒屋

:中の人(未成年店主)なんかいない

:料理だけ作る妖精かなにかかな?

:酔っ払いの相手したくないw

:上司の呑み会の誘いを断る新入社員

:だからもう一つの企画?

:なにが紅カレンを駆り立てるのかってわかりきっているだろ

:クリーク!(呑み会!)クリーク!(呑み会!)クリーク!(呑み会!)

:あの演説にすべての答えがある(ただの呑んだくれ)


「ではもう一つの新企画の発表です。その名も『未成年は相席できません!』」


 もう名前の通りである。

 ボツ理由をそのまま企画化したのだ。


「紅カレン先輩は考えた。呑み会に参加できないならば公開予定の収録動画を生配信で実況してもらおう。それならば私も参加したことになると。事務所もそれならばと企画を通したのです」


 新企画成立に至るまでに本当はもっと色々あった。

 カレン先輩の涙とお酒なくしては語れない苦難があったのだ。

 でも割愛する。


『わしゃぁっ! アリスちゃんの手料理で酒が呑みたいんじゃぁぁぁーーーーー!!!』


 そんなカレン先輩の怒号が事務所中に響き渡った話など私は知らない。

 知らないから語らない。

 お酒も呑めないので語れない。


 ねこ姉宅でマネージャーが私に土下座してきたのも名誉のために忘れた。

 なんでも仕事帰りにマネージャーがうちでねこ姉と呑んでいるのはどうなのかと脅されたらしい。

 私がデビューする前からの習慣。うちで呑むのが生活の一部になっているマネージャーとしてはカレン先輩に屈するしかなかった。


 うん……様々な人間ドラマがあったが未成年なので耳を塞ぐ。

 理不尽な現実から目を背ける。

 仕事だからと新企画を受け入れる。


 こんな大人になるまいと。

 反逆の想いだけはそっと心に秘めて眠らせた。

 これが大人になることだと。そう素直に受け容れるにはあまりに哀しすぎるから。

 お酒を呑める年齢になればわかる日が来るのだろうか?

 せめてリスナーには楽しい配信だけを見せられるように努力しよう。

 この経験が明日の糧になると信じて。


「『未成年は相席できません!』のキャストは私とセツにゃん。桜色セツナちゃんの二人だけです。私たちは呑み会の映像を皆様と一緒に見ながら、吞んだくれの生態観測をしたり、ツッコミを入れたり、私が裏側を語ったりする企画です」


 ある意味私の得意分野だ。

 VTuber歴よりも長い経歴がある。

 伊達にお酒の注ぎ方や接待方法をネットで調べて、広告が水商売の求人ばかりになった経験はない。

 なにより大看板である公式チャンネルでセツにゃんと二人だけの生配信。

 事務所も思い切った決断だ。

 不安はあるけど楽しみでもある。


「まだ呑み会収録もしていないので内容については語れません。現在は当日用意する呑み屋メニューを事務所と打ち合わせ中です。巨大なシステムキッチン付きのハウススタジオ貸切。食材の費用も全て事務所持ち。豊富な食材で普段ならしないこともやり放題。皆さんを驚かせられるようなメニューを作成中です。期待していてください。カレン先輩の予約注文でどて焼きを作ることは決定してます」


:未成年は相席できませんwww

:今の時代的に酒宴に未成年相席させて配信したらコンプライアンスで炎上の危険性あるか

:逆手にとった企画

:未成年ではないがテレビで見た手法

:テレビもパクリ企画ばかりだけどな

:結局はタレントというか俺は普通にアリス監修の隠れ家居酒屋を見てみたい

:俺も見たい

:看板チャンネルに未成年コンビの企画とか思い切ったな

:二人ならできるだろ

:むしろ問題はカオス確定の呑み会側

:ただの家呑みじゃないところに事務所の本気度が

:……本気というかトラブルに対する危機感だな

:アリスが期待していてくださいと言い切るメニューとか楽しみ

:どて焼きw


「『隠れ家居酒屋アリス』の最初のお客様は二期生の先輩方全員。そしてなんと一期生から白詰ミワ先輩がストッパー兼まとめ役兼安全弁の幹事役でご来店予定。あと三期生のリズ姉が呑み屋の店員役で参戦」


 一期生で暴走しない人。

 三期生で呑んだくれの相手に慣れている人。

 この二人を動員してくれているので安全だろう。

 たぶん!


「それではお仕事モード終了して、明日からはしばらく隠れ家居酒屋モードです。本日はお付き合いただきありがとうございました。普段扱うことのない高級食材と新企画が実は楽しみな奮起型駄メイドロボ真宵アリスでした。皆さま次は公式チャンネルでお会いしましょう」





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