第35話 三期生集合公式生配信④-黒猫メイドロボ伝説-

 ドッキリ企画。

 それはテレビ業界の悪しき風習であり、同時に廃れることなく続いている人気企画である。

 他人に唐突な悪戯を仕掛けてそのリアクションを見る。

 その単純な手法から今では配信業界でも用いられることが多い。

 けれど事前の交渉もせずに赤の他人を巻き込む悪質な手法も横行している。視聴者を不快にさせてしまい炎上系や迷惑系と分類されることもある。

 また一般人が過去に挑戦して事故を起こしたり、警察沙汰に発展するなどトラブルも起きている。

 素人が思い付きでやるべきではない企画だ。


白詰ミワ:「カーナビゲーションシステムAliceに導かれたねこグローブ先生の車は無事に事務所につきました。道中のトラブルもありません。……普通はそうなんです。元々家から三十分もかからない予定だったんですから」


花薄雪レナ:「我が妹のアリスちゃん。とうとう事務所に姿を現した」


白詰ミワ:「その姿はイラストで見ていただいた通りです。『可愛い』『本当にメイド服』『黒猫可愛い』など誰一人帰らず待っていた事務所スタッフ全員の語彙力を奪うものでした」


花薄雪レナ:「ねこグローブ先生の背に隠れながら、ちょこんと顔を出す破壊力」


:無事ついてよかった

:アリスが事務所についたことはわかっていたのに安心する

:トゥーランドットの脅威

:一度富士山の麓まで行ったからな

:アリスかわええ

:そりゃあ語彙力奪われるわ


白詰ミワ:「一目見ようと事務所スタッフが集まってきた。人見知りのアリスちゃんは明らかに怯えていました。そんな中で一通り自己紹介と挨拶を終えたあとに、事務所スタッフから悪魔の言葉が告げられます」


花薄雪レナ:「『これから公式配信に出てもらうけどいけるよね』」


白詰ミワ:「その言葉にアリスちゃんの態度は豹変しました。ねこグローブ先生の背中からも離れます。むしろねこグローブ先生を睨みつけて距離を取ります。その変化を見てようやく私たちは気がつきます」


花薄雪レナ:「あ……ヤバい。アリスちゃんに一切話を通してない」


白詰ミワ:「アリスちゃんの様子はさながら予防接種注射のために騙されて動物病院に連れてこられた子猫のようでした」


花薄雪レナ:「信じてたのに。よくも騙したな人類。フシャァァーー!」


白詰ミワ:「アリスちゃんは事務所につく前から疑ってました。これはドッキリではないか。一年間引きこもっている陰キャ小動物をあり得ない場所に連れて行ってリアクションを見てやろう。実は今も動画配信用の収録を行っているのではないか」


花薄雪レナ:「真相はただの連絡ミスとトゥーランドット。だけど公式チャンネルは魔境。あり得ない話ではない。一期生や二期生。あと三期生のリズ姉相手ならある。だけどアリスちゃんにドッキリするほど鬼ではない。コンプライアンス的にもドッキリを未成年に仕掛けるのはない。狙い目はランラン」


:話を通してない事務所が悪いな

:陰キャの引きこもりを影で笑いものにする陰湿なイジメ

:本当なら虹ボ事務所炎上モノの企画だな

:事実無根

:人類に叛逆を目論む黒猫型駄メイドロボアリス

:公式チャンネルならあり得るのかよw

:すでに芸人枠で数えられている三期生リズ姉

:狙い目はランランwww

:コンプライアンス的にドッキリを未成年にしないは事務所のガチ回答だろうな


白詰ミワ:「私たちも自らの失態に気付きました。すぐさま誤解を解こうします。けれどできませんでした。そのあとアリスちゃんの放った言葉が強烈過ぎて」


花薄雪レナ:「『さすがにおかしいと気づくよ! だって都内の移動の予定だよ。方向音痴だとしても富士山の登山口までたどり着くはずがない! そんな方向音痴は常識的に考えてあり得ないよ!』」


白詰ミワ:「……なにも言えなくなりました。非常識の天秤があるとします。事務所のドッキリとトゥーランドットを乗せたらトゥーランドットが勝ちます。圧勝です。同時に置いたら事務所のドッキリが天秤から投げ飛ばされます。アリスちゃんの提唱する事務所ドッキリ説を覆す言葉がなにも思い浮かびませんでした」


花薄雪レナ:「『それにたどり着いたのが富士山登山口御殿場ルートは露骨すぎるよ。数ある富士山の登山口の中でも唯一マイカーで五合目まで登れるルートだよ。なにも告げずに車で富士山を登り始めたら何合目まで行けるか、とかクイズの対象にしていたんでしょ! 空気を読めず、すぐに止めてしまい申し訳ありません!』」


白詰ミワ:「そんな企画まであったの!? いえ……ありません。存在しないドッキリ企画の内容にダメ出しされた挙句、リアクションに失敗したことを謝罪されてしまいました。驚愕と衝撃の追い打ちです」


花薄雪レナ:「事務所まで車の中でカメラや盗聴器を探しながら、自分の至らなさに反省していたアリスちゃん」


白詰ミワ:「もしかするとドッキリは本当に行われているのでは? なにも知らない私たちをドッキリ仕掛け人に仕立て上げるドッキリでは? 自分たちにドッキリが仕掛けられている可能性すら疑いました」


花薄雪レナ:「配信直前。スタッフに三度確認した」


白詰ミワ:「私たちでさえ疑ったのです。事務所の皆も同様でした」


花薄雪レナ:「アリスちゃんにそんなひどいドッキリをしたのか。そう公式配信関係者に白い目を向ける他のスタッフ。一期生を疑う三期生。公式配信企画スタッフを疑う私たち一期生。俺たちにそんな企画力ないぞと自信喪失する公式配信の企画スタッフ。疑心暗鬼の地獄絵図が完成した」


白詰ミワ:「私たちが膠着状態に陥っている隙に、アリスちゃんはその場から逃げだしました。しばらく呆然と見送ることしかできませんでした。……さすがにメイド服で外に出る気はなく、事務所内を逃げているだけらしいですが」


花薄雪レナ:「我に返ったのは逃げられたあと」


白詰ミワ:「それが配信開始直前に起こった出来事です。誤解を解くために、皆でアリスちゃんを追おうとしましたが、すでに告知済みの生配信の時間が迫っていました。私たち二人だけはそこで離脱してスタジオ入りしました。そのあとのことは知りません。アリスちゃんを追った皆は頑張って誤解を解いているはずです」


花薄雪レナ:「ねこグローブママは呆然自失。床のカーペットで『の』の字製造機と化していたので回収した」


白詰ミワ:「ねこグローブ先生はかなりのシスコンだったみたいです。アリスちゃんは従姉妹ですが。アリスちゃんに裏切り者と勘違いされた挙句、常識的にあり得ない方向音痴と断じられたショックで、床にへたり込んでいました」


:非常識の天秤w

:……常識ってなんだろうな

:両方あり得ないんだがどちらがあり得ないかでいうとトゥーランドット

:これは覆せない

:何合目までいけるかクイズw

:空気を読めずすぐに止めてしまい申し訳ありませんって読め過ぎて暴走してるw

:存在しないはずのドッキリを当事者にまで本当にあると錯覚させるとか

:アリス斜め上過ぎるwww

:ねこグローブ先生憐れ

:自業自得のシスコン

:常識的にあり得ない方向音痴はマジだからしゃーない

:アリス劇場ってソロライブだと思っていたんだけど劇団だったんだな


白詰ミワ:「さて全員揃っていない理由を話し終えたわけですが……遅いですね」


花薄雪レナ:「迷い猫アリスの誤解解けず?」


白詰ミワ:「配信中ですが少し失礼します。パンダコンビに電話で連絡を取ってみますね。あの二人は率先してアリスちゃんを追いましたから。一期生のくせに公式配信無視ですよ……まったく。状況は把握しているでしょう。遊んでいたら罰ゲームです」


花薄雪レナ:「……我は出遅れを後悔」


 ――プルルルル


リズベット:『はい。お茶出し係のリズベットです。脱落者のご連絡でしょうか?』


白詰ミワ:「え……リズ姉? お茶出しに脱落者って状況がよくわからないけどこれはランランのスマホでいいんだよね。白詰ミワです。今公式配信中だけどそっちの様子はどうなっているの?」


リズベット:『ミワ先輩お疲れ様です。電話は胡蝶ユイ先輩から預かってます。こちらの様子は……えーと壮大な鬼ごっこ? あ、ちょうど良さそうなデュエルがありそうなので実況席に電話を渡しますね。胡蝶ユイ先輩。公式配信中のミワ先輩からお電話です』


白詰ミワ:「……鬼ごっこ? デュエルってなに? 実況席って」


胡蝶ユイ:『リズ姉ありがと。胡蝶ユイって呼んでくれて本当にありがとう。お電話替わりました。最近胡蝶ランって間違われがちな胡蝶ユイです。ミワちゃんレナ様リスナーの皆様こんばんは。今から盛り上がりそうなので、スピーカーに切り替えますね』


白詰ミワ:「えっ!? ちょっと本当にどういう状況なの!?」


竜胆スズカ:『疾走する黒き影。立ちふさがるはリベンジに燃える桜色セツナ。真正面の一対一。今度こそアリスちゃんを捉えることが――あぁぁーーっ! 抜かれた。やはり正面からでは不可能か。誰もアリスちゃんに触れることができない!』


胡蝶ユイ:『すかさずミサきちがフォローに入り、直線に誘導します』


竜胆スズカ:『デスクとデスクの列に挟まれた狭い直線に二人の女性スタッフが待機している! 袋小路。さすがのアリスちゃんも万事休すか。不規則に身体を左右に振るフェイント交えてそのまま直進を続け――え? これは!』


胡蝶ユイ:『反転した!? なんであの子トップスピードから反転できるの? このまま逆走?』


竜胆スズカ:『違う! 意表を突かれた女性スタッフの陣形が崩れた一瞬の隙をついて回転しながら二人の間をすり抜けた! ルーレット! ここでマルセイユルーレットだぁ!』


胡蝶ユイ:『マルセイユルーレットってなに!?』


竜胆スズカ:『サッカーのドリブル高等テクニック! ボールもないのに上半身の動きとぶかぶかなパーカーで遠近感を狂わせて相手を翻弄するとか、できるのあんなこと!?』


胡蝶ユイ:『そんなに凄いの!? あっ! 抜かれた女性スタッフ二人が背中を指して手をあげました。脱落です。健闘を讃えて拍手しましょう』


竜胆スズカ:『スペースゼロの直線で一切スピード落とさず、フェイントだけで相手を抜き去ったうえに背中をタッチまでしていた! 誰がアリスちゃんに触れることができるのか! これは黒猫メイドロボ伝説! 今夜ここに黒猫メイドロボ伝説が爆誕したぁぁーーーーー!』


:ヤバい全然意味わからないwww

:大・草・原wwwwww

:とりあえずアリスが全力疾走で逃げているのはわかったw

:パンダコンビなぜ実況してやがる

:マルセイユルーレットw

:黒猫メイドロボ伝説www

:こいつら事務所のオフィスでなにやってんだw

:一期生三期生全員集合とか神回だろと期待していたら全員揃わなくても神回w

:常識外れの方向音痴で場所的に迷子になるねこグローブ先生と常識外れの言動で現実を迷子にするアリス

:なるほど血筋を感じるw

:二人とも常識学んで


白詰ミワ:「……なにこれ。外でなにが起こっているの? ってレナ! スタジオから出て行こうとしないで!」


花薄雪レナ:「ヤダ! 黒猫メイドロボ伝説だよ! 黒猫メイドロボ伝説! 見たい!」


白詰ミワ:「私も見たいよ! でも生配信中だからね!」


花薄雪レナ:「事件はスタジオで起きているんじゃない! 現場で起きてるんだ!」


白詰ミワ:「配信者にとってこのスタジオが現場だよ! しかも現在予定されていた演者が集まらない事故配信中! お願いだからこれ以上現場で事件を増やすな!」


:俺も見たいwww

:レナ様魂の叫びw

:それを上回るミワちゃん悲痛な正論www

:確かにこれは事故配信w

:……公式チャンネルは魔境だな

:公式チャンネルいうかこれはアリス劇場では?

:真宵アリスは幻想世界アリスインワンダーランドを展開した

:固有結界を展開できるVTuberは強すぎるだろw

:今の流行りは領域展開なw

:虹色ボイスってもしかして異世界から配信してた?

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